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最初のチャンス

 マチルダとして生きた1年間、私は、斬首の執行を待つ死刑囚のような心地だった。


 もっとも、ただ怯えて暮らすのではなく、バッドエンド回避のための努力はしてきたつもりだ。


 

 転生した朝が、ちょうど王太子アランが市井の者の生活を視察しに行き、「運命の出会い」を果たす朝だった。

 出会う相手は、もちろん私とではない。ミリーとである。


 「ドキゆらキャンドルナイト」のオープニングも、この「運命の出会い」のシーンから始まる。

 

 ゆえに私の転生初日もそこから始まったということだろう。

 所詮、あのイカ野郎が構築した底浅い世界である。脇役の前日譚など期待してはいけない。



 アランは、バザーでパッチワークを売るミリーに一目惚れし、恋に落ちていく。同時に、マチルダである私の人生は、音を立てて崩れ落ち始める。


 今日はそんな日だ。



 私がはじめて「生」でアランと会ったのは、その日の朝食の席だった。


 超イケメンだった。


 超超超イケメンだった。

 

 現実世界のどの男子よりも、肌は白いし、目も大きいし、輪郭も細い。


 重力に逆らってツンツンしたスタイルの青髪もとても決まっている。二次元がそのまま三次元になったようである。まあ、実際にそうなのだろう。作画による造形は、遺伝子による造形に勝るのである。


 朝食の席には、料理人のクシャルも、護衛隊長のロウも、詩人のカシージョも揃い踏みだったが、いずれもアランに負けず劣らずの超イケメンだった。

 こうして浮世離れしたイケメンたちとの共同生活の機会を与えてくれたことに関してだけは、イカ野郎に対して素直に感謝しなければならないだろう。



「アラン、今日は何か予定があるのかい?」


 朝食のサラダや燻製肉が盛り付けられた皿をテーブルに置くついでに、料理人のクシャルが王太子に尋ねる。



「ああ。民衆を視察する予定だ」


「今日はよく晴れているし、しかも、大通りではバザーをやっているらしいね。絶好の視察日和だね」


 詩人のカシージョは、目を細めてうっとりとする。どうやらバザーの光景を想像しているようである。



「そうだな。何か良さそうな物があったら、お土産に買ってくるよ」


 実際には、アランは城の者にお土産など買ってこず、ミリーをお持ち帰りしてくるだけなのだが。



「護衛は要らないのか?」


 ロウの大袈裟過ぎる発言に、男性陣はどっと笑ったのだが、当のロウ本人は、なぜ笑われたのか分からないと言わんばかりの真顔である。



「もちろん護衛は必要ないよ。市井の者は俺を襲うわけがないさ。だって、国民はみんな俺のことを愛しているからね」


 ナルシストのとんだ思い上がりである。ゲームをプレイしている時から、この「俺様キャラ」の性格は推せないなとずっと思っていた。


 顔がカッコいいから許されるのだが。



 私はボイルされたソーセージを頬張りながらも、考えを巡らせていた。


 「バザー」という単語、そして、朝食の席にミリーがいないことから、この視察がミリーとの「運命の出会い」を果たす視察であることは、ゲームをプレイした経験上、間違いないだろう。


 仮にここでアランとミリーとの出会いを阻止することができれば、バッドエンドを回避できる。


 とりあえずトライしてみる。

 


「ねえ、アラン」


「マチルダ、どうした?」


「視察なんてしなくていいんじゃない?」


「どうして?」


「だって、視察なんてしても、政治に生かす気はないでしょ?」


 「女を物色しに行くだけでしょ?」と迷ったが、ここでいきなり正面衝突して、婚約破棄の時期を早めるのは得策ではないと思い、比較的マイルドな方にした。



「別に、政治に生かすために視察に行くわけじゃない」


「じゃあ、何のために行くの?」


「暇つぶし」


 なんだそれは。この王太子、温室育ちにもほどがあるだろ。



「アラン、暇だったら、私とお城で遊ばない?」


「何して遊ぶんだ?」


 オトナな台詞がいくつか頭に浮かんだが、現実世界では女子高生、しかも、男性と手も繋いだことすらないピュアな私には、決して口にすることができなかった。



「……一緒にゲームをして遊びましょう」


 結局、私にはこの提案しかできなかった。やはりゲーム脳なのかもしれない。



「げーむ? それは何だい? 聞いたことない遊びだが……」


 しまった。ここはゲームの世界だが、設定は中世ヨーロッパであり、ゲームが存在しない世界なのである。そのことが頭から抜けていた。



「何だかよく分からないが、マチルダ、俺は今日は視察に行くよ。君には明日構ってやるから。それでいいだろ?」


 このままだと丸め込まれてしまう。私は必死で抵抗する。



「アラン、私も今日すごく暇なの。一緒に視察に連れて行って」


 視察について行って、アランがミリーを見つけないように、彼女がいるパッチワークの露店を通らないコースに誘導すればいいのだ。そうすれば、一目惚れをさせないで済む。



「嫌だよ。君とは視察に行きたくない」


 王太子は婚約者に対して、すげない態度をとる。



「どうして?」


「だって、君は、国民のことを片っ端から見下すじゃないか。見すぼらしい、とか、汚らわしいとか言って、唾を吐きかけるじゃないか」


 他の男性陣も、同意するように繰り返し頷く。


 私、どれだけ性格が捻じ曲がっているのか。なんということだ。この世界に生まれてまだ1時間も経っていないのに、日頃の行いが悪過ぎる。


 というか、王太子、よくこんな私と婚約してくれたな?


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― 新着の感想 ―
[一言] 新作、お待ちしていました。とても楽しく読んでいます。さっそく伏線が序盤にあって、これからが楽しみです。
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