ご褒美
目を覚ました私は、見慣れた場所だというのに、ここがどこであるのかサッパリ分からなかった。
もっとも、死後の世界にしてはあまりにもロマンがないというか、今さっきまでいたお城の方が余程現実離れしていたように思える。
要するに、ここはただの和室なのである。
「真智ちゃん、おかえり」
忘れかけていた前世の名前を突然、しかも、ちゃん付けで呼ばれた私はゾッとする。
その声がしたのは、パソコンのディスプレイの方からだった。
私は腹筋に力を入れて、上体を起こす。
ディスプレイには、例のイカ野郎が映っていた。
げそまろPである。
三次元として出会った時には二次元よりも気持ち悪さが増したなという感想を抱いた記憶が朧げにあるが、やはり二次元でも気色悪い。
「真智ちゃん、久々の現実世界はどうだい?」
そうか。
私はついに現実世界に戻ってきたのか。
人生ハードモードのマチルダから、地味で普通な女子高生の湯原真智へと戻ることができたのか。
私が今いるのは、私の部屋である。
懐かしい匂いがする。
散らかった部屋の様子も、私のだらけたパジャマ姿も、ゲーム世界に転生された当時のままである。
マチルダとして1年以上生きたわけだが、現実世界の時計はちっとも進んでいないらしい。
そのこと自体はとても喜ばしいことである。
何も失うことなく、夢にまで見た現実世界に帰って来られたのだから。
とはいえ、私には腑に落ちないことがあった。
「え? どうして私は現実世界に帰れたの? マチルダは変態詩人に殺されて、ゲームオーバーになったのに!」
「ゲームオーバーじゃないよ。ゲームクリアだ」
げそまろPが何を言っているのか、私は理解に苦しむ。
「それにマチルダも死んではいない。カシージョが手加減を忘れたせいで少しの間だけ気を失っただけで」
冷静に考えると、それはそうだろう。カシージョがやっていたことはSMプレイの首絞めである。彼は手練だ。さすがに命を奪うまではしないはずだ。
「ん? どうして私は現実世界に帰れたの? 本当に分からないんだけど? もしかして、マチルダをハッピーエンドに導かないとゲームの世界から出られないというのは単なる脅しだったの? ゲームクリアでもゲームオーバーでもいずれにせよ私は現実世界に帰れたわけ?」
だとすれば、私のこれまでの苦労は全て無駄だったということとなる。
わざわざ完全犯罪計画を立ててミリーを殺す必要もなかったということになる。
「そんなわけないよ。さっき言っただろ。君は無事ゲームをクリアしたんだ。君はマチルダになって、君自身の努力によって、マチルダをハッピーエンドに導いたんだよ」
いやいやいやいや。そんなはずはない。
マチルダと結ばれるはずだった王太子は殺害され、マチルダは、その犯人であるカシージョに犯されているところだったのである。
それのどこが「ハッピーエンド」なのだろうか。
絵に描いたようなバッドエンドではないか。
本家本元の「ドキゆらキャンドルナイト」のエンディングよりもはるかに酷い。
「完全にバッドエンドでしょ!! アランが殺されるなんて聞いてないよ!!」
「別に僕は『アランと結婚しろ』なんて言ってないよ。君が勝手にそう解釈しただけで。僕は、『マチルダをハッピーエンドに導け』と言ったんだ。カシージョと結ばれるのだって、マチルダにとって立派なハッピーエンドじゃないか」
「は? カシージョと結ばれる? 単にレイプされてただけじゃん」
「少なくとも僕はそう捉えなかったね。カシージョはマチルダを情熱的に抱いたんだ」
強引にベッドに押し倒し、衣服を破き、ネックレスで首を絞めることを「情熱的に抱いた」と解釈することは明らかに間違っている。
私がどれほど怖かったのかがイカ野郎には分かっていないのである。
「大体、愛がないじゃない。カシージョはマチルダを愛していたわけじゃないわ」
「どうしてそういう卑屈な解釈をするんだい? カシージョは、マチルダのことが好きだと言っていたじゃないか」
「ミリーが死んじゃったから、消去法でマチルダを選んだんでしょ?」
「それはそうだね」
先ほどからカシージョを擁護していたげそまろPも、そこはさすがに認めた。
「ただ、そのことに何か問題はあるのかい? ミリーを殺した君の手柄じゃないか。君は自らの力によって、カシージョからの愛を手に入れたんだ」
「そんなの不純よ」
「そもそも君はその不純な手段によって、アランからの愛を手にしようとしたんだろう? 忘れたのかい?」
ぐうの音も出ない。とはいえ、元々マチルダの婚約者だったアランと、元々マチルダを毛嫌いしていたカシージョとでは話は違う気もした。
「カシージョは本当にマチルダを愛してたの? 単にヤリたかっただけじゃなくて?」
「いやいや、愛だよ。真実の愛だよ。だって、彼は、マチルダを手に入れるために、ライバルであるアランを殺したんだ。これほど大きな愛を僕は知らないね」
やはり何かがおかしい。
カシージョも狂っているが、げそまろPもそれに負けないくらいに狂っている。
「それに、マチルダだって、カシージョに『好き』と言ってたじゃないか」
画面の向こうのげそまろPが恍惚の表情を浮かべる。
「最高じゃないか。マチルダを愛するあまり、殺人を犯してしまうカシージョ。その血汚れた手でベッドに押し倒されるマチルダ。ロマンチックだねえ。至福だねえ」
大事なことを忘れていた。
げそまろPはこの狂った乙女ゲームの製作者なのである。
「ドキゆらキャンドルナイト」の登場人物が有している異常性癖は、イカ野郎自身の異常性癖がそのまま反映されたものなのだ。
そもそも、私をバッドエンド必至の悪役令嬢に転生させ、無理ゲーの攻略を強要したのも、げそまろPのサディズムの表れに違いない。
彼は、そんじょそこらの地味な女の子が虐められる姿を見るのが大好物なのである。
ゆえに、男性陣から調教を受ける役であるミリーも、ゲームのヒロインであるにもかかわらず、美少女ではなく、目立たないルックスとして描かれているのだ。
全てイカ野郎の性癖なのである。
この変態サディズムイカ野郎とこれ以上議論をしていても無駄だ。
お互いの意見がすり合うことは絶対にない。
兎にも角にも、私は無事に現実世界に戻れたのである。
カシージョとのあのようなエンディングの迎え方を私は決して「ハッピーエンド」だとは思わないが、「審判」であるゲーム製作者がそのように判断するのであれば、私としてはそれに乗っかればいいだけである。
それに、これは私の狙いどおりでもあるのだ。
アランが死んでしまい、袋小路に立たされた私は、カシージョに襲われた時、これが最後のチャンスだと気付いたのである。
そこで、カシージョに、好きかどうか問われた時に、少し考え、「好きだよ」と内心思ってもない答えを返したのだ。
イカ野郎が、マチルダとカシージョとの関係を「ハッピーエンド」認定したのには、私の咄嗟の発言も効いたはずだ。
私は、壁に掛かった時計を確認する。
午前4時を回ろうとしている。
さすがに眠いし、明日は学校だ。
「げそまろP、じゃあね。新作が出ても絶対にダウンロードしないから」
「真智ちゃん、待ってくれ!! パソコンの電源を消さないでくれ!!」
耳をつんざく声だ。深夜にこれ以上騒がれても近所迷惑なので、私はシャットダウンの操作を続ける。
「真智ちゃん、最後に大事な話があるんだ!!」
「何? 大事な話って?」
「見事ゲームをクリアした真智ちゃんにご褒美があるんだ」
「ご褒美?」
それは悪くない話である。
現実世界では1秒も経っていないとはいえ、私はマチルダとして1年以上も苦杯を嘗める日々を過ごさせられたのだ。それなりの報いがあるべきである。
「ご褒美は全部で3種類ある。どれか1つ好きなものを選んでくれ。後日、郵送で君の家に届くように手配するよ」
3種類? 嫌な予感がする。
そして、その嫌な予感は見事的中した。
ディスプレイに映されたのは、既視感のある黄金のベルト、鏡、そしてネックレスだったのである。
「さあ、真智ちゃん、三種の神器の中からどれを選ぶかい?」
「全部要らないわボケ!!!!」
(了)
本作「婚約破棄に追い込まれた悪役令嬢は、憎きヒロインを暗殺し、バッドエンドを回避します〜転生者である私にしかできない完全犯罪〜」を最後までお読みいただきありがとうございます。
ここから先はQ &A方式でお送りします。
Q:この作品を書こうと思ったきっかけを教えてください。
A:Twitterのスペース機能などを使って創作クラスタの方々と話す中で、「悪役令嬢モノを書いてみたらどうか」という提案をいただいたからです。恥ずかしながら、「悪役令嬢」の意味すら知らなかったので、wikipediaで調べたり、ランキング上位の作品を見たりして学びました。そのようにして得た付け焼き刃の知識を基に、「乙女ゲームはこんなモノだろう」という偏見を塗り固めたのが本作です。
Q:要するになろうウケを狙ったということですか?
A:はい。そうです。ただ、僕がなろうウケを狙うには理由があって、僕はネットミステリーを広めたいという野望を持って生きています。しかし、直球のミステリーを書いても、ネットではほとんど読まれません。ですので、こうしたなろうウケ要素を入れたミステリーを書くことで、ネットにもミステリーがあるんだ、ということを読者の方々に知ってもらい、あわよくば本格ミステリーの世界にまで誘導することを目指しています。
Q:前作の「殺意のRPG」もなろうウケを狙ってましたよね? ちゃんとしたミステリーは書いてるんですか?
A:たまたま2作連続でファンタジーっぽい作品が続きましたが、たまたまです(焦)実は、2週間ほど前に「密室ショートケーキ」というタイトルの正統派リーガルミステリーを脱稿しています(3万3000字)。ただ、この作品は「探偵役と謎」というミステリー専門サイトのために書き下ろしたものです。来週くらいには同サイトにて公開される予定です。あと、次回作は「バラバラ死体ファフロツキーズ」というタイトルの現代設定オカルトミステリーにする予定です。これも他サイトですが、カクヨムの「横溝正史ミステリ大賞」に応募することを目指した正統派ミステリーです。
Q:本作は異世界転生/恋愛に投稿してますよね。ジャンル違いじゃないですか?
A:なかなか痛いことを突いてきますね。これは僕の持論かもしれませんが、人気ジャンルの作品が不人気ジャンルを騙り、不人気ジャンルのランキングを荒らすのはご法度ですが、本作はその逆で、不人気ジャンル(推理)の作品が人気ジャンル(異世界転生/恋愛)に挑んでいるので、弊害はないと考えています。それに、本作って、タイトルに「暗殺」や「完全犯罪」という単語が入っているので、読者の方々も警戒して読まれたかもしれませんが、実は前半にはミステリー要素は一切ないんです。主人公の頭に「ミリーを殺す」というアイデアが浮かぶのは、ミリーにバルコニーから落とされかけてからなんです。前半はイセコイ、後半はミステリーという構造にしました。ゆえに純粋なイセコイではないですが、純粋なミステリーでもないので、結局どちらに投げてもジャンル違いのはみごなんです。その場合には、知り合いの多いミステリー界隈から叩かれたくないので、他ジャンルの方を選択するのようにしています。もちろん、ミステリーを広く布教したいという下心もありますが。
Q:げそまろPの正体はあなたですか?
A:違います。僕にはそんな異常性癖はありません。トリックの成立のためにどうしてもSMを持ち出すしかなかったので、めちゃくちゃググりました。おかげで検索履歴がヤバいことになっています。妻に見られたらおしまいですね。ちなみに、これは余談ですが、作中に「悪徳の栄え」という書物が出てきます。これはSMの始祖とも言える作品らしいです。この「悪徳の栄え」でピンときた方がいたとすれば、その方はげそまろPの素質があるかもしれません。
Q:菱川さんはSMには興味ないんですか?
A:一切ないです。
Q:Sですか? Mですか?
A:Mです。
Q:乙女ゲームをプレイしたことはないんですか?
A:ないです。「魔法使いの約束」しかないです。
Q:なんでまほやくだけやったことあるんですか?
A:記憶にないです(某声優オーディションに出てた推しの子に勧められました)。あ、あと、あんスタの前身の「あんさんぶるガールズ!!」にはめちゃくちゃハマってました。もう8年くらい前の話ですね。
Q:話変わりますが、本作のトリックについて解説してください。
A:本当にだいぶ話が変わりましたね。本作のメイントリックは、「誰もいない披露宴会場」を使ったアリバイトリックです。本作の特殊設定として、登場人物が限られているということがありますので、王太子以外の3人の弱みを握ろうという考えがまず浮かびました。そこから三種の神器、SMプレイという「道具」が比較的すぐ浮かんだと記憶しています。完全犯罪といえばアリバイトリックだよな、と色々考えていて、思いついた中でもっとも大胆なアイデアを採用しました。複雑で分かりにくかったという方のために論理で説明すると、
A(男性陣)が披露宴会場にいた→もしB(悪役令嬢)が不在ならばAが気付くはず
AがBの不在に気付かない→Bも披露宴会場にいた
という論理を使っています。当然、誰も披露宴会場にはいませんでしたので、B(悪役令嬢)の不在に気付く者はいません。そこで、A(男性陣)が披露宴会場にいた、とA自身嘘をつくことで、B(悪役令嬢)も披露宴会場にいたことになるんですね。こうやって説明すると余計ややこしくなりますね。
途中にも書きましたが、今まで挑戦したことないタイプのトリックでした。類例もあまりないのではないかなと思います。
それから、終盤の多重どんでん返しは僕の癖のようなものです。こういう展開好きなんですよね。書き始めた当初はアランを殺す気はなかったのですが、気付いたら殺してました。
Q:来月には第10回ネット小説大賞の応募が始まりますね。
A:早いですね。前回「殺意の論理パズル」が最終審査落ちしたときの心の傷がまだ癒えていないので、ボイコットしようかとも思いましたが、とりあえず本作と「殺意のRPG」は出しておきます。本作に関しては、コンテスト云々というより、ノクターンに強制転送されないかの方が心配なのですが。
Q:最後に読者の方々に一言どうぞ。
A:申し訳ないですが、二言あります。
1つは、本作へのご支援のお願いです。大変ありがたいことに、本作は普段よりも多くの方に読んでいただけているのですが、異世界転生/恋愛の壁は厚く、投稿2日目にジャンル別日間94位に入れていただいたものの、それ以降はランキングとはほぼ無縁となっています。もしも本作を気に入ってくださった方がいたとすれば、ブックマークや評価でptを入れていただけるとありがたいです。読んでくださるだけでも十分ありがたいのにこのように厚かましくお願いしてしまうことは大変恐縮ですが、弱肉強食のなろうの世界で作品を犬死させないために必要なお願いですので、よろしくお願いいたします。またTwitterはめちゃくちゃ監視しているので、twitterで感想をいただけると飛んでいきます。
2つ目ですが、本作を書いた最大の目的なのですが、たまにはなろうでミステリーも読んでみてください。本作を悪くないなと感じた方は、きっとミステリーが好きな方なのだと思います。僕はささやかながらスコッパー活動にも取り組んでいて「このなろうミステリーがすごい!と僕が思う作品」というエッセイで、オススメのなろうミステリーを紹介しています。え? この作品が無料で読めるの? というレベルの作品がたくさんあります。本当です。ぜひともご覧ください。
以上、菱川あいず名物の「本文よりも長いあとがき」でした。
感想欄に感想もお待ちしております。もちろんレビューも。




