ゲームオーバー
私は、アランの部屋から、ある男の部屋に向かって駆け出していた。
これは衝動的な行動である。
私がしたかったことは、その男をアラン殺しの犯人として糾弾することだったのだが、そんなことをしても私にとっては何の意味もない。
殺されたアランが戻ってくるわけではない以上、すでに私に与えられた結末を覆せるわけではないのである。
ゆえに、これは衝動的な行動なのだ。
もうすでに人生が終わった者の自棄っぱちだともいえる。
男の部屋のドアを叩くと、「はーい」と呑気な声で、すぐに反応があった。
パーンとドアを開けると、その男――カシージョは、椅子に座って、やはり呑気に小説を読んでいた。
「マチルダが僕の部屋に来るなんて珍しいね。しかも、そんなに目を真っ赤に腫らして。何かあったのかい?」
私の人生を終わらせた男のあまりにも白々しい態度に、私の怒りは絶頂に達した。
「カシージョ!! アランを殺したのはあんたでしょ!!」
「ああ。そうだよ」
殺人犯は、呆気なく自分の罪を認めた。
「よく分かったね。やっぱり君は賢い女性だ」
何が可笑しいのか、カシージョはクククと笑う。
犯人がカシージョであることを見抜けたのは、アランの首筋に、細長い粒状の痣があることに気付いたからである。それは、三種の神器のうちの1つであるネックレスによって首を絞められたことによって生じる痣だった。
ネックレスをチョーカー代わりに使う男は、この城にはカシージョしかいない。
アランの命を奪ったのは、間違いなくロープによる首締めである。
ゆえに、ネックレスでの首締めは殺害には無関係に、「趣味」によってつけられたものに違いなかった。
アランは男性であるが、美少年である。カシージョは、アランを殺す「前戯」として、国宝のネックレスでの首絞めを楽しんだに違いない。
犯人であることを見破られ、慌てるかと思いきや、カシージョは少しも動じることがなかった。むしろ楽しそうに笑っている。
「マチルダ、とりあえず座りなよ」
そう言って、金髪の詩人は、自分のベッドを指差した。過去にはミリーの調教が行われていたダブルサイズのベッドである。
私は部屋の入り口に突っ立ったまま、カシージョに尋ねる。
「……どうしてアランを殺したの?」
「愚問だね」
たしかに答えの分かりきった質問である。
アランのズボンのポケットの中には「遺書」があり、そこには「ミリーを殺したのは俺だ。罪の重さに耐えられない俺は死を選ぶ」と書かれていた。
このデタラメな「遺書」を偽造した上で、アランを口無しの死体に変えること。そうすることで、ミリー殺しの罪をアランになすりつけること。それが犯人の目的なのだ。
「まずはマチルダの推理を聞かせてよ。僕がどうしてアランを殺されなければならなかったのか」
まるでゲーム感覚である。人を殺しておきながら、どうしてこうも平然としていられるのか。完全にサイコパスだ。
「そんなの簡単よ。あんな下らない遺書があるんだから」
「……遺書? 一体何のことだい?」
カシージョの予期せぬ反応に、私は思わず眉を顰める。
「もちろん。アランのズボンのポケットの中の遺書よ。あんたが偽造したんでしょ?」
「僕が偽造した? は? 全く心当たりがないんだけど」
一体どういうことだ? 単にカシージョがしらばっくれているだけなのだろうか? とはいえ、一方でアラン殺しの犯人であることを認めながら、他方で遺書の偽造を否認することにメリットがあるとは思えない。
「とにかく、僕は遺書なんて偽造していないよ。クシャルかロウの仕業じゃないかな?」
なるほど。たしかにそうかもしれない。
私の策略によってミリー殺しの疑いをかけられそうになったのは、カシージョだけではなく、クシャルもロウもなのである。
ーーおそらくクシャルの仕業だ。
なぜなら、ロウは、遺書を見て、「これはアランの字じゃないな」と言ったのである。ロウ自身が遺書を偽造していたならば、遺書が偽造であることを自ら明かすはずがない。
アランを自殺に見せかけて殺したのはカシージョであるものの、それに乗じ、アランにミリー殺しを自供させる遺書を偽造し、アランのズボンのポケットに入れたのは、クシャルなのだ。いわゆる火事場泥棒というやつである。
とすると、カシージョは、単純に、ミリーが死んだことによるショックで首を吊った、と見せかけ、アランを殺害したということになる。
一体何のために?
「ねえ、マチルダ。当ててみてよ。僕がアランを殺した理由を」
子どものように無邪気にカシージョが訊いてくる。
思い当たることはなかった。
カシージョとアランの仲は良好だったと思う。それどころかカシージョは、自らの詩の才能を買い、お抱えとしてお城に置いてくれているアランを「恩人」のように思っていたはずだ。互いに奪い合う関係にあったミリーもすでに死んでいる。
カシージョがアランを殺さなければならない理由などどこにもない。
私は天井の方を見ながら考え込んでしまった。
それが隙となった。
気が付くと、離れた場所で座っていたはずのカシージョが私の目の前にいて、私の腕を乱暴に引いた。
「きゃっ!!」
華奢な体躯の割に、カシージョの力は思いのほか強かった。
七分袖から剥き出しになっている彼の腕には、筋肉の筋が浮かび上がっている。私はその腕の意のままに、ベッドに押し倒された。
「やめて!! カシージョ!! 何するの!!??」
「まだ分からないのかい?」
カシージョは、私に覆い被さると、ベッドの上で仰向けになった私のワンピースの襟元に手を掛ける。
そして、力強く引く。
漆黒のワンピースは、縦方向に腰のあたりまで引き裂かれ、白い肌着と白い肌を露わにした。
「ねえ? 本当に分からないの? 僕がアランを殺した理由」
カシージョの問い掛けに答える余裕などなかった。
私の頭を支配していたのは恐怖心である。
抵抗しようにも身体は微動だにしない。男女の力の差はそれくらいに歴然としていた。
「マチルダ、僕は君のことが好きなんだ。君を手に入れたかった。だから邪魔者のアランを殺したんだよ」
「……は?」
私のことが好き? 今更何を言っているのだ? ミリーが生きている時には、あれだけ私のことを目の敵にしていたのに。
「……本当に私のことが好きなの?」
「ああ。僕には君しかいないよ」
あまりにも白々しい。結局、ミリーがいなくなったから消去法で私というだけじゃないのか。
こんなときでなければ色々と問い詰めたいところだったが、今はそれどころではない。
カシージョの指が、私の肌着の裾に伸びていたのである。
そして、迷いなく薄い布を捲り上げたのだ。
露出した私の乳房を見て、カシージョは満足そうに笑う。
「いいねえ。とても綺麗だ。僕が傷つけてやりたい」
ヤバい。
カシージョは3人の中でももっとも生粋のサディストである。
このままだと私の身体は蹂躙される。
「マチルダ、君の苦しむ顔が見たい。僕を楽しませてよ」
そう言って、カシージョがズボンのポケットから取り出したのは、例の黄金のネックレスだった。
彼は、それを私の首に巻くと、私の首を締め上げた。
「く……苦しい……」
「いいねえ。その歪んだ表情。タイプだよ。もっと苦しんで欲しい」
カシージョは徐々にネックレスに力を加えていく。苦しい……。このままだと殺される。
「……カシージョ、やめて……」
「いいよ。もっと。もっと苦しんで」
「やめて……」
真のサディストに対して、「やめて」は完全に逆効果だった。
私の首にかかる圧力はさらに強くなる。
どんどん意識が遠のいていく。
「マチルダ、どうだい? 気持ち良いだろう? 僕のことを好きになったかい?」
この男はどういう神経をしているのか。
こんな悪魔のような男を好きになるわけない。
しかし、残りの意識を集中させた私は、あえてこう答える。
「好き……だよ……」
かろうじて言い切ったところで、ついに意識が途絶え、私のゲームはここで幕を閉じた。