遺書
アランの死が意味すること、それはゲームオーバーである。
私は、アランと結ばれなければならないのだ。
そのアランが死んでしまったとなれば、私が幸せになれる可能性が消滅する。
そうなれば、私は一生このゲーム世界から出られないことになる。
どうして――
どうして――
どうしてアランは自ら命を絶ってしまったのか。
――私の自業自得じゃないか。
私が、彼の愛するミリーを殺してしまったがために、彼は人生に絶望し、自殺をしたのである。
別の言い方をすれば、彼はミリーの後を追ったのだ。
私自身が蒔いた種であるというのに、私はこのような展開になることを少しも予想していなかった。
ミリーが死ねば、アランは私とやり直してくれる、という希望的観測しか持たずに行動してしまっていたのである。
今まで浮かれていた私のバカ。
私は、完全犯罪は成功させた一方で、ゲームには負けたのである。
アランの死を私に伝えたのは、ロウである。彼が私の部屋まで駆けて来て、最悪の報せを持って来たのだ。
「信じられない……」
私はそう口にするしかなかった。現実に向き合う覚悟など到底できていなかったのである。
「マチルダ、俺も信じられないよ。たしかにお城に戻って来てからのアランの様子はおかしかったが、まさかここまで思い詰めていたとは……」
「……アランの死体はまだ彼の部屋にあるの?」
「ああ。部屋の中はまだ誰もいじってない。アランが死んでることが分かったのはついさっきだからな」
正直、アランの死体を見に行くのは怖かった。それを見てしまえば、否が応でも現実を受け入れなければならなくなってしまう。
アランの死は、すなわち私の死なのだ。
やり直したい。
なぜこの世界はゲーム世界だというのに、リセットボタンがないのだろうか。
「マチルダ、アランの死体は見ない方がいいかもしれない。あまりにもショックが大きいだろうから……」
ミリーがいなくなった以上は、私がアランの婚約者としての地位を復活させるだろうと目していたに違いない。
ゆえに、ロウは「婚約者」を失った私のことを気遣っているのである。
「ううん。大丈夫。見に行くわ」
私にはもう活路は残されていないのかもしれない。
とはいえ、逃げても何も起こらない。
私は現実と向き合う覚悟を決めた。
王太子の部屋のドアは開いてた。ドアの隙間から見えたのは、いつもと変わらない整然と片付けられた部屋である。
しかし、窓際にたしかにそれはあった。
ロープで首を括り付けられた、青褪めた顔の死体である。
私は、王太子の部屋の床に崩れ落ちた。
間違いない。
アランはすでに死んでいる。
私がハッピーエンドを迎えられる可能性は完全に消失した。
「うわああああああんん」
私は声をあげて泣いた。
部屋にはロウもいたのだが、そんなことを気にする余裕などなかった。
私の人生はもう終わりだ。
私の感情を抑えてくれるものなど、もう何も残されていない。
私が、それを見つけたのは、床に伏しながら、改めてアランの死体を見上げようとした時だった。
アランの履いていたズボンのポケットに、白い紙片が突っ込んであったのである。
「……これは何かしら?」
私は立ち上がると、アランのズボンのポケットからその紙片を取り出す。
そこには短い文章が書かれていた。
……
ミリーを殺したのは俺だ。
罪の重さに耐えられない俺は死を選ぶ。
アラン
……
一瞬で涙が引く。
これはアランの遺書ではない。
なぜなら、アランはミリーを殺した犯人ではない。
犯人はほかでもない私なのだから。
この遺書は、誰か別の者によって偽造されたものに違いない。
つまり、アランは自殺したのではなく、誰かに殺されたのである。
「おい、マチルダ、その紙はなんだ?」
ロウが、私の手から、半ばぶんどるようにして「遺書」を受け取る。
ロウは一瞬驚愕の表情を見せたが、すぐにいつもの冷静な面持ちを取り戻した。
「これはアランの字じゃないな」
さすが護衛隊長である。筆跡はアランの字に限りなく似せてあったが、彼はわずかな違いを見破ったのだ。
私はアランの首に掛かっていたロープをずらし、首筋の索状痕を確認する。
以前読んだ推理小説には、他殺の場合には索状痕が水平方向につくと書いてあった。
それを確認しようとしたのである。
首筋の痕は、やはり水平方向だった。
それだけではない。
アランの首筋には、アラン殺しの犯人が誰かを示唆する別の情報までもが刻まれていたのである。