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げそまろP

 私が導かれたのは、構造物は何もなく、ただ、ピンク色にモヤがかかった世界。



 そこには、頭はイカ、それ以外は全身タイツの人間という奇妙な生き物がいた。


 見覚えがある。ゲーム製作者のげそまろPのアバターである。

 二次元ではよく見知っていたが、三次元になると言葉を失うほどに気色悪い。



 げそまろPが、満面の笑みで私を迎える。



「真智ちゃん、おめでとう」


 ちゃん付けも気色悪い。


 というか、声が完全に男である。男が乙女ゲームを作るだなんて反吐が出る。



「真智ちゃん、君は『ドキゆらキャンドルナイト』を一番最初に全クリしたプレイヤーだ」


 そうか。私が一番乗りだったのか。

 このことに特段の驚きはない。決してゲームの難易度が高いというわけではない。

 

 このクソゲーをやり込もうと思う人間は私くらいだろうと薄々勘づいていたからだ。



「最後までプレイしてくれてありがとう。本当にありがとう」


 自分の作ったゲームをやりこんでもらえたことがよほど嬉しかったのか、げそまるPはニヤけ顔だった。


 本当にキショイ。握手を求められたが、私は手を差し出さず、目を逸らしてスルーをした。



「真智ちゃん、このゲームの難易度はどうだったかい?」


「どうだったかというと?」


「簡単過ぎたか、難し過ぎたか、率直に感想を聞かせて欲しいんだ」


 次作に向けて参考にするためだろうか。

 クソゲーとはいえ、1週間弱楽しませてもらったことは事実である。私は、そのことのお礼を込めて、正直に感想を伝えた。



「ちょっと簡単過ぎたかな」


 今考えると、この回答が命取りだった。


 ただ、この時は、まさか目の前のイカ野郎が「邪悪なこと」を企んでいる可能性など、微塵も考えなかったのである。



「そうか……」


 げそまるPの表情から笑みが消えた。

 もしかするとショックを与えてしまったのかな、と思ったのだが、違った。



「じゃあ、真智ちゃんには、もっと難しい『ゲーム』をプレイしてもらうことにしよう」


「はい?」


「『ドキゆらキャンドルナイト』の隠しシナリオ『マチルダシナリオ』だ」


 このゲームにおける攻略対象は、王太子であるアラン、料理人であるクシャル、護衛隊長であるロウ、詩人であるカシージョの4人である。

 マチルダはもう一人の登場人物だが、彼女を攻略するシナリオなど存在しない。当然である。ヒロインのミリーは女性であり、マチルダも女性だからだ。



「私、百合には興味ないです」


「違う。マチルダを攻略するわけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()



 ポカンと口を開ける私の理解を待たずに、げそまろPは続ける。



「今回、君にはマチルダになってもらう。マチルダは悪役令嬢で、最後にはアランから婚約破棄を言い渡される。要するに当て馬役で、彼女には幸せな未来など待っていない」 


 それは、ゲームをやり込んだ私も十分過ぎるほどに分かっている。


 本筋のアランシナリオにおけるエンディングでは、アランは「ごめん。俺の運命の人は君じゃなく、ミリーだったんだ」とマチルダとの婚約を破棄し、ミリーと結婚式を挙げる。


 それ以外のシナリオでも、ヒロインはアラン以外のキャラクターと結ばれるに関わらず、アランは「ごめん。俺はミリーが振り向いてくれるのを待ちたいんだ」と甚だクエスチョンマークな理由で、やはりマチルダとの婚約を破棄する。


 ストーリーがどう転んでも、マチルダの婚約は破棄されるのだ。


 悪役令嬢が背負った悲しい運命である。



「マチルダは、まさしく人生ハードモードなんだ。そこで、君がマチルダになって、彼女の人生を変えるんだよ。バッドエンドを回避するんだ」


「え? そんなの無理です」


「大丈夫。真智ちゃん、君ならできる。だって、君は『ドキゆらキャンドルナイト』を全クリした唯一の人なんだから」


 どう考えても無理ゲーである。

 マチルダの婚約破棄は既定路線なのである。ミリーがアランを選ばなくとも、アランは婚約破棄を選ぶのだから、マチルダの努力によってなんとかなる問題ではない。


 偏に王太子の甲斐性の問題なのだ。



「無理です。絶対に無理です」


 私は、激しく何度も首を横に振る。



「できるよ。絶対にできるよ」


「嫌です。私、そんなゲームやりたくないです」


「今更そんなわがまま言われてもね……」


「わがまま? わがままなのはあなたの方じゃないですか。ゲームに挑戦するかどうかは私の自由ですよね? 勝手に押し付けないでください。もう帰ります」



 私は、げそまるPに背中を向ける。



「真智ちゃん、どこに行くつもりなんだい?」


「家に帰ります」


「そっちの方角に家はあるのかい?」


 私の目前に広がるのは、広大な無である。


 ピンク色のモヤの先には、またピンク色のモヤがあるだけである。



「どうやって帰ればいいんですか?」


「残念ながら、歩いて帰ることはできないよ」


「じゃあ、走って帰ればいいんですか?」


「とんちじゃないんだから」


 げそまるPと下らない言葉のキャッチボールをしながらも、すごい勢いで額に冷や汗が滲んでくるのが分かった。



 ここは一体どこなのだろうか。というか、そもそもここは現実なのか。家に帰る方法なんてあるのだろうか。



 それを知るためには、再度振り返り、イカ男に質問を投げつけるしかなかった。



「……ここはどこですか?」


「真智ちゃん、分からないのかい? ここは()()()()()()()()()だよ」


 たしかにこのピンク色のモヤには見覚えがあった。


 「ドキゆらキャンドルナイト」を最初にプレイするときに、遊び方の説明が流れる。その際の背景画面として表示されるのが、このピンク色のモヤなのである。



「真智ちゃん、君は今、『ドキゆらキャンドルナイト』の世界にいるんだ」


「……ゲームの中にいるということ?」


「その通り。飲み込みが早いね。さすがゲーム脳だ」


 今ものすごい失礼なことを言われた気もするが、そんなことに構ってられるほどの余裕は私にはなかった。



「どういうこと? 私をゲームの世界に監禁したの!?」


「監禁とは人聞きが悪いね。僕はただ、君に『ドキゆらキャンドルナイト』を心ゆくまで堪能してもらいたいだけなんだ」


「もう十分堪能しました」


「でも、簡単過ぎたんだろ?」



 私は、半べそをかきながら、げそまるPを睨みつける。



「早く家に帰してください」


「そんな怖い顔しないでよ。ちゃんと君が帰れる方法は用意してるから」


「どうすれば帰れるんですか?」


「ゲームをクリアできたら、その瞬間、君は元の世界に戻れる」


「どうすればゲームクリアになるんですか?」


「さっき説明しただろ。()()()()()()()()()()、マチルダの人生をハッピーエンドに導けばいいんだ」


 たしかに先ほども同様な説明を受けたが、ゲームの世界に閉じ込められていると分かった今では、だいぶニュアンスが違って聞こえる。


 この「マチルダになって」というのは、プレイヤーとしてマチルダを操作するという意味ではなく、文字通り、マチルダになるという意味なのだろう。


 これから()()()がマチルダに転生させられるのだ。


 意地汚く、しかもバッドエンド不可避の悪役令嬢に。



「もし、ハッピーエンドにならなくて、ゲームクリアができなかったら、私はどうなるんですか?」


「一生マチルダのまま、一生ゲームの中だね」


 げそまるPは、真顔でサラリと恐ろしいことを言った。



「そんなの絶対に嫌です!!」


「じゃあ、マチルダを幸せにするしかないね」


 げそまろPはパンと手を叩く。



「はい。これでチュートリアル終了。真智ちゃん、頑張ってね」


 「頑張って」という言葉は元々大嫌いだったが、この時以上に、この無責任極まりない言葉を忌々しく思ったことはない。



 私は、助走をつけて憎きゲーム製作者に殴りかかろうとしたが、私の拳がえんぺらに触れるか触れないかのところで、ジリリリリリリと激しい音が響いた。



 騒々しい目覚まし時計の音によって、私の、悪役令嬢マチルダとしての人生が幕を開けてしまったのである。


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