誓いのキスは最期のキス
「新郎のアランさん、あなたには、将来の国王として、この国の民を守り、そして、この国の民をすべからく幸せにする責任があります。しかし、あなたは今、それよりももっと大きな責任を負おうとしています。それは、今目の前にいる女性を、必ず守り抜き、誰よりも幸せにする。その責任です」
海外旅行には1度も行ったことがないので何ともいえないが、世界遺産となっているような聖堂よりも遥かに壮大で美しいに違いない教会である。
尖塔状に伸びた天井は空まで届きそうな勢いだし、至るところに施されたカラフルなステンドグラスはいずれも繊細で独特なデザインである。
そんな贅沢な舞台において、アランとミリーの結婚式が執り行われていた。
他方、巨大な教会の無駄遣いであると言わざるを得ないくらいに、寒々しい人口密度である。
参加者はいつものメンバーのみ。つまり、新郎新婦以外には、クシャル、ロウ、カシージョ、そして私しかいないのである。
離島ゆえにゲストが来られなかった、というわけではない。
これが「ドキゆらキャンドルナイト」の底浅さの最たるところなのだが、主要キャラクター以外の登場人物がそもそも存在しないのである。
設定上は、たとえばアランの父親である国王がいたり、お城の外の世界で暮らす下々の民がいたりするのだが、彼らがゲーム内にビジュアルとして登場することは1度もない。
今いる離島だって、決して無人島という設定ではない。住んでいる島民はいるという設定なのだが、実際に現れることはない。
私が思うに、この内輪色の強い世界は、あのイカ野郎が作画を極限までサボった結果なのだ。
主要キャラクター以外のグラフィックを用意していないから、主要キャラクター以外を登場させることができないのである。
この世界は、アラン、ミリー、クシャル、ロウ、カシージョ、そして私の6人のみによって構成されている。
他の人物は、設定上は存在するが、実在はしない。
今だって、神父の格好をして、大袈裟な台詞を並べ立てているのは、カシージョなのだ。
これから披露宴で提供される料理も、前日から入島していたクシャルが全て仕込んだものだ。
6人という限られた人員で、様々な役を回している。まるで小規模な劇団のようである。
私が完全犯罪を行う上では、この雑な世界設定は、とてもありがたいものだった。
たとえば、この世界においては、警察や探偵も、存在はしているが、実在はしない。
私がミリーを殺したところで、離島に新たに乗り込んでくる者はいないし、離島の島民も事件には介入してこない。
アラン、クシャル、ロウ、カシージョの4人のみで事件の処理に当たらなければならないのである。
つまり、この4人さえ騙し切れれば、完全犯罪が成立することになる。
その意味では、この離島、そして、この世界は、ミステリーでいうところの、クローズドサークルなのである。
「アランさん、あなたは、生涯のパートナーであるミリーさんを愛し抜き、宇宙一幸せにすることを誓いますか?」
「誓います」
細いシルエットが際立つ白いタキシードを着たアランは、迷わずにそう宣言すると、隣にいる花嫁に微笑みかける。
純白のドレスを身に纏ったミリーは、アランに微笑みを返すと、神父役のカシージョの目を見て、彼の次の台詞を待つ。
「ミリーさん、あなたは、この国で一番高貴で美しい男性に溺愛されることによって、宇宙一幸せになることを誓いますか?」
「はい! 誓います!」
おいおい。何だこの誓いは。露骨にミリーを甘やかし過ぎだろう。
カシージョよ。散々遊ばれた挙句に、自分をフった女に対して、全くもって情けない態度ではないか。
クシャルもロウも同じだ。
新郎新婦の「友人」として、結婚式に参列し、2人の門出を祝っているのである。
結局、彼らは、お城での生活に固執しているのである。
元恋人への未練を隠してまで、彼らは現在のポジションのままでいたいのだ。
このことも、もしかするとゲーム世界独特の現象なのかもしれない。ゲームの設定どおりの生き方に慣性が働くため、彼らはそれ以外の生き方を無意識に拒絶しているのである。
――それでいい。
完全犯罪のための舞台は整った。
「それでは、新郎のアランさん、新婦のミリーさん、この場で誓いのキスを。どうぞ」
カシージョの号令によって、アランは、ミリーの方へと一歩一歩踏みしめるようにして歩み寄る。
そして、ミリーの顔を覆う薄いベールに手をかけ、ゆっくりと丁寧に持ち上げる。
誓いのキス。
「ドキゆらキャンドルナイト」の山場のシーンであり、湯原真智だった頃の私は、感動と興奮とともにこのシーンを食い入るように見ていたものである。
マチルダとなった私も、同様に、王太子と町娘の唇と唇が初めて触れ合う瞬間を刮目していた。
しかし、心境は全く違う。
私は、このキスが、2人にとって最期のキスとなることを知っている。
この接吻は、幸せな人生のファンファーレではなく、絶望に満ちたフィナーレなのだ。
挙式を終えたミリーは、披露宴に至るまでの間に、この世から葬られる。他でもない私の手によって。
せめてこの瞬間だけでも幸せを味わうといい。
その分、直後に訪れる絶望の味は、大層格別なものになるだろう。




