恋愛ゲームなんかじゃない
私は、最近いつもそうしているように、朝食の後、逃げるようにして自らの寝室へと向かい、ベッドでうずくまっていた。
手には、今朝、王太子から渡されたチケットが握られている。
アランとミリーとの結婚式が行われる離島へと向かう船のチケットである。
元婚約者をしれっと結婚式に招待するだなんて一体どういう神経なのかと疑問符だが、このゲーム世界の無神経さ加減にはもう慣れた。
チケットに書かれた出航予定日は明後日。
つまり、離島での結婚式は明後日の予定であり、私に残された時間はあと2日しかないということである。
あと2日で、私は、この最悪の状況をひっくり返さなければならないのだ。
これまで1年以上続けた悪あがきは、全て失敗に終わった。
しかし、無駄にはならなかった。
なぜなら、アランとミリーとの仲を割くことは不可能であるということを、身をもって知ることができたからである。
アランとミリーが出会うというシナリオも崩せなかったし、ミリーがビッチであることを知ってもなお、アランはミリーとの結婚に迷いを見せない。
そして、ミリーも、権力と金欲しさゆえに、王太子を手放すことはしない。
アランは絶対にミリーのことを嫌いにならないし、ミリーの方から身を引くことも絶対にないのである。
ゆえに、この「無理ゲー」の攻略法は1つしかないことを、今の私は十分に理解している。
ミリーを暗殺すること。
アランを私の手に取り返す方法は、それしかないのである。
今までの私は、優し過ぎた。
否、甘過ぎた。
ゲームの世界のヒロインに、遠慮をする必要などないのである。
あちらはただの創作物である一方、こっちは生身の人間だ。正真正銘の命がかかっている。
それに、バルコニーでミリーが私を殺そうとしたことで、私の方も踏ん切りがついた。
これは甘ったれた恋愛ゲームなんかじゃない。
生死をかけたバトルロワイヤルなのである。
私の心はもう揺るがない。ミリーを殺し、ハッピーエンドを手に入れるのだ。
とはいえ、忘れてはいけないのが、バルコニーでのミリーの捨て台詞である。
「それから、私を殺そうだなんてバカなことも考えるな!! アランには、私にもしものことがあったら、あんたの仕業だと思うように伝えておくから!!」
おそらくミリーは、この発言どおり、アランに話しているのだろう。
これは、私がミリーを殺す上で、大きな支障となる。
なぜなら、ミリーを上手く殺せたとしても、私が犯人であるとアランに疑われてしまえば、犯罪行為をしたものとしてお城から追放されてしまうからである。
ましてや、最愛の女性を殺した者との婚約を復活させるはずがない。
私は、私が犯人であるという可能性を完全に排除した上で、ミリーを暗殺しなければならないのである。
つまり、完全犯罪こそが私の成し遂げなければならないものなのである。
果たして、完全犯罪は実現可能なのか。
今までゲーム漬けでぼんやり生きてきただけの女子高生に、完全犯罪なんて大それたことができるのだろうか。
真っ先に思いつくのは、私自身が手を汚さないことである。
私以外の誰か――クシャル、ロウ、カシージョのうちのいずれかにミリーを殺してもらえばいいのだ。その間にアリバイを作っておけば、私に疑いが及ぶことはない。
――無理だ。あの3人が、私に協力してくれるはずがない。
あの3人にとって、私は敵なのである。
殺害計画を正直に伝えれば、すぐにアランにチクり、私を追放させるだろう。
彼らはミリー以外を女性として見ることもないから、色仕掛けで従わせるようなこともできない。
3人を味方につけることはできない。
むしろ私は、アランだけではなく、この3人にも疑われない方法で、ミリーを殺さなければいけないのである。
私がミリーを手にかけつつ、私が犯人だと疑われない方法を模索しなければならない。
そんな方法あるのか分からないが、そうしなければゲームオーバーなのだ。
この悪魔的な「無理ゲー」に、何か活路はあるのだろうか。
これまで過ごした1年間の日々、そして、「ドキゆらキャンドルナイト」を全クリした経験の中に、何か武器になるものはないだろうか。
「武器か……」
私はベッドから起き上がると、本棚へと手を伸ばす。
私が持っている武器といえば、「悪徳の栄え」の中に挟まっている封筒しかない。
この封筒には、ミリーがクシャル、ロウ、カシージョとの情交を楽しんでいる写真がたくさん入っている。
アランに見せたのは、あくまでもその一部だ。
結局、アランとの婚約後、ミリーが3人と関係を持つことはなかった。そのため、全て婚約前の写真である。これをアランに見せても微動だにしないことはすでに実証済みだ。
それでも、私の有する武器はこの写真だけである。
私は、完全犯罪の糸口が何か見つからないかと、写真を1枚1枚見返す。
ある写真のところで、私の指が止まる。
同時に、晩餐会での、アランのある台詞が思い起こされる。
――そうか。これだ。これを使えば良いのである。
決して頭が良い方ではないが、追い詰められた状況で、私の頭は今までにない速度で回転していた。
そして、ついに私は、完全犯罪によってミリーを暗殺する方法を閃いたのである。
とはいえ、直ちに実行に移すことはできない。準備が必要だ。
決戦は、明後日の結婚式。
主役はミリーではなく、私。
私の人生の新たな門出を、血染めの花嫁によって彩ってみせようじゃないか。