ドキゆらキャンドルナイト
「マチルダ様、王太子様がお呼びです! 何やら大切な話があるとか」
――ついにこの時が来た。
私は、私を呼びに来た使用人の若娘に対して、感謝の言葉を伝える代わりに、思いっきり睨みつけた。
若娘――ミリーは、私が放った精一杯の敵意をものともせず、というより、鈍感ゆえに何も感じず、屈託のない笑顔を返してきた。とことんイケすかない女である。
ミリーはこのお城でもっとも地位が低い使用人である。
そして、見るからにみすぼっらしく、頬骨が張っており、お世辞にも綺麗とはいえない顔立ちをしている。もっとハッキリ言えばブス。
それにも関わらず、ミリーは王太子の寵愛を受けている。
それどころか、このお城にいる男性諸君は、全員ミリーの虜なのである。
それはなぜか。
答えはシンプル。
ミリーがこのゲーム世界のヒロインだからだ。
私が今いるのは、乙女ゲーム「ドキゆらキャンドルナイト」の世界である。
ハッキリ言って、超マイナーゲームである。
個人が半ば趣味で作り、タダ同然で配っているもので、総ダウンロード数も100に届くか届かないかといったところである。
人気が出ない理由はいくつかある。
その1つは、キャラクター設定があまりに雑であること。
ヒロインは、市中で王太子にたまたま見初められ、お城の使用人として雇われることになった貧乏育ちの娘。
攻略対象は、その王太子と、いずれもお城に住み込みである、料理人、護衛隊長、詩人の計4人。
メインの攻略対象はもちろん王太子。
シナリオの9割がお城の中で展開されるという極めて「インドア」な作品であるとともに、登場人物も上に挙げた5人を除けば、あと1人しかいない。
そのもう1人こそが、悪役令嬢であるマチルダである。
マチルダは完全な「咬ませ犬」だ。
ヒロインであるミリーが来るまでは、王太子の愛情を一身に受けており、彼のフィアンセだった。
そして、ミリーが城に来てからは、お局役としてミリーをイジメまくる。
しかし、最終的には、王太子はミリーを結婚相手に選び、マチルダは婚約破棄を喰らう。
要するに、マチルダは、ヒロインを操作するプレイヤーにとって快楽この上ない「ざまあ」を発動するためだけに存在しているようなキャラクターなのである。
考えれば考えるほど工夫のない登場人物たちである。
ミリーは童話「シンデレラ」のヒロインをそのまま焼き増しただけ。
王太子であるアランは「王子様」のプロトタイプそのもの。
マチルダもwikiで「悪役令嬢」と調べたときの説明文そのままである。
それ以外のキャラクターについても、料理人、護衛隊長、詩人と、なんだか臭い。
オレ様系の王子様と対照的な存在として、料理ができて一見すると家庭的な男と、体を張って守ってくれそうな屈強な男と、繊細な芸術肌っぽい男を並べただけである。
あまりにも安易なバリュエーションだ。
ゲーム制作者がキャラクター設定に手を抜いたことが見え見えである。何のひねりもない。
このチープなキャラクター設定は、乙女ゲームとしてはあまりにも致命的である。出だしから完全につまずいてしまっている。
しかし、このゲームが不人気である最大の理由は、別のところにある。
この点については、私としては、なるべく語りたくはない。
なぜなら、この「ときめきキャンドルナイト」をダウンロードし、全攻略対象をコンプリートするまでにやり込んだ私の沽券に関わるからである。
つまり、この乙女ゲームは、ある偏った性癖に基づいて作られたものだということだ。
この乙女ゲームの詳細を明かすことは、私の性癖の暴露に等しい。
なので、これ以上はどうか探らないで欲しい。
「マチルダ様、王太子様は、王太子様の部屋にいらっしゃいます! ではでは」
最低限の要件だけ伝えると、私の返事も待たなければ、辞去する際のお辞儀もないままで、ミリーは踵を返す。
目上の者に対してはあまりにも無礼な態度だが、残念なことに彼女に悪気はない。単に礼儀作法を知らないだけである。
転生前にゲームをプレーしていたときには、このようなヒロインのうつけ者加減を可愛らしく感じていた。
しかし、悪役令嬢としてゲームの世界に転生して以降は、ヒロインのバカさ加減がハナについて仕方がない。
現実世界において、私は、湯原真智だった。
そんじょそこらの地味で無口な女子高生である。
受験生であるにも関わらず、家に帰ると同時にパソコンの電源を入れるという、ごくごくありふれた高校を送っていた。
そんな普通の女子高生の私が、どうして乙女ゲームの世界に転生してしまったかといえば、正直なところ、よく分からない。
ただ、「ドキゆらキャンドルナイト」を全クリしたことと無関係ではないということだけはたしかだ。
私がゲーム世界に送り込まれたのは、全てのマルチエンディングとストーリーを攻略し、決して誰にも自慢することのできない達成感を噛み締めていた深夜3時のことだったのだ。
数年前に流行ったアニメのエンディング曲の劣化コピーとしか思えない、ピロピロと安っぽい電子音とともにエンドロールが流れ、最後にゲーム製作者である「げそまろP」の名前が表示された。
本来であれば、ここで最初の画面に戻るはずだった。
しかし、その次の瞬間、私の体は分子となり、ディスプレイの中へと引き込まれたのである。
ミステリーを主戦場としている者ですが、流行り物に乗っかるのが好きなので、「悪役令嬢」「乙女ゲーム」「異世界転生」のテンプレど真ん中に挑戦してみました。
テンプレの良さとミステリーの良さをともに生かせるように頑張りますので、少しでも続きが気になってくださった方はブックマークをよろしくお願いします!




