5話 賢者
「なんだか人を切り殺したい。」
猪狩りに行くことなどすっかり頭に無くなってしまったタケシは。人を切りたい自分と、そんな事をしてはいけないという自分の間で揺れていた。
最悪腕くらいなら切ってもご飯粒でくっつければ、ワンチャンいけるんじゃないか?などと思っていたタケシに一人の見るからに貧しそうな夫人が声を掛けた。
「そこのお人、貴方様にお願いがあるのでございます。」
「どうかその鉄パイプを私に売って欲しいのです。」
突然の言葉に驚くタケシ。この鉄パイは今までタケシとともに何度も修羅場を潜ったいわば相棒だ。おいそれと売れる物ではない。
しかし夫人の切羽詰まった表情を見てタケシは口を開く。
「話を聞こうか。」
タケシは夫人の話しを聞くことにした。
「私には誠実で、とても働き者の夫がいるのでございます」
「そんな夫の唯一の趣味といえば大岩をテコの原理で転がすことなのです。」
「しかし先日大岩を転がすのに使っていた汚い棒が折れて
しまって新しい棒状の物を探していた所、その鉄パイを
見かけ、お声をかけさせて頂きました。」
「ちょうど今日は結婚記念日…。その鉄パイを夫に贈って
また大岩を転がすのを楽しんで欲しいのです。」
「棒状の物を買う為に私も村一番と言われた、自慢の髪を
売ってお金を作りました……。」
見れば確かに夫人のカブトムシみたいな色をした綺麗な髪にはかなりパンチの効いたパーマがかかっている。
「持って行きな。一万でいいぜ。」
「今までありがとな…。戦友よ。」
タケシは一万円と引き換えに鉄パイを夫人に手渡した。
「どうしたんだその頭は!」
夫人の夫である男は妻のその髪を見て嘆く。
「貴方の折れてしまった汚い棒の代わりを買う為に、髪を
売ったのよ。」
夫人はそう言いながら夫に鉄パイを手渡す。
「これでまた大岩を転がして頂戴ね!」
満面の笑みで鉄パイを渡す妻に夫は告げる。
「あの大岩は売ってしまったんだ…。」
「君のカブトムシみたいに綺麗な髪に似合うシュシュを
百均で買う為にね…。」
夫の手には妻の為に用意したであろう。安っぽいシュシュが握られていた。
二人は大切な物を失ったが、互いを思いやる心を手にいれたのだ。
二人はお互いのプレゼントをそっとゴミ箱にしまったのだった。