おばさん
パート仲間の安達さんを誘い、安達さんの好きな大物歌手のディナーショーに行ってきた。昭和の頃じゃ大スターだったかも知れないけど、今じゃ見る影なかったわ。
「安達さん、それじぁアタシはバスで帰るわ、後あの話宜しくね」
「ええ、今日はありがとう気をつけて、旦那によく言っておくから」
安達さんに勧めてる融資なんて嘘っぱち、老後はリゾートでなんて謳い文句で甘い話を持ちかけて、ある程度信用させたらドロンよ。
今回奢ってあげたディナーショーなんて、巻き上げる金額から比べたらお釣りが来るくらいだわ。後2人くらい釣り上げたらトンズラしようかしらね。
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なんで?
私の荷物が無くなってるの?アレが見られたら身の破滅だわ。バスの運転手が居なくなっていた、きっと盗んだんだわ。許せない!アタシの物よ!誰にも渡さないんだから。
荷物が無くて混乱していると、子供が泣き出しはじめてイライラが増す。挙げ句の果にバスの中で粗相させようとする母親に怒りが増した。
若い女が母親に付き添って外に出た。
全く最近の母親はなってないわ。
しかしこのサラリーマンも五月蝿いわねえ、よっぽど溜まってそうだわ。
生臭い風が吹いて、電気が消え、闇の中、ズルリと大きくて禍々しい何かが出てきた。
その後は一瞬だった。
ヌチャアと何かが口を開けた気配がして、シュルリと舌が飛び出しそこに居た全員を巻き付け飲み込みまた闇の中へズルリと戻っていった。
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本来の役目も忘れる程に、例えようもなく旨そうな匂いに釣られてここに来た。
匂いの元を辿るとバスの運転手という者を食べた。人間で言うなら濃厚なチョコレートと高級ブランデーが混ざったとでも言えば分かりやすいか。
ひと噛みする事に、記憶と罪がジュワリと口の中いっぱいに広がり酔っ払ってしまった。
バスの中に年配の女が乗り込んできた、コイツも凄まじくいい匂いだ。女には俺がバスの運転手に見えている様だ。
酔っ払って気が大きくなっていた。
どうせなら、全部持って帰り食べてしまおう。
とても良い考えだ。
どれ、折角だ巣に持ち帰り食べるとしよう。
2人はすぐ味が無くなったから、途中で吐き出した。
男は中々に旨かったが前菜と言うところか、直ぐ消化したので排出して埋めておいた。
年配の女は美味だった。
まったりとしたコクと深い芳香、なんと罪深い者だろう。噛み砕くと血や骨すら罪の味がしみだしてくる。
数多の怨み、怒り、涙、呪い。
しかし、食べたらなくなるものだ、惜しいが全て食べ尽くすのが流儀。食べ尽くした残骸は流しておく、どこかに流れつくだろう。
さて、うまく外に逃げ出したようだが無駄無駄。
闇モドキの、ネバネバした伸びたしっほの先には闇の中に逃げた筈の親子がグルグル巻きにされていた。
こいつらが本来の目的。
闇モドキは話がしやすい様に体を元に戻した。
ドロドロとしたヘドロの巣の中に浮かぶ美しい邪神。
「駄目じゃないか逃げ出して」
「嫌よ!離して」
「君、自分が何をしたのかわかってる?」
「五月蝿い五月蝿い五月蝿い!邪神の癖に!」
「その邪神に裁かれる元女神か、中々いいね」
「シュウ!シュウ!」
「無駄だよ、彼の魂はもうとっくの昔に君に粉々にされて今は転生して僕の番だ」
番の束縛を解くと僕の名前を言いながら、ヘドロを物ともせず走って飛びついてきた。その光景を見て元女神は絶望している。
「全く、君のせいで何人死んだと思ってるの?勇者にシュウの呪いを移して勇者の命運すら歪めて」
幼い男の子の姿していたが、ようやく元女神の術が解け、そこには美しい乙女がしっかりと邪神に抱きついて元女神を睨んでいる。
「あああぁあああぁ!!シュウゥゥァゥー!」
爛々と涙を流して自分じゃない何かを見る元女神に。
「あの、私シュウって人じゃないです。ねぇ気持ち悪いもう行こうよ」
「そうだな行こう」
ヘドロの中にズブズブと沈めてゆく。
絶叫も口の中にヘドロが入れば聞こえなくなった。
「生憎僕は落ちた神は食べないんだ、代わりに彼等の餌になっておいて」
ヘドロの中には邪悪な邪骨サメの大群が優雅に泳いでいる。いい餌になるだろう。
あぁ疲れた、これだから人間から転生した女神は駄目なんだ。『乙女ゲーム』とか『シナリオ』かなにかは知らないけど。
毎回騒ぎを起こされていい加減腹が立つ。
上の連中も暇だからといって、全く罪もない人々を巻き込むのは止めてほしい。
あんまり酷いようなら上の連中を掃除しにいくのもありかもな。