私がひとり
「光ごめん、子供が出来たから別れてくれ」
「はああああああぁ?」
3年付き合っていた彼氏に別れて欲しいと言われ、大注目された高級レストランからの帰り道。
とぼとぼと歩きながら、とりとめのない事を考える。
浮気して子供かぁ・・・・。
ゾワッと鳥肌がたつ、浮気に子供とダブルショック。
でも心の底から気持ち悪いと思うのが、私という存在を踏みにじっても平気な人と一緒にいたこと。
そんな人を信じて好きでいた自分の見る目のなさ。
いつから浮気していたのかわからないけど、子供が出来たというくらい継続していたという事実。
いつ出会ったのか、短くても半年前から浮気してたんだろうな。この半年間を振り返っても、普段通りに私に接していた事が一番気持ち悪い・・・・。
腕をさすりながら考える。
うーん、あそこのレストラン二度と行けないや、いつも予約待ちでいっぱいなのに、一緒にテレビを見て美味しそうだね、行きたいねなんて話をしていて・・・・やめよ、またぐるぐる思い出すし。
なんか、この3年何だったんだろ。
色々な思い出に絡みついててしんどいわ。
あー、お腹すいた。
全然ご飯も食べれなかったし、ほんと最悪。
空きっ腹を抱えて帰り道沿いのコンビニに入る。
やる気のない店員の「いらっしゃいませ~」と、自動ドアの開く電子音が聞こえると何故か急に泣きたくなった。
虚しい。
付き合い始めに言われた「酒と煙草をやる女は嫌い」の一言で禁酒禁煙してた事を思い出し、そんな健気な自分を鼻で嗤ってから酒類コーナーに向かう。
甘ったるいのは気分じゃないけど、自分で美味しい酒を作る気力すらない、目についた缶酎ハイと缶ビールを片っ端からカゴにいれてった。
両手にビニール袋の伸びきった線の跡がつくくらい買ってしまった。くそ重い。
タクシーで帰ろうか、ここからだと駅前のバス停のほうが早い。
なんとか駅前にたどり着くとまだ20時30分前、よく考えたら久しぶりのレストランだからと洋服と靴を新調し、美容室までいってめかし込んだせいで金欠だった。
この時間ならバスでも良いか。
バス停にはバスが既に待機していた。
良かった、人はいるけど座れそう。
バスに乗り込み、後ろの2人掛けの席が空いていたので座るとバスからアナウンスが流れる。
「本日はご乗車ありがとうございます、当バスはアルンヘイル城行きの直行便でございます」
え?何処だって?自分の聞き間違いかと思ったら、乗客達もざわつくから聞き間違えてはいないみたい。
「発車致しますと途中バス停などへは止まりませんのでご了承下さい、それでは定刻になりましたので出発いたします」
プシューとドアにロックが掛かりバスが動き出す。
車内のざわめきが大きくなる、何故ならバスの進行方向から巨大な光が立ち塞がっている。
あれにぶつかったらやばい。
キャアアアアアア!
乗客の大絶叫がバス中に響くと、バスは光に突っ込み私達は強烈な光に包まれて意識が刈り取られた。
□□□□
ユサユサと肩を揺すられている。
「うぅ」
「おねーさん大丈夫?」
目を開けると女子高校生が心配そうに覗き込んでいた。この制服、確か西橘椿高校だっけ、隣町にある県立高校だった筈。
乗客は私を入れて7人、運転手はどこを探しても居なかった。女子高校生、幼稚園児とその母親、50代のおばさん、30代のサラリーマン男性、中学生男子、それに私だ。
最初に目が覚めたのが幼稚園児で、ギャン泣きで皆が目を覚ましたらしく、私だけ起きないから怪我でもしたのかと確認してくれたそうだ。
荷物も無くなっていて、きっと運転手が盗んだのだとおばさんが騒いでいる。
外は真っ暗でなにも見えない、バスの中の明かりで窓に映る顔がハッキリとわかる、窓の外を見るつもりがいつの間にか自分を見ていた。
ふと中学生が私を見ていた。
私が見ていたのに気がつくと、驚いたように目を逸らす。
私、なんかしたっけ?
異常な状況でピリピリした空気を感じたのだろう、幼稚園児の男の子がオシッコ!と騒ぎ出した。
車内でさせる訳にも行かないが、外に出るのも恐ろしい。母親が何とかなだめていたが、とうとう子供が泣き出した。
「いい加減にしろよ!降りてさっさとさせてこいよ!五月蝿いんだよ!さっきから!」
サラリーマンがいきなり怒鳴った。
「外に何かあるか、わからないのに!車内でさせて下さい!」
「ふざけないでよ!あなた!車内が臭くなるのよ!早く外に出てよ!」
おばさんがサラリーマンに乗っかり喚く、子供は火がついた様に泣き、中学生は何か考え込む様子で高校生は俯いている。
もう、見ていられない。
「あの、一緒に行きましょうか?」
「え?!」
急に声を掛けられてびっくりしたようだ、どんどん子供の泣き声が酷くなる。
「はい…お願いします」
消え入りそうな声でお礼も言われた。
母親は真っ青になっていた、激高した男が恐ろしかったのだろう、顔を上げると急いで子供の手を引き、前の昇降口から外に出た、私も母親の後について外に出る。
真っ暗だ、風もない、バスの周りだけ明かりがある。
異様な雰囲気の中、親子の声が聞こえる。
私も心細いので母親の真横に立たせてもらっている。
「ほら、シュウ早くして!」
その瞬間、風が吹きいきなりバスの電気が消えた。
「きゃ!」
「シュウ!!シュウ?!」
隣の母親の気配がなくなる、見えなくても子供を探しに離れてしまった。
パッと明かりがつく。
肝が冷えた、サラリーマンがやっただろうか?悪戯にしては質が悪い。
子供の名前はシュウだったっけ。
「シュウ君のお母さんー?どこですー?」
親子から返事はない。
バスの車内に備品で懐中電灯くらいはあるかもしれない。懐中電灯で辺りを照らせば見つかるだろう。
電気を消された悪戯で腹がたっていた。
「電気消すなんてあんまりよ!」
勢いで文句を言いながら乗り込むと、バスの中は誰もいなく、ただ明かりがついていた。
「は?」
私に返事をする人は誰も居ない。
「嘘、何これ」
ピンポーン
『次は終点アルンヘイル、アルンヘイルです、お忘れ物が無い様にご乗車ありがとうございました』
「え?」
誰もいない筈なのに、勝手に車内アナウンスが流れ、私は真っ暗な空間に立っている。
気がつけば私ひとりになっていた。