男の依頼
「頼み事だと。 貴様が私にか?」
「そうだよ。 俺がお前にだ。 もちろん聞いてくれるよな」
床に座っているレオナルドを見下ろす形で、メリッサは彼を指差して言う。 レオナルドは、深くため息をついた。 机の上のカップを口元へと運んで、またため息をつく。
「……どうせ聞かなければならんのだろう。 もう貴様との喧嘩はこりごりだ。 ほら、言ってみろ」
レオナルドの言葉に、メリッサは笑う。 もはや脅迫の必要もなく、この傲慢な男が自分の言うことを聞く事実。 自分の目的のためにある程度の苦労は予想していたが、レオナルドが味方してくれるならスムーズに事が運びそうだ。
「レオナルド。 お前の魔法を俺にもっと味あわせてくれ。 それだけでいい。 それだけで十分だ……今回はな」
「ふん、今回か……いや待て。 貴様、なんて言った?」
「お前の魔法を俺に味あわせてくれっ」
メリッサは胸に手を当てて同じ言葉を言う。 レオナルドが少し考え込むようにしてから、メリッサに視線を移した。 ええっ、そんな声が顔から聞こえてくるような。 彼はドン引き、してきた。
「そんな趣味があったのか」
「何か勘違いしているようだな。 まあいいけどさ。 で、やるのか、やらないのか」
やらないのか。 その言葉に殺気が含む。 メリッサからすればこの男はどうでもいい人間。 実際に殺すかはともかく、権力に胡座をかく姿は懲らしめたらないと言っていいだろう。
「やるさ。 当然だろう……それで、こちらのクエストの方は任されてくれるのかね」
「報酬は悪くないからやってもいいが……いや待て、もう少し増やせよ」
メリッサは、レオナルドの横に座る。 机の上に出されている茶を、一息で飲むと彼の言葉を聞いた。
「強欲だな。 なにが欲しい」
「それは後で決める。 ほら、行こうか。 面倒事はさっさと終わらせるに限るからな」
「分かった。 行きましょうか」
2人が部屋を出て玄関口へと向かうと、リリィや屋敷の小間使いがついてこようとする。 レオナルドはそれを当たり前のように扱うが、メリッサは、抵抗を覚える。
「なぁレオナルド。 今回のクエスト、別にリリィたちはいらねえよな」
メリッサは小間使いの女たちや、リリィの視線を向ける。 彼女たちは、不思議そうな視線を向けるが、それを無視してレオナルドと会話を続ける。
「なにをだ? いきなり何の話をする」
「奴隷だけじゃないのか。 お前の家」
小間使いたちには、首輪がついていない。 リリィと同じくらいの、少し若い女性ばかりだ。 しかし、リリィと同じような扱いというわけでもなさそうである。
「当然だろう。 奴隷というのは、かなり使いづらいしな。 イメージも悪い」
「イメージ? 最悪だぜ、あんたのイメージは……リリィ、ついてこなくていいよ。 今日はみんなと遊んでろ」
牢屋で聞いた話では、民衆のレオナルドに対するイメージはかなり悪そうだった。 英雄とされている人間なのに、こうも嫌われるのは才能だとメリッサは思う。
「え、いいのです? でも……」
「いいんだ。 金ならこいつがだすから」
メリッサはレオナルドを指差す。
「おい。 なにを勝手に」
とうぜん、焦ったかのように彼は言い返した。 だが、それをメリッサが、ひと睨みする。 それでレオナルドは黙った。
「ダメなのか?」
「弱いものいじめはよしてくれ。 君は暴虐すぎるぞ」
「暴虐なのはどっちだよ。 お前は弱いものなんかじゃない。 だからいじめてもいいんだ」
もちろん暴論だ。 メリッサ自身、たとえ相手が誰であろうと、いじめが許されないのは分かっている。 だが、レオナルドは反論することは無かった。
「……はぁ。 わかったよ。 好きにしたまえ。 いつも頑張ってくれているんだ」
驚いたような、呆気に取られたかのような表情を、メリッサは浮かべる。 それに対して、レオナルドがイヤミのように言った。
「意外そうな顔をするね」
「実際、意外だからな。 お前にそんな感情があるとは」
レオナルドが、小間使いに休みを取らせるのが意外だった。 リリィは、なにがあったかは知らない。 知らないが、あんな人の多いところで消そうとするくらいには、雑に扱っていた。 それなのに、ねぎらう言葉が出てきたのが意外だった。
「私にもいろいろあるんだよ……行こうか」
遠い目をしながら、彼はメリッサを誘導する。 2人が玄関へ向かうまで小間使いたちはついてきて、頭を下げて出発を見送ってくれた。
魔法
スキルとしては、物理系と分けられて普遍的なもの。 ただし基本は、炎、氷、雷、水、風の5属性のうちどれかひとつをスキルとして持つ。 レオナルドは全て使えるうえ、出力が桁違いなのだ。 だが、彼の魔法はいくら強かろうとメリッサには効かない。 メリッサは不死身になってしまったのだ。