ヤタガラスのタトゥーを入れた女
さすがのメリッサも、前後左右から攻めてくる男たちを捌くことは難儀であった。 すべてを防ぎ無傷でいることは容易だが、攻めに転じる機をうかがいつづけると、ずるずると時間だけが過ぎていく。
理由は明白だった。 虚な目に違わず、洗脳でもされているのだろう。 男たちに一切の恐怖心を感じない。 それどころか、むしろ自爆しかねない勢いでメリッサは攻められ続ける。 ようやく見つけた隙に相手を怯ませるよう脅しをかけるも効果は見られない。
「ありえない……マジで最悪なんですけど。 土下座で謝るまで許してやんないから」
メリッサはスキルを除いた基本的な身体能力は決して悪くない。 かつてのパーティでの貢献度の低さはコンプレックスであったが、克服のための努力は嘘をついていない。 だが、それであってもあくまで普通より優れているだけ。 なりふり構わない男たちに攻撃を差し込むことは厳しい。
メリッサは、静かにため息をついた。 これからやることの罪悪感を和らげるため、ため息をついたのは無意識のうち。
攻撃を差し込むのは難しいというのは、あるひとつの条件が邪魔をしていたからだ。 防御力が無限大のメリッサは攻撃力がないのか。 それは彼の拳が証明する。
確実に顎をとらえたフルスイング。 もちろん、その間に他の男から攻撃をもらう。 だが、それはすべてストレージに収納。 ダメージはゼロになる。
そして、集中力の全てを攻撃に注いだ結果。 攻撃を喰らった男の身体は大きく吹き飛んだ。
「お前たちが中途半端に強いから悪いんだぜ。 怪我させないようになんて考えてたが……悪い。 後遺症のひとつやふたつは我慢してくれ」
相手を傷つけないという思い。 その条件さえ無視してしまえば、こんな男たちは敵ではなかった。 ひとり、またひとりと男たちを吹き飛ばしていく。 だが、ヴィクセンの表情から余裕は消えない。 何かあるのか、メリッサは最後のひとりの意識を刈り取ったあと、ヴィクセンと対面する。
「やっとこっち向いてくれたね。 寂しっかったんだぞ」
「お前が奴らを仕向けたんだろうが……なに!?」
突如として、メリッサは何者らから拘束される。 両足を、肩を、両腕を掴まれて、自由が制限される。
「あらあら、意識を奪ったくらいで私のしもべをなんとかしたつもり? 意識がなくても、私のために動いてくれる騎士たちなの……かっこいいでしょ」
もはや瞳はどこ向いているのかさえわからない。 そんな男とたちだが、確実にメリッサの邪魔をする。 不思議と、先ほど殴り合っていた頃よりも、筋力が高く感じるメリッサ。 意識が飛ぶことにより、スキルが使えなくなったかわりに筋力を抑えるリミッターが外されているようだった。
「どうしたの? 鎖を破壊するだけの筋力があれば、これくらい振り払えるでしょ。 できないよね? この鎖、なんだか数が合わないの。 なんでかな?」
メリッサはスキルを極力使っていなかった。 にもかかわらず、何故かこの女に見透かされているようだった。
「さあ、どこかに弾けて隠れてるんじゃねえかな。 こいつらを解いてくれれば、一緒に探すぜ?」
あくまでメリッサはシラを切る。 ある程度予測されようとも、確信までには至らせない。
「一緒にって言われるとキュンとしちゃう。 けどダーメ。 私にはダーリンがいるから浮気になっちゃう」
ヴィクセンが近づいてきて、メリッサの唇に指を触れさせる。 この瞬間を、メリッサが待っているとも知らずに。
メリッサは拘束が解けないフリをしていた。 鎖の時と手口は同様。 つまりは、その時と同じように彼女が不用意に近づいてくるとメリッサは分かっていた。 男たちを振り払い、彼女を掴む。 それをヴィクセンは拒否することはできない。
「あらあら……ヴィクセンちゃんがこんなに可愛いからっておさわりはダメよ」
ヴィクセンはメリッサを振り払うことはできない。 だが、ただ一言呟くだけで、メリッサは彼女を手放してしまう。 なにが起きたかわからない。 周囲に仕掛けがないことは確認済みだから、彼女のスキルだろうとすぐに推測する。 男たちを操ることから、洗脳か何かだと思っていた。 逆らうことのできない強烈な命令が、彼女のスキルなのだろうと思った。
これほど強力なら、どこかにリスクを抱えているはず。 条件が厳しい。 燃費が悪い。 弱点をさらす。 だが、それらが一切、見つからない。
「あらあらあら。 美少女に長い時間触れられないなんて、さては童貞ね」
「……もういいだろう。 いい加減話してくれ。 何故俺をさらった?」
嫌気が差した。 この女は目的よりも、今この場で相手の嫌がることを優先する。 そんなようだった。 おそらくこの言葉も無視されて、なんらかの嫌がらせを受ける。 そう思っていた。 だが、意外にも彼女は急に素直になった。
「ダーリンがね。 あなたの話ばかりするの。 だから嫉妬しちゃった……って言ったらわたし、可愛くない? 可愛いでしょ」
メリッサは相当、殴りたい気持ちになった。
「そのタトゥーは……ヤタガラスとの関係は?」
「あなたはもうダーリンと会ってるんだから彼に聞いてよ。 私もう自分のこと以外喋りたくない」
もうなにを言っても無駄であろう。 これ以上は徒労に消えるだろうとメリッサはさっさと背中を向ける。
「あ、待ってよ」
と、声をかけられるが無視をする。 相手をしないことが最善だとメリッサは学習したから。
「あーあ。 ダーリンの名前、言おうと思ってたのに」
メリッサは立ち止まる。 立ち止まるが、振り返るか悩んだ。 また、長い時間をかけさせられるか。 だが、ダーリンの正体を知りたい気持ちもある。 なにが目的かは知らないが、存在そのものがハイリスクハイリターンなこの女をメリッサは嫌いにならなくても、面倒だと思った。
いやいや振り返ると、やはり何故かこの女は決めポーズをとっている。 反応してはいけない、ため息すら我慢しなければならない。 メリッサは我慢した。
「ふふっ、まあいいよ。 ダーリンの正体はね……コヨーテだよ」
話しながら近づいてきて、耳元で名前を言う。 メリッサはある程度予想がついていた。 ヤタガラスと関わりがあると、聞いていたから。 だが、これで確定した……いや、してもいいのかさらに疑心が生まれる。
この女は平気で嘘をつくだろう。 そもそもなんのために……わからない。 とりあえずは、今起きたことを事実だけ、受け入れていこうと考えた。
「そういえばヴィクセン。 お前は俺の名前知ってるんだっけ?」
「メリッサだよね? ヴィクセンちゃん、ダーリンから名前聞きすぎて覚えちゃった……賢い?」
「あぁ。 イラつくくらいお前は賢いよ」
皮肉をたっぷりと込めってメリッサは言った。




