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日常

「ニール、それはなんだ?」


 黒いモジャモジャを持つニールに対し、メリッサは指差してそう聞いた。 ある日の昼間、ハベルでの一室。 しばらくの沈黙に耐えきれず、メリッサの方から話しかけた。


「……聞くな」


 答えは一言で終わる。 聞くなと言われてしまうと、メリッサもこれ以上は言及ができない。

 集団でいるときは会話できるが、その集団の中で2人になると会話がし辛い組み合わせというものがある。 この2人の場合は一見、仲が良さそうに見えた。 だが、向こうから言葉をかけてくるわけでもなく、沈黙に甘んじていた。 

 メリッサもニールも普段なら、特に沈黙が苦なわけではない。 だが、メリッサには今がとても気まずくなる理由があった。


「それよりメリッサ、あれは?」


「……聞くな。 俺にもわからん」


 沈黙の原因は、2人の異常なテンションの低さだった。 そのストレスの正体。 メリッサが今現在、気にしていることはドアにあった。 チラチラとふたりが何度も視線を送るドア。 そのドアと、メリッサは視線が合っていた。 正確にはドアではない。 ドアの隙間から瞳を見せる者とだ。


「あれ、ミカだよな。 お前なんかしたの?」


「……聞いてみる」


 メリッサが立ち上がりドアへ向かうと、少しだけ開かれたそれは閉められる。 駆け足の音が聞こえ、だんだんと離れていくのか小さくなっていく。 取りつく島もないという事が、メリッサにはわかった。


「どうすれば?」


「……知るか」


 男ふたりには解決できる内容ではなかった。 ニールがひとりにしてほしいというから、メリッサは部屋を後にして廊下を歩く。 すると、後ろから誰かが近づいてくるのがわかった。 その正体が誰かは、確かめるまでもない。

 バベルには構造上、袋小路となる場所が存在する。 近づけば逃げるというのなら、強硬策に出るしかない。 動きを見せ誘導して姿を隠す。 すると、跡をつけるものがやってきて、自分を探す。 メリッサはゆっくりとその状態で姿を現せばいい。


「俺に何か用があるのか? ミカ」


 メリッサが見た姿は、たしかにミカだった。 後ろ姿で表情は見えない。 何を考えているのか察することはできないが、やはりミカが自分をつけていたのだと知った。 この状況でメリッサはどうするかを考える。 もしも、彼女にとってこれが嫌なことであるとわかったなら、直ちに自分は道を明け渡そう。 ただし、それでは今後もかのストーカー行為は続くだろうから、決着が望ましい。

 相手の出方を待つメリッサに対し、ミカは強硬突破を試みる。


「クッ。 退いてよ」


 後ろは壁、廊下の真ん中にメリッサが立ちふさがり、横を抜けるのは困難。 そんなミカがとった行動は、最も勇敢な選択肢、中央突破だった。 正面からメリッサへと襲い掛かる。 が、メリッサには通用しない。 彼は彼女を受け止めると、腕を掴んで壁へと詰め寄る。 顔を近づけ真っ直ぐに瞳を見て彼は言った。


「お前の気持ちをはっきりさせたら嫌でも退く。 だが、それまではな……」


「いや……近いの、まずいから」


 潤んだ瞳はメリッサを見ない。 頬を紅潮させながら、微かに震えている。 メリッサは彼女を掴む腕を離すと、距離を取る。


「やっぱりお前、俺のこと……」


「え? や、違……」


「嫌いなのか。 だから、俺と距離をとって……その、悪かったな」


 メリッサは傷ついていた。 明確に相手から距離を置かれ、嫌われているという事実。 腐れ縁のジョーとは違い、結構いい感じに距離を詰められていた、友達くらいにはなれていたと思っていた相手に、実は嫌われていた事実に。 だが、それを顔に出すのは彼の自尊心が許さない。 表向きはあくまでにこやかに、それでいて震える声を抑えた。


「違うよ。 嫌ってるわけない」


 メリッサの態度、言葉を聞いてミカが否定をする。 静かな声ながら、その主張は強い。


「え、じゃあ俺のこと好き?」


「はぁ? 好きなわけないでしょ」


 また落ち込むメリッサ、それをなだめるミカ。 落ち込みながらもメリッサは、とりあえず逃げずに会話ができていることに手応えを感じていた。


「まぁ、避けてるだけじゃないのは分かってるけどよ。 なんか用があるんだろう? 怒らないから言ってみな」


「……用なんて、ないし」


 メリッサは、その言い方や様子から何かあることを確信する。 なにより、先ほどから視線が全く合わない。 おそらく、かなり言いづらい何かだろう。 彼女に勇気を出させるために、メリッサはあえて冷たく対応する。


「なら俺はもういくぜ? 嫌われてないってだけで何よりだからよ」


「あ、待って」


 とっさに肩に手をかけるミカ。 勢いに余り、メリッサの服ははだけてしまう。 あらわになる肩口から胸。 その半裸にも満たない肌を見て、ミカは自らの血の気がひいていくのがわかった。


「その火傷、やっぱり……」


 肌の色が薄暗く、まるで火傷のあとのよう。 メリッサは触れると乾燥が分かるそれを、笑みを浮かべながら撫でる。


「これならお前のせいじゃねえよ。 昔からの古傷だ。 あんまり覚えてないんだけどよ」


 ミカは手をふるせさせながら、メリッサの胸へと伸ばそうとする。 それに対して、メリッサは何を思うのかうつむいて、瞳だけをミカに向けた。


「触るか? 構わねえからかかってきなさい」


「は? いや……いただきます」


 戸惑いの色を残しながら、ミカはメリッサの火傷へ触れた。 まるで手のひらの形に生まれている火傷は、どうしても自分がつけたように思えた。 しかし、どう見てもここ最近の怪我ではないと、ミカには分かる。


「な。 痛くも痒くもない。 ミカさん、撫でられると流石にこしょばい」


「……心臓の音。 感じるね」


「あ……もう終わり。 満足しただろ」


 メリッサは立ち退きミカから距離を取る。 頬が赤らんでいるのだろう、とても顔が熱いのが彼にはわかった。 それにつられてか、ミカも恥ずかしくなりお互いに視線が合わなくなる。


「まぁ、なんだ。 避けられてるわけじゃなくてよかった」


「……どう、よかったの?」


「は……それはだな。 悪い、またの機会に話すから」


 避けられていたはずのメリッサが、なぜか彼女を避けている。 心臓がやけに高鳴り、体温が上がっていく。 何故か、彼女といるのが難しい。 メリッサは呼吸が落ち着くまで、走り続けた。

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