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一件落着

「生還おめでとう。 というわけだ、報酬を受け取ろうか」


 手を叩きながら、メリッサが男へと詰め寄る。 男は半ば脅しで勝ち取った契約だが、書籍に自身の証明である血による印をつけてしまった。 契約が果たされた以上、観念すると思った。 だが、メリッサの予想の他、男は大きな態度であった。


「断る。 自分の命さえ助かった以上、くだらない戯言に付き合う必要はない」


 立ち上がると、服についたホコリを払う。 メリッサにひと睨みして、男は出口へと向かい歩き出した。 なんの自信か、契約を踏み倒す気が男には満々とあふれていた。


「おいおい。 帰らせねえぞ……」


 男が出入り口に差し掛かった時、その進行を塞ぐように男が現れる。 クロードだ。 彼はその表情を強張らせながら、男と睨み合う。


「これはこれは、どこかでみた顔ですな。 さっさとどきなさい」


 2人になんらかの確執があるのか。 男の発言から、2人が初対面ではないことがうかがえる。 この屋敷のことだろうとメリッサは予測しながらも、ならば早く話を終わらせようと動き出す。


「自信満々のようだが、この通り契約書があるんだぜ」


「物を知らんガキだな。 お前は……この国では上流が下流を踏みにじることができるんだよ。 こんな契約など偉いえらーい私が、一方的に破棄することができる」


 契約の破棄はしばしば見られる事例だが、人々の耳に入ることは少ない。 男が自信満々なのもしてやったり、メリッサをまたはめてやったぞということだろう。 誤算だったのだ。 メリッサがそのことを知っていて、計算づくだとは男は思っても見なかった、


「……そ。 助かるよ」


 本日最大のため息。 だがメリッサは、まるで憑物がとれたかのような表情になる。 眉間のしわは消え、口元は自然に緩む。


「負け惜しみ……にしては妙だな。 諦めが早いんじゃないのか」


 その表情と態度に、男は不信感をすぐにもった。


「諦めって……どうして欲しいんだ? 俺がお前を殺すとか……こいつじゃあるまいし」


 メリッサはクロードを指差しながらおどける。


「ふん、最後まで可愛げのない……だが、これで確執ない別れだ。 もう2度と会わずに……」


 男はメリッサが掲げる契約書へ向かって人差し指を突き出す。 その先に赤い光。 男は指を水平に切ると笑った。 何も起きていないのに。 その事実に笑いはすぐに止まって、焦りの表情が現れる。


「……どうした?」


「ちょっと失敗したかな。 もういちど……」


 メリッサが聞くと、男はそういって再度指を差し出してきた。 だが、何も起こらない。 指を変え増やし、なんなら縦に斜めに光を強めながら乱暴に振り続ける。 だが、何も起こらない。


「子どもでも知ってる。 契約書はよく見てからサインをしましょうってな。 地位に差がある? まさにその通りだ」


 メリッサは、掲げている契約書の一部を指で隠していた。 その指をゆっくりと開きながら、そう伝える。 一文字ずつ明かされていく文字。 その場所は、被契約者の名前が刻まれる場所。


「レオナルド……だと」


「かの大英雄との契約だ。 お前ごときじゃあ破棄はできまい。 そ、れ、に……ここ」


 焦っていて、ろくに契約内容も見ていなかったのだろう。 メリッサが指差す一文は、特段対策もおおきくも書かれていない普通の一文。 それを見て、男の焦りは最高潮に達した。


「そんな……まさか、何故。 貴様、さっき助かったと言っていた……あれはどういう意味だ。 まさか、そんなまさかじゃないよな」


 男が見たその一文は、男の全てを奪うようなものだった。 文字通りの意味でだ。


「お前に少しでも同情する余地があると、心が痛むなあ……だから、そんな余地もないクソ人間でありがとう。 助かるよ」


 契約の履行。 書類が青く光ると、それは魔法陣のように浮き出る。 しばらく光を灯した後、それは消えた。 これでは何が起こったか分からないので、メリッサが男から奪った物をストレージから取り出し見せる。


「こ、これは……私の。 私の家の……」


 奇妙な獅子を模る石膏のオブジェクト。 趣味が悪すぎて、目の前でうな垂れる男くらいしか所持していないだろう。 それを見て、絶望を男は悟った。


「ほら、すがれよ。 反省すれば許してやるから」


「……お前って、結構どSなんだな」


 いつのまにか横まで来ていたクロードが、メリッサの顔を見てそう言う。 どんな表情だったのか、メリッサには分からないが、その時少し楽しかったのだけ彼は覚えている。


「そうか? 俺に詐欺しようとしたこいつが悪い」


 そう自分の気持ちに言い訳をすると、ぼそぼそと男が呟くのが聞こえる。 言い訳を中断し、メリッサは今更男が何を言うのか、耳を傾ける。


「メリッサ……様。 申し訳ありませんでした」


「……まぁ、いいよ。 家なんていらないし、服もサイズがな」


 意外にもあっさりメリッサは彼を許す。 その態度が意外だと思ったのは、メリッサを除く個々の全員だ。


「あ、ありがとうございます」


 男の言葉は、単純な感謝からではない。 とはいえ、思惑があるわけでも……困惑が近いか。


「おいおい、いいのか? どうせこいつまたやるぞ」


「とりあえずまだ嘘はついていないらしいし、いいよ」


「どういう……」


 クロードの疑問を予測していたのか、メリッサは最後の一文を指差して黙らせる。


 ーー乙は嘘をつく度、激痛が走る。 嘘をつくとは、本人の思いとは異なった事実を口にした状態をいう。


「英雄印はすごいってことよ」


 なまじ、嘘が封じられていない分、男を苦しめるであろう。 メリッサは、クロードと拳をぶつけあい、笑った。

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