黒服の消失
「これは……どういうことだ」
バベルの一室。 そこに裸の男がいた。 先ほど消えた1人の黒服。 その彼が身包みを剥がされ、先にある部屋にいたのだ。
「幽霊が……幽霊はいました。 どうか、助け……て」
「戯言を……おい」
顎で指示をすると、男は部屋の外へ出る。 部屋から漏れ出る叫び声。 その叫び声を目を瞑りながら聴き、男は笑みを浮かべていた。
だが、その笑顔もすぐに曇る。
叫び声が不自然に長く続く。 それも、ひとりだけではなく、複数人の叫び声だ。 それを不審に思った男は、すぐさまドアノブに手をかける。 だが、すぐには開かない。
中で何が行われているのか、それを考えれば考えるほど、男の行動は次へと進まなくなった。
「……ええい。 ままよ」
意を決して男はドアノブを開く。 ゆっくりと中の様子が見えていく。 薄暗い室内で、床に横たわるライトが一部を照らしている。
中には、誰ひとりいることはなかった。
「どういうことだ……どういう」
うろたえる男。 室内に立ち入ることはできず、ドアの前でなんとか室内を見渡す。 何度確認しても、人っ子ひとり見つからない。
「誰も……いないのか?」
男は叫んだ。 誰かの返事を待つ。 だが、返答が来ることはない。 と、思われたが意外な場所から返事が来る。
「ボディガードはどうされたのです?」
男の後ろから声がして、彼は背後へ振り返る。 そこには、余裕の表情を浮かべるメリッサが立っていた。
「やはり、君が一枚噛んでいたか……」
「そういう言い草だと、迷子というよりか何かあったって感じですね。 いまなら、ボディガード料をお安くしときますよ」
「ふざけるな。 お前の悪ふざけに付き合うつもりはない。 さっさと、全員を戻せ」
「そうかい。 そういう態度ならこっちも考えがあるんだけど……そこ危ないぞと」
男の元へと影が近づいていく。 メリッサは男の肩に手をかけると、彼を掴んだまま大きく跳びのく。 影が触れた場所は、埃を巻き上げながら砕けている。
白く大きい影。 その一撃は、人など簡単に壊してしまうだろう。
「何をする……離せ」
何が起きたのか分からない様子で、メリッサを突き飛ばそうとする男。 その男の手を払って、もう片方の手の人差し指を口元に当てるメリッサ。 目つきを細め、若干イライラした様子だ。
「大きな声を出すな。 助けられたのも分からないのか? 結局、あいつに見つかっちまった」
「あいつだと。 いったいあれはなんだ……」
男は何も分からない様子だった。 メリッサは、あれはこの男が依頼した討伐対象だと思っていた。 怯えすくみ、汗をかく。 この様子だと嘘をついてないのだろう。
「知るかよ。 お前が討伐を依頼していた幽霊なんじゃないのかよ」
「あんなもの……あんなもの私は知らんぞ」
メリッサは目線を外し、男の靴を奪って投げつける。 音が響いた方向へ幽霊が首を向けたのを確認して、男を連れて走り出した。




