自分がもし声優や俳優だったら、この小説のキャラクターを演じてみたいか?と考えた上で、キャラクターに喋らせたい。
徹夜明けの勢いで書きたくなってしまいました。
申し訳ありません……。
どうも今晩は!シサマです。
私はもう年齢的にはおじさんなんですが、いわゆる就職氷河期世代の人間で、Fラン大学の卒業間近になって就職の厳しさを思い知るや否や、すぐさま楽な方に逃げてしまった過去があります。
具体的に言うと、好きだった音楽活動を言い訳にしてフリーター兼ミュージシャンを30過ぎまでやっていたんですよね。
やがて楽な方に逃げる人生にも限界が来てしまい、田舎に帰ってやむなく介護の資格を取り、現在はしがない介護福祉士兼底辺なろう作家として生活している訳なのです。
ところが、施設で利用者さん達にギターで演歌弾き語りなんかを披露して好評を得ていると、楽な方に逃げていた頃の経験が自分を助けてくれている事に気付き、自分の人生は恵まれている方だなと実感するのでした。
世間の目を気にせずに、やりたい事を後悔なくやり通せたって、幸せだなと痛感しましたね。
社会でうだつの上がらない時期が長くても、自分が世間一般の努力から目を逸らしていたんだから当然だ……と考える事が出来たので、逆恨みや不完全燃焼で自問自答の時間が無駄に過ぎていく事が無かったんですから。
しかしながら、そんな嘘臭い偽善者風の私でも驚く事がありました。
インターネットの世界です。
そもそも貧乏フリーターという立場に加えて、楽器代やスタジオ代で出費がかさむ生活が長かった為、30過ぎまでパソコンを学んだ事が無いどころか、携帯電話のインターネットすら利用した事が無かったんですからね。
インターネットの世界は、それはまあマナーの悪い罵倒やマウント合戦に溢れていて、こんな世界に俺はいちゃダメだ!なんて思っていましたよ。今やすっかり馴染みましたけど(笑)。
てな訳で、ようやく本題ですね。
インターネットの世界では、正論でさえあればどんなに相手を罵倒しようが、どんなに尊大な態度であろうが、面白いから許されるという風潮がありました。今もありますよね?
インターネットに馴染んでしまうと、「確かにこういう態度は良くないけど、いちいち青臭い正義感を振り回したりするのダセェ……」って思っちゃう自分も顔を覗かせます。
でも、それを割り切る事が情報化社会の賢い世渡り法なのかと訊かれたら、答えに詰まりますよ。
インターネットの世界に人々が馴染んでしまった後のラノベやマンガ、アニメやゲームの主人公には、正論を突く事が出来れば礼儀知らずでも良い、他のキャラクターが歩んだ苦難を理解せず、最悪笑い飛ばして、完膚なきまでに叩き潰しても支持者や恋人が現れるという、ひと昔前なら絶対途中で死ぬ悪役タイプのキャラクターが増えました。
別に、この風潮が悪い訳ではありません。
ラノベやマンガも社会を映す鏡ですし、昔ながらの熱血主人公や善人タイプ、割り切ったモロ悪役の主人公も沢山いますしね。
ただ、ラノベやアニメでは魅力的なインターネット的主人公も、マンガ原作のドラマや映画だとめちゃくちゃシラけませんか?
まっとうな社会人経験があれば、どう考えても違和感ありまくりで認めたくないキャラクターに見えてしまいます。
最近の仮面ライダーのキャラクターなんかもそう見えちゃいます。
こういうキャラクターは、敢えてまっとうな社会人経験の無いジャニーズ系のアイドルや、イケメンだけど演技力がまだまだという若手俳優に割り当てられる事が多いのですが、プロデューサー側が事務所の圧力や、原作のイメージを壊さないルックスによって役を割り当てていると言うよりは、原作や台本を読んで、敢えてこの役を演じてみたいという実力派の俳優が少ないからではないかと考えてしまうんですよね。
なろう作者様、読者様にとっては、もしかしたら俳優よりも声優の方が身近な存在かも知れませんが、自らキャラクターを考える時、或いは自らが読んだ作品のキャラクターに感情移入を図る時、自分が声優や俳優だったとして、このキャラクターを演じてみたいかを考えてみて欲しいです。
台詞回しの見直しや、より魅力的なキャラクターにする為の一捻り、或いは二次創作に意外な効果を発揮出来るのではないかと思います。