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神官の心・戦士の覚悟

「信仰を持っていないって、聖監察兵団、いえ、聖務院に籍を置くものとして、どういうことですか?」


 エミリアの問いにグレイは肩を竦めた。


「私は王国軍国境警備隊から組織を超えて転属してきた身です。私は信仰をもたず、神を信じていません。その私が聖監察兵団に転属するのは問題ではないかとの懸念もありましたが、信仰的なものではなく、軍務に専念すればよいとの条件で転属してきたのです」


 グレイの答えにエミリアは信じられないという表情だ。


「神を信じないって・・・。私はグレイさんの方が信じられません。この世界には様々な神が存在し、私達はその加護の下で生きているのですよ?その事実を否定するのですか?」


 諭すように語るエミリアにグレイは首を振った。


「私は神の存在や信仰というものを否定しているのではありません。私もシーグル、イフエール、トルシアの3神やその他の神々が存在していることも知っています。その上で私自身は神の加護や救いを必要としていないということです」


 グレイの言葉を聞いたエミリアの視線がグレイを軽蔑するようなものに変わった。

 聖監察兵団に転属してから幾度となく向けられてきた視線だ。


「間違えてます。グレイさんの考えは間違えてます・・・」


 グレイはそれ以上のことは語らずにエミリアに軍隊式の敬礼をしてその場を離れた。


 他の分隊員はまだ祈りを捧げている。

 とりあえず洞窟内に入って討ち漏らしがないかどうかを確認して回る。

 奥で仲間からも放っておかれた矢傷を受けたゴブリンも息絶えている。

 この群れは全滅したと思うが、とりあえずあと一晩だけ様子を見て巣の外に出ていて難を逃れたゴブリンがいないかどうか、見極める必要があるだろう。

 ふと足下をみると、折れた杖と真新しいが安物のショートソードが落ちている。

 あの2人のものだろう。

 杖は折れているが、はめ込まれた魔石はまだ使える筈だ。

 グレイはショートソードと折れた杖を回収して洞窟を出た。


 洞窟を出たグレイは草むらに隠れていた2人の冒険者に歩みよった。

 2人共に若く、首には白色の認識票、新米冒険者のようだ。

 草むらで身を寄せ合って震えている。

 剣士の方は革鎧が壊された程度だが、魔術師の方はローブが引き裂かれて白い肌が露わになっているため、グレイは自分が着ていた青色のコートを魔術師に差し出した。

 あわせて回収してきた装備品も手渡す。


「冒険者のようですが、一体何があったのですか?」


 グレイの問いに渡されたコートを羽織った魔術師が口を開いた。


「私とライラは水の都市の冒険者です。他の冒険者と共に隊商護衛の依頼を受けてこの近くを通ったのですが、ゴブリン達の襲撃を受けて混乱の最中に隊商からはぐれてしまったんです。そしてゴブリンに捕まって、危ないところを貴方に助けていただきました。ありがとうございます」


 魔術師の少女はシルビアと名乗った。

 頭を下げるシルビアを見て剣士の少女も慌てて頭を下げる。


「私はライラです。助けてくれてありがとうございました」


 隊商護衛に白等級の冒険者を雇うとは、随分と必要経費をケチったものであり、その犠牲になった2人は災難である。

 いや、自分の実力を見定めずに依頼を受けた2人の自己責任でもあるが、グレイはそんなことを言う立場ではないので余計なことは言わない。


「我々はここでもう一晩だけ洞窟の様子を見ます。取りこぼしがあってはいけませんから。明日の朝には近くの村に戻りますが、貴女達はどうしますか?」


 グレイの質問にシルビアとライラは顔を見合わせ、小声で相談した後にシルビアがグレイに向き合う。


「足手まといだとは思いますが、一緒に行動させてください」


 グレイは2人の申し出を受け入れて祈りを終えて待機していた隊員とエミリアに事情と今後の予定を説明した。

 グレイの指示を受けて隊員達は直ぐに野営の準備を始めた。

 本来ならば野営をする機会も殆ど無く、訓練でしか野営をしない聖監察兵団だが、グレイの分隊は様々な作戦を割り振られて国内を駆け回っているので野営についても手慣れたものである。

 隊員にこういった経験を蓄積させ、他の部隊に送り出すのもこの分隊の分隊長であるグレイの役割であった。


 野営といっても討ち漏らしがいるかどうかの確認のためなので、見張り以外に特にすることもない。

 しかし、グレイは隊員に緊張を緩めることは許さない。

 緊張感を維持させるため、見張りに付く者は短時間で交替させ、しっかりと休息を取らせる。


 夜も更けて周囲が闇に包まれた。

 今の見張りはグレイだが、ここまで様子を見ても巣に戻るゴブリンの姿は無いのでもう大丈夫だろう。

 グレイが見張りをしているとフリッツがグレイの横に立つ。


「休まないのか?休める時に休むのは基本中の基本だぞ」

「すみません、分かってはいるのですが、眠れなくて。話しをしている方が気が紛れます」

「そうかい」

「分隊長、正直に申し上げて神を信じないという分隊長を私は軽蔑していました」

「そんなことは分かっているさ。ただ、フリッツや分隊の皆はその気持ちと任務をしっかりと区別できているからな。大したものだ」


 フリッツは少しだけ驚いたような表情をした。


「でも、今日の戦いで私は何もできませんでした。戦いの雰囲気に呑まれて震えていました。その中で神を信じない分隊長の戦いを見て、自分に自信を失いました。いえ、私がシーグルの神を信じる気持ちにはなんの迷いはありません。ただ、神官戦士としてこの先戦っていけるかどうか・・・」

「何もできなかったか・・。そんなことはないだろう。今日、お前は仲間達と戦って、大切なことを成し遂げた。ホブゴブリンに止めを刺したことではない。お前は今日、戦って生き延びたんだ。新兵が最初の戦いで命を落とすなんて珍しいことではない。そんな中でお前は生き延びたんだ。これは戦士として重要なことだ」

「生き延びた・・・」

「軍務に就く者は、戦って生き延びることの繰り返しだ。これだけはどんな軍組織でも同じこと。生き延びられなければそこでお終いだ」


 フリッツは自分の足下を見た。

 今はもう震えていないが、戦いの恐怖心は鮮明に残っていて、信仰するシーグルの女神に救いを求めてしまう。

 そんな自分がひどく弱い人間に思えてきた。


「救いを求める神もなく、分隊長は何を心の支えにしているのですか?」


 フリッツの真っ直ぐな質問にグレイは迷いなく答えた。


「私は自分の決断、行動、その結果は全て自分の責任だと思っている。それこそ、神になんか私の生き方に口出しさせない!と思っているんだ。お前達が神に仕え、信仰を守り、自分達が倒した魔物にまで救いの手を差し伸べようとするように。これは私の信念だよ」

「信念ですか」

「全ての結果を受け入れるためにもな。信念に基づいて行動し、結果が上手くいけば自分の選択が正しかった。もしも駄目だったら自分のせいだと受け入れるためだよ。これはお前達も一緒だ。神の教えに基づいて行動し、全ての結果を神の加護だと受け入れる。本質的には同じことだ」


 グレイの言葉を聞いたフリッツの表情から迷いが消えた。


「自分にはまだ分隊長の誇り高い信念の足下にも及びませんが、これからも神官戦士として誇りを持って自分の信じる道を進みたいと思います」

「誇り、か。誇りなんてものは軽々しく口に出さないことだよ。口に出す度に薄っぺらくなるもんだ。そういった気持ちは自分にだけ課して、腹の中に仕舞っておけ」

「分かりました分隊長!神を信じない分隊長を尊敬することはできませんが、分隊長の下で色々と学ばせていただきます」

「好きにすればいいさ」


 そんな2人の会話を寝たふりをしながら聞いていたエミリアはやるせない気持ちをどうしても消すことができなかった。

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