ゴブリン掃討作戦2
洞窟の入口は狭く、人が2人並んで通るのがやっとの程度だが、その狭さが待ち伏せをする側のグレイ達にとって圧倒的有利に働く。
グレイを中心にハルバートを水平に構え、アストリアが後方に控える。
その間にエミリアが2人の冒険者を草むらに隠れさせていた。
「敵が出てきたら一斉に突き返せ!斬撃では駄目だ!」
そうこうしている間に洞窟の奥からゴブリンが吠える声が近づいてくる。
隊員達に緊張が走る。
「落ち着け!・・・今だっ、突けっ!」
グレイの合図に一斉にハルバートを突き出した。
ギュァッ!
グッギァッ!
飛び出してきたゴブリン2体が突き飛ばされ、洞窟に押し戻される。
前方が押し戻され、足を止めたゴブリンがアストリアの矢の犠牲になる。
会敵で3体のゴブリンが討ち取られるが、逆上した群れの勢いは止まらない。
仲間の死体を踏み越えて後続のゴブリンが飛び出す。
「突けっ!」
更に2体の死体が積み重ねられるが、次に飛び出してきたのはホブゴブリンだ。
アレックスの突き出したハルバートを斧で打ち返し、横にいた隊員を蹴り倒す。
蹴り飛ばされて倒れた隊員にエミリアが駆け寄り治療の祈りを捧げる。
「下がれ!距離を取るんだ!」
隊員を下がらせたグレイは1人でホブゴブリンの前に立つ。
オーク程の巨体を持つホブゴブリンは斧を構えながらグレイを見下ろしている。
その背後では残り2体のゴブリンが洞窟から這い出してきている。
「ホブゴブリンは引き受けた。残りのゴブリンを任せる!」
アレックス達は左右二手に分かれて2体のゴブリンに向かう。
全滅寸前まで追い込まれたゴブリンは最早戦意を喪失しており、アレックス達だけでも問題なく対処できる筈だ。
問題はグレイが対峙しているホブゴブリンである。
「グレイさん、危険です」
エミリアが叫ぶがグレイは目の前のホブゴブリンから目を離さずに一歩も退こうとしない。
それならば、せめてもの援護をとエミリアが守りの祈りをグレイに捧げ、グレイの身体がぼんやりとした光に包まれた。
次の瞬間、グレイが間合いを詰めてハルバートを突き出した。
ホブゴブリンはグレイの矛先を斧で弾くが、グレイはその反動を利用してハルバートを回転させて石突でホブゴブリンの顎を叩き上げる。
屈強なホブゴブリンには大したダメージにならないが、グレイは攻撃の手を休めずにホブゴブリンの足を刈り取ろうとハルバートを走らせた。
グルァァッ!
グレイの攻撃は直撃こそしなかったがホブゴブリンの下肢に傷を負わせることに成功した。
「まだだっ!」
当然ながらその程度では気を抜かない。
むしろ、逆上したホブゴブリンが我を忘れてグレイに猛攻撃を浴びせかける。
一撃、二撃、三撃!
次々と繰り出される攻撃を受け流しながら隙を狙っては逆撃を加える。
アレックス達は2体のゴブリンを仕留めたものの、グレイとホブゴブリンの凄まじい激闘に援護に入ることができない。
「グレイさんが危ないんですよっ!助けないんですか?」
エミリアが叫ぶがアレックス達は動かない。
新米隊員はともかく、アレックス達はこの状況下で戦闘に加わるとかえってグレイの邪魔になってしまうことを知っているのだ。
その間に戦いはグレイの優勢に傾き、ホブゴブリンはグレイに圧倒されて後退し始めた。
それでもグレイは手を緩めなければ油断もしない。
一瞬の気の緩みが致命的な失敗を招くことを知っているのだ。
グレイの気迫にホブゴブリンがたじろぎ、恐怖心により一瞬だけ身体が竦み上がる。
グレイはその瞬間を見逃さなかった。
ホブゴブリンの腹目掛けてハルバートを突き出し、矛先を深々と突き刺して押し倒した。
「フリッツ!今だっ、止めを刺せ!」
グレイの声に戦いの雰囲気に呑まれて立ち尽くしていた新米隊員のフリッツが反射的に動いた。
「ヒャッ、ヒェアァッ!」
声にならない情けない声を上げて倒れたホブゴブリンの首目掛けてハルバートを振り下ろす。
グシャッ!
ギュァッ、ァァ
フリッツの未熟な攻撃は頚骨に阻まれて首を落とすには至らなかったが、ホブゴブリンに止めを刺すには十分な一撃だった。
群れのボスであるホブゴブリンを仕留め、周囲は静寂に包まれた、いや、雰囲気に呑まれて過呼吸気味のフリッツの荒い息づかいだけが聞こえる。
「戦闘終了。お互いに負傷の有無を確認して報告」
グレイの宣言に隊員は互いを確認し、代表してアレックスが報告する。
「ヘルクが軽傷を負いましたがエミリアさんの祈りで治癒しています。全員異常なし!」
結局、ホブゴブリンに蹴り飛ばされて軽傷を負った隊員以外に負傷した者はいなかった。
グレイは黙って頷く。
「それでは、村に戻る前に半刻だけ休息を取る。解散」
グレイが指示をすると例によって隊員達は亡骸となったゴブリン達のために祈りを捧げ始めた。
エミリアもそれが当然であるかのように膝をついて祈りを捧げていたが、ふと気が付いてみると、グレイだけは祈りを捧げずに周囲の警戒を行っている。
「グレイさんは祈りを捧げないんですか?」
素朴な疑問を投げかけたエミリアはグレイの返答を聞いて息をのんだ。
「私は信仰を持っていませんので不要なんです」
「えっ?」
目の前に立つグレイは聖務院聖監察兵団の分隊指揮官の筈だ。
そのグレイは何の躊躇いもなく信仰を持っていないと話したのだが、あまりにも意外なことで、そのことを理解できなかったエミリアは呆気に取られた。