ゴブリン掃討作戦1
ゴブリンの巣は鬱蒼とした森の中にある洞窟だった。
「妙だ、入口に見張りがいない」
グレイの表情が険しくなり、エミリアが首を傾げる。
「どういうことですか?」
「臆病なゴブリンは必ず巣に見張りを置きます。その見張りがいないということは・・・。エミリアさん、村で行方不明になった人がいないことは聞いていますが、周辺の人里ではどうですか?」
グレイの質問にエミリアは首を振る。
「周辺といっても一番近い街まで歩いて1日掛かりますし、この場所とは逆方向です」
エミリアの答えに更に表情を固くするグレイ。
隊員に目配せして洞窟に近づいて耳をすませる。
・・・・・・ィャァ・・
グレイは微かな声を聞き逃さなかった。
「まずい!誰か捕らわれている」
直ぐに行動を開始する必要がある。
「俺とアストリアで中に入る。被害者を救出したら逃げ戻ってくるから他の者はアレックスの指示でここで迎撃態勢を取れ」
「分隊長、2人だけでは危険ではありませんか?」
アレックスが止めるがグレイは首を振る。
「空間の限られている洞窟内でハルバートを使用しての集団戦闘なんて自殺行為だ。当然、エミリアさんもここで待機していてください。被害者の状況によってはエミリアさんに治療をお願いすることもあります」
エミリアは真剣な表情で頷いた。
グレイは弓を持つアストリアを連れて洞窟内に入った。
幸い、夜明け前であり、暗闇に目が慣れているので洞窟内でも光源無しでもどうにか先に進むことができる。
ことは急を要するといっても罠や待ち伏せに対する警戒を怠るわけにはいかない。
先行するグレイと後に続くアストリアは互いに距離を保ちながら進む。
・・・やめてぇっ!誰かっ・・
洞窟の奥から若い女性の悲鳴が断続的に響いてくる。
この奥で何が行われているかは容易に想像できるが、悲鳴につられて焦ってはいけない。
グレイとアストリアは逸る気持ちを抑えて慎重に先を急いだ。
やがて進路の先に灯りが漏れる空間が見えてくる。
「誰かっ、誰か助けて!」
悲鳴の元も目の前、ゴブリンの巣の最深部に到達したようだ。
グレイはアストリアに目配せして先に進む。
アレックスに次いで分隊での経験を持つアストリアはグレイの意図を汲み取って弓に矢を番えた。
グレイは岩陰から様子を窺う。
洞窟の最深部は広間のようになっていて、そこでは狂乱の宴が繰り広げられようとしていた。
巣にいるのはホブゴブリンを中心にゴブリンが12体、グレイ達が追跡してきたゴブリンは捨て置かれて隅に倒れている。
そして、ゴブリン達に囲まれ、襲われている女性が2人、若い剣士と魔術師だろうか、その出で立ちは冒険者のようだ。
今まさにゴブリンに押さえ込まれて防具やローブを剥ぎ取られようとしており、必死に抵抗している。
「よしっ、間に合った!」
グレイはアストリアに合図をする。
アストリアは魔術師のローブを切り裂いたゴブリンに狙いをつけてグレイに向かって頷いた。
それを見たグレイは広間の中に駆け込み、同時にアストリアは矢を放つ。
放たれた矢は狙いをつけたゴブリンの頭部に突き刺さり、即死したゴブリンが押さえ込んでいた魔術師の身体の上に倒れ込んだ。
「ひっ!」
魔術師は悲鳴にならない声をあげる。
その間に広間に踊り込んだグレイは力任せにハルバートを振るい、剣士にのしかかっているゴブリンを斬り倒し、身を翻して石突で別のゴブリンを突き飛ばした。
突然のことに動きを止めるゴブリンと呆気に取られる冒険者の2人。
「助けに来た!死にたくなければ出口に向かって走れっ!」
ゴブリンと冒険者、先に状況を把握したのは冒険者の2人だった。
「「はいっ!」」
2人は混乱しているゴブリンを押しのけて衣服が乱れているのも構わず走り出した。
ここにきて我に返ったゴブリン達が怒り狂って2人を追おうとするが、その前にグレイの矛先に貫かれ、アストリアの矢に射抜かれて更に2体を仕留める。
これで仕留めたゴブリンは4体、残りは上位種であるホブゴブリンとゴブリンが8体。
冒険者の2人が出口に向かったことを確認したグレイはアストリアに声を掛けた。
「撤退だ!2人を守りつつ洞窟を出るぞ!」
広間から離脱しようとするグレイを援護するために矢を放つアストリア。
更に1体のゴブリンを仕留めたところで踵を返して走り出し、グレイが殿を守りながら出口に向かって走った。
ゴブリン達も怒り狂ってグレイ達を追う。
「追ってきたぞ!振り返るな!出口に向かって走れっ!」
グレイは先を走る2人の冒険者に、そして洞窟の外にいるアレックス達に聞こえるように殊更に声を上げた。
洞窟の出口が見えてくる。
2人の冒険者が洞窟から飛び出し、続いてアストリアが、最後にグレイが洞窟を脱出した。
「2人共、こちらにっ!」
何も言わずともエミリアが冒険者2人を誘導して洞窟から引き離す。
グレイは直ぐに振り返ってハルバートを構えた。
「ホブゴブリンが1、ゴブリンが7!ここでけりを付ける」
グレイの命令に分隊員は洞窟の出口を包囲するように陣形を取りながら身構えた。