ゴブリンの群れを迎え撃て2
ゴブリンの出端を挫くことには成功した。
しかし、残ったゴブリン達もグレイ達と距離を取り、様子を窺いながら機会を狙っている。
残るゴブリンは11体、甘く見れる数ではない。
「こちらは少数だ。奴らもそれに気づいている。間もなく一斉に攻めてくるぞ。皆はアレックスを中心に3人1組で迎え撃て。絶対に突出するな、初戦は迎撃に徹して奴らの数を減らすんだ」
グレイの指示の下、3人は互いのハルバートの攻撃半径を保持しつつ、アレックスを中心にスリーマンセルを組んでゴブリンの突撃に備える。
グレイはアレックス達の様子を把握することが出来、即座に指示や援護が可能な程度に少しだけ離れた場所に位置する。
屋根の上にいる隊員は、この状況で更に弓による攻撃を加えるとゴブリン達が敗走してしまう可能性があるので、戦闘が始まり乱戦になるまでは息を潜めている。
数分間の睨み合いの後にしびれを切らして動いたのはゴブリンの方だった。
しかも、連携が取れておらず、攻めかかってきたのは6体だけ、残りの5体は動かない。
動いた6体も二手に分かれ、3体はアレックス達3人に、他の3体はグレイに向かってくるが、それこそグレイの思うつぼだった。
グレイは向かってくる1体をハルバートで薙ぎ払った。
ドシュッ!
鈍く湿った音と共にゴブリンは胴体を分断され、臓物を撒き散らしながら倒れた。
思い切り振り抜いたハルバートの回転の勢いを殺すことなく石突きで別のゴブリンの顎を砕く。
鮮血を吐き出しながら仰け反るゴブリン、その間に最後の1体が錆びた剣を振りかざしてグレイに肉迫する。
ハルバートを翻す暇はない、グレイは左手の手甲でゴブリンを殴り倒すとハルバートを突き下ろしてとどめを刺す。
更に顎を砕かれたゴブリンが飛びかかってくるが、グレイはハルバートを手放して短剣を抜きゴブリンの喉を貫いた。
一瞬の激闘で3体のゴブリンを葬ったグレイ。
アレックス達を見てみればアレックスともう1人でそれぞれ1体ずつを仕留めたようだが、残る1体を相手にしている新人隊員は押され気味だ。
ゴブリンを相手に引けを取るような実力の持ち主ではないのだが、初めての実戦に竦み上がってしまい思うように体が動いていないのだ。
「クソッ!・・うわっ!」
足を滑らせて尻もちをつく隊員、追い打ちを掛けるようにゴブリンが飛びかかり、剣を振り下ろそうとするのをハルバートで辛うじて受け止める。
「クッ・・・こんな筈じゃ」
馬乗りになられて目の前に迫る錆びた切っ先を必死で防ぐが、体勢を立て直すこともままならない。
目の前の人間は弱い、ゴブリンが勝利を確信した瞬間だった。
ヒュッ!
鋭い風切り音、それに続く額への強い衝撃。
頭部に矢を撃ち込まれたゴブリンは痛みすら感じることなく即死した。
すんでのところで屋根の上からの援護に救われた隊員の襟首をアレックスが掴んで立ち上がらせる。
「まだ戦いは終わっていないぞ!腰を抜かすのは戦いが終わってからだ」
「はっ、はいっ!」
アレックスに叱咤されてハルバートを杖に立ち上がる。
確かに彼等分隊の前には未だに5体のゴブリンが・・
ヒュッ・・ガッ!
4体のゴブリンが残っている。
グレイは決断した。
「各員、突撃するぞ!私に続け!」
グレイがハルバートを構えて先頭に立ち、アレックス達が続く。
新米隊員も足をもつれさせながらどうにかついて来る。
反撃に出た人間の迫力に圧倒されたゴブリンは恐怖におののいて背中を向けて敗走を始めるが、既に遅かった。
グレイに追いつかれたゴブリンはハルバートの矛先で貫かれ、別の1体はアレックスに足を刈り取られて倒れたところに新米隊員が斧頭を叩き込む。
もう1体も別の隊員が仕留めた。
その間に残る1体は教会の屋根から放たれた矢が肩口に突き刺さるが、逃走して森の中に姿を消したが、グレイは黙って逃げるゴブリンを見送った。
戦いが終わり、周囲は再び夜の静寂に包まれた。
グレイは周囲を見渡して隠れている敵が残っていないか確認する。
「分隊長、周囲に魔物の気配はありません」
屋根の上の隊員からの報告を受けて一息つく。
「とりあえず撃退したか。各員は負傷の有無を互いに確認して報告」
グレイの指示に隊員達はお互いに負傷の有無を確認し合う。
戦闘の緊張で自分の負傷に気づいていなかったり、部隊に迷惑をかけないようにと負傷を隠すようなことの無いようにするためだ。
幸いにして負傷した隊員はいない。
報告を受けたグレイは頷いた。
「それでは、直ちに逃げたゴブリンを追跡して奴らの巣を突き止める。出発まで半刻の時間を取る」
グレイが命令を下すと4人の隊員はゴブリンの骸に対してそれぞれの教派に従って祈りを捧げ始めた。
人に害をなす敵である魔物を任務として殺めたが、神官戦士である彼等は失われた魂の安らぎを祈るのである。
この行為が任務とはいえ命を奪ってしまった自分への贖罪であるのかもしれない、それこそが自分達の心の弱さであり、神に救いを求めているのは祈りを捧げている自分自身かもしれないことは彼等が一番分かっているのだ。
神を信じていないグレイに祈りの時間は必要ないが、だからといって彼等の信仰心を否定するつもりもない。
だからこそ、グレイは戦闘の後には部下達の祈りのための時間を作っているのである。
部下達が祈りを捧げている間にグレイは教会の中にいるシスターに状況を説明することにした。
教会内に入ると村の女達が身を寄せ合って怯えていた。
外で行われた戦いの音やゴブリンの断末魔の声が教会内まで届いていたのだろう。
そんな怯える女達の心を安らげようとハーフエルフのシスターが声をかけ、祈りを捧げていた。
「襲撃は撃退し、当面の危機は去りました」
グレイの声に女達は安堵の声を上げる。
警戒に当たっていた若者達も緊張が解けたのか、へたり込んでいた。
報告を受けたシスターはグレイの前に歩み寄り、左手を胸に当てて膝を僅かに折って頭を下げる。
知識神イフエール教の作法だ。
「ありがとうございます。皆様にお怪我等はありませんでしたか?」
「分隊に損害はありません。直ちに次の作戦に移行します」
「次の、とは?」
「たった今撃退したのは群れの半数程度です。これだけの損害を与えれば少しの間は大人しくなりますが、奴らは失った数を増やすために再び女性を狙います。しかも、単独や小規模な群れのゴブリンは今回のような襲撃方法は取らずに1人でいる女性を狙います。だから今のうちに奴らの巣を突き止めて殲滅する必要があります」
グレイの説明を黙って聞いていたシスターは何かを決意した表情を浮かべ、思いがけない言葉を口にした。
「私も一緒に行きます」