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職業選択の自由

 魔王ゴッセルは英雄レオンと聖女セイラ等によって倒された。

 圧倒的な力に他の勇者達が全滅する中で遅れて馳せ参じたレオン達は激闘の末に魔王を討ち果たしたのだ。

 

 そんな激闘の最中、数多くの者が奇跡を目の当たりにした。

 戦場を駆ける武神トルシアの姿を見た、知識神イフエールに守られた、慈愛神シーグルに救われたなどの他にも神の姿を見ずとも不思議な力を感じた者も数多い。

 戦場全体が3神の加護に包まれたのだ。

 魔王の敗北と共に魔王軍は統率を失って瓦解し、ほどなくして壊走するか殲滅され、戦いは収束した。

 

 そんな戦いの最終局面の中で自分達の任務を果たした142小隊も城内から離脱していた。

 最後の突撃で敵を突破できずに反転した第2、第3分隊は途中で倒れたシルファを回収し、敵の追撃を阻止した第1分隊と合流して脱出。

 城に戻ろうともがくエミリアを連れたアレックスとクロウも無事に城の外に逃れた。

 ここまでくるとエミリアも城内に戻ろうとはせず、膝をついてグレイの無事を一心に祈っている。


 やがて周囲が大歓声に包まれた。

 魔王を討伐した英雄達が城内から姿を現したのだ。

 数十の勇者や英雄が魔王の前に倒れた中で、遅れて城内に飛び込んでたった8人で戦いを挑んだ者達。

 英雄レオンとその仲間のカイル、ルシア、マッキ。

 聖女セイラと護衛士のアイリア。

 そんな英雄達を最後まで援護したイザベラとアラン。

 8人は誰も欠けることなく生還を果たした。


 しかし、彼等と共に城内に突入したグレイ達16人のことは誰も知らない。

 142小隊は第1分隊に3名、第2分隊と第3分隊にそれぞれ2名の瀕死の重傷者を出していた。

 更に第3分隊長のシルファの意識も戻らない。

 ただ、この8人は戦場を覆った奇跡の中でそれぞれが信仰する神の救いを受けた。

 少なくとも命だけは助かるだろう。

 そして、小隊長以外の全員が城内から脱出することができ、何よりもこれほどの任務を全うしながら今のところ戦死者を出していないことこそが奇跡である。

 それはあくまでも今のところであり、小隊長のグレイは未だに戻らない。


「小隊長、早く戻ってきてください。イフエールの女神様、小隊長を守って、無事に帰してください」


 一心に祈るエミリア。

 まさか当の小隊長がその女神に面と向かって文句を言って救いの手を断っているとは夢にも思っていない。

 そんなことを知ったらさすがのエミリアも卒倒するだろう。


「あなた達も無事でしたのね?」


 傷だらけ、埃まみれのイザベラやセイラ達が小隊に歩み寄ってきた。


「グレイ小隊長さんは?まさか、戻っていないのですか?」


 セイラがグレイの姿が見当たらないことに気付く。


「だって、俺たちが城を出る時には戦いは終わっていた筈だ。どこにもグレイさんの姿は無かったぞ」


 レオンも信じられないといった表情だ。


「教えなさい。あのおバカ者はどこに残ったのですか?」


 イザベラに問われたクロウがグレイは階段上の通路に残ったことを説明する。


「階段上の通路・・・あの瓦礫に覆われていた・・・まさか!あの瓦礫の下に」


 イザベラの声を聞いたエミリアが城に向かって駆け出した。

 アレックス、ウォルフ、クロウも後を追い、イザベラも続いて城内に駆け込む。


「隊長っ!エミリアです!どこにいますかっ?」


 グレイが踏みとどまった通路は瓦礫に覆われていた。

 エミリア達は必死で瓦礫を掘り返してグレイを探すが、出てくるのは竜人の死骸ばかり。


 そんな中で周囲を見回していたイザベラが違和感に気付く。

 一カ所だけ、瓦礫が盛り上がっている場所がある。

 駆け寄ってみれば、グレイが愛用していた槍が床に突き刺さり、瓦礫を受け止めていて、その下に手が見える。

 誰かが埋まっている。


「いましたわ!」


 イザベラは叫んで瓦礫を退かし始め、エミリア、アレックス達も駆け寄ってグレイの救出に取りかかる。


「隊長!しっかりしてください!一緒に帰りましょう」


 エミリアは必死の思いで瓦礫の下の手を握りしめながらグレイを呼び続ける。

 その手に温もりは残っているが、全く反応がない。


 やがて、瓦礫の下からグレイが掘り出された。

 槍が瓦礫の大半を受け止めていたため、押し潰されることは無かったが、意識が無ければ呼吸すらも止まっている。

 全身に負った傷が深すぎるのだ。

 エミリアは迷わなかった。


「イフエールよ、この者に救いの手を!癒やしの光を!」


 グレイに向かって癒やしの祈りを行使する。

 いつかの宣言どおり、いざとなればグレイの信念や気持ちなど二の次だ。

 しかも、これはエミリアの信念であり、グレイにも文句は言わせない。


 本来のエミリアの能力以上の癒やしの光がグレイを包み、その傷を癒やしてゆく。

 しかし、停止した心臓や呼吸は戻らない。

 エミリアは口移しでグレイの肺に空気を送り込み始め、アレックスがグレイの心臓を圧迫して蘇生を試みるがグレイの呼吸は戻らない。

 

「替わりなさい!」


 エミリアを押しのけてイザベラが人工呼吸を行い、ウォルフが心臓の圧迫を交替する。


「諦めてはだめですのよ!戻りなさいグレイ!貴方はその程度の男ですの?」


 イザベラがグレイを叱責する中で再びエミリアに人工呼吸を交替する


 数分か、数時間か、誰一人として諦めずに続けられたグレイの蘇生。

 やがてグレイが咳き込んで呼吸が戻った。


「よし!戻った!」


 交替して心臓を圧迫していたクロウが声を上げた。

 意識こそ戻らないが呼吸は戻った。

 

「隊長、良かった・・・」


 エミリアがグレイの手を握りしめて涙を流した。

 

 誰も知ることの無い事実がある。

 グレイが最後にダークエルフに向けて槍を投げつけていたこと。

 グレイが手放した筈の槍が瓦礫からグレイを守ったこと。

 グレイだけが残ったこの場で何が起きたのかは誰も分からない。

 それでもグレイは命を取り留め、アレックス達に運ばれて城内から生還した。

 

 勝利の歓喜の声に包まれる中、英雄レオン達を陰で支えた142小隊はその功績を誰にも知られることの無いままひっそりと戦場を後にした。


 魔王軍との戦争が集結して2週間が過ぎた。

 戦争の傷跡は未だに癒えることはないが、人々は復興に向けて歩み始めている。


 グレイは王都に戻り、聖務院が運営する治療院に入院して療養の日々を送っていた。

 エミリアの祈りで大方の傷は癒されたが、それでも全快まではまだ暫くの時間が必要だ。

 聞けばシルファ達重傷者も回復に向かっているらしい。

 それを聞いたグレイは安堵した。

 誰にも告げていない、グレイの心に秘めた密かな誇りに部下を失ったことがないということがある。

 国境警備隊の分隊長の頃から部下を1人として戦死させたことがないのだ。

 これは大変な功績なのだが、グレイはそれをひけらかすことはなく、自分だけの誇りにしていた。


「隊長、何を考えているのですか?」


 ぼんやりと窓の外を眺めていたグレイはエミリアの声に我に返る。


「なんでもない」


 自分の誇りは自分の胸に秘めたものなので誤魔化すグレイ。 

 ベッドの傍らに座るエミリアもそれ以上は聞いてこない。

 グレイが入院して以来、エミリアは毎日のように病室を訪れてグレイが休んでいる時以外はグレイのそばを離れようとしない。

 今もグレイの横で果物を剥いている。

 グレイの隣でグレイの世話を焼き、そして、何もすることのない時間を楽しんでいるようだ。

 グレイも介護が必要な状況ではないし、副官の任務ではないのだが、そのことをエミリアに話したら理不尽に叱られたのでエミリアの好きにさせている。


 そして、もう1人。


「お見舞いですのよ」


 イザベラも毎日ではないが、足繁く治療院に通ってきては食べきれない程の見舞いの品を置いてゆく。 

 エミリアが剥いている果物もイザベラが持ってきたものだ。


「今日はサンドイッチですのよ。しっかりと食べて早く退院しなさい」


 話しながらエミリアにバスケットを押し付けた。


「イザベラさん、ありがたいのですが、流石に食べきれませんよ」


 エミリアからバスケットを受け取ったグレイが笑う。


「何をおっしゃいますの。これくらい大した量ではありませんのよ。それに、本当にグレイには早く回復してもらう必要がありますのよ」


 イザベラの言葉にグレイが首を傾げる。

 そんな様子のグレイをいつもと変わらない仁王立ちで見下ろしたイザベラは何かを企むような笑みを浮かべる。


(嫌な予感だ)

「そんな大それたことではありませんの。グレイの今後の身の振り方についてです。グレイ、貴方は聖監察兵団での貴方の役割は果たしたと判断されました」


 エミリアの表情が僅かに曇る。


「そこで、貴方の今後について選択肢が与えられますの。1つ目、古巣である国境警備隊に戻ること。国境警備隊は大歓迎で、中隊長の職を任せるとのことで、将来的には大隊長、連隊長の道も開けています。2つ目、このまま聖監察兵団に留まること。同じく中隊長に昇任です。でも、貴方がこれからも信仰を持たないのならば、ここでの出世はこれまで、大隊長以上の道はありません。但し、信仰を持つならば話は別です。その場合には出世はおろか、聖騎士の道もありますの。そして3つ目・・・」

 

 そこでイザベラはエミリアを見て口を噤む。


「・・3つ目を提案するのは止めておきます。ですので、貴方に与えられた選択肢は2つですの。まあ、他に退役して年金暮らしの道もありますが、これは選択肢にありませんね」


 そう言うと期待と脅しの入り混じった視線でグレイを見下ろす。

 どういうわけか、エミリアも同じ視線でグレイを見つめている。


(これじゃあ選択肢は無いに等しいじゃないか)

「「そんなことはありません」」


 グレイが言葉を発しない不思議な会話の後にグレイは2人を見た。

 グレイの選択肢は決まっている。 


「私はこれからも神を信じることはありません。それでも私はこれからも聖務院聖監察兵団員です」


 決意に満ちた表情ではっきりと答えた。

 エミリアの表情が輝き、イザベラは当然だとばかりに満足気に頷いた。


 神を信じない神官戦士グレイの苦難の道はこれからも続く。

 神を信じない神官戦士グレイの物語、これにて幕とさせていただきます。

 「職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~」の外伝として書き始めた本作ですが、思いのほか長くなり、独立した1つの物語となりました。

 例によって好きなことをつらつらと書き連ねた本作を根気良く読んでくださった皆様に心からの感謝の気持ちをお伝えします。

 本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。ありがとうございました。 まだまだグレイの活躍も見たかったですが
[良い点] 面白かったです。お疲れさまでした。 [気になる点] 女神さま3人にそこまで言うかーー。 信仰云々はさておき、直接ではなくても間接的には神の恩恵を得ていますよね。部下もお世話になっています…
[良い点] グレイの誇りの凄さに震えます! [一言] 完結おめでとうございます&ありがとうございます!
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