英雄達を守り抜け2
城の中央を貫く広い通路。
この通路の先には魔王がいて先行した勇者達との戦いを繰り広げている筈だ。
魔王はまだ討ち取られていないことは分かる。
その証拠に城内の魔王軍の兵達が未だに統率を失っていない。
グレイ達が正面の大階段に到達するとほぼ同時に封鎖した後方の扉が破られて竜人騎士の中隊が追撃してきた。
追いつかれて背後から攻撃されると危険だ。
階段を駆け上がりながら後方を確認、竜人達の足は速い。
殿を守るウォルフがグレイを見て頷いた。
この場で第1分隊が離脱するのは痛いが、判断を誤るわけにもいかない。
一刻の猶予もない、グレイは決断した。
「第1分隊を切り離す!ウォルフ分隊長にこの場を委ねる!」
命令を受けた第1分隊は階段を登りきった所で足を止め、敵を迎え撃つ陣形を取る。
「小隊長殿!この場はお任せあれ!」
ウォルフが笑いながら敬礼する。
「小隊長!お先に失礼しますぞ!後のことはお任せします!」
ウォルフの声を背に受け、グレイは振り返ることなく先に進んだ。
背後では兵達の喚声と剣戟の音が響き始めたが、直ぐに次の扉を抜けたグレイの耳にはそれ以上は届かなくなった。
城に突入してからグレイ達は一直線にしか進んでいないが、新たな扉の先は更に奥に伸びる広い通路だった。
「いったいどれほどの奥行きがあるんだ?まさか、地の底にでも伸びているんじゃないだろうな?」
レオンが呟くが、それはない筈だ。
グレイ達は階段を駆け上がっているし、わざわざそこから地下に向けて通路を伸ばす意味はない。
そして、今飛び込んだ通路の左右には幾つもの扉があるが、遥か奥に一際豪華で大きな扉がある。
その扉に向けて魔王軍の兵や冒険者達の死体が転がっていて、奥の扉の前では竜人の騎士達が扉を守っている。
勇者達に突破されてなお、生き残りが扉を守っているのか、それとも勇者達を魔王の下に誘い込み、扉を閉ざして逃げられないようにしているのかは分からないが、中隊規模以上の戦力であり、突破することは容易ではないだろう。
しかし、あの扉の先にこそ魔王がいる、ここで引き返すわけにはいかないのだ。
グレイは隊列を変えて第2分隊と第3分隊を前面に出し、鋒矢の陣形を取り、自らその先頭に立つ。
3人の弓兵には殿を任せる。
矢の鏃であるグレイと第2、第3分隊が敵に突入して血路を開いてレオン達を送り出す。
それでグレイ達の役割は本当に終わりだ。
「グレイ、頼みますわよ」
真剣な目のイザベラにグレイは無言で頷いた。
「最後の突撃だ!遅れるな、私に続け!」
槍を構えたグレイを先頭に皆は1本の矢となって駆け出した。
前方に展開していた竜人騎士達もこちらに向けて突進してくる。
全員が鎧の上に黒いマントを纏っている。
騎士でも魔王の衛兵か、魔導兵の姿もある。
すんなりと通してくれるつもりはないようだ。
突撃するグレイ達のせめてもの援護にとセイラとカイルが魔法防御の祈りと魔法を展開した。
双方の距離が接近する中、最後尾を走るシルファが柱の陰からセイラを狙うダークエルフの姿に気付いた。
右手の柱の陰に2人、これは囮だ、本命は左手の柱の上にいる1人だ。
それぞれが矢を引き絞って狙いを定めている。
そもそもが正面の衛兵達ですらこちらの目を引きつける囮なのか、気配を消しているダークエルフには誰も気付いていない。
シルファに一瞬遅れてエミリアも気付いたようだが、もう間に合わない。
シルファはセイラの左側に飛び出して2本の矢を番えて右手に潜む2人のダークエルフに向けて矢を放ち、寸分違わずに2人のダークエルフを一撃で仕留めた。
直ぐに身体を捻りながら次の矢を番えたが、間に合わない。
シルファが矢を放つ直前にダークエルフの矢がセイラに向けて放たれてしまった。
しかし、シルファは不敵な笑みを浮かべる。
「私の勝ち」
呟いてダークエルフに向けて矢を放ってその眉間を貫き、セイラに向けられて放たれた矢は間に割り込んだシルファの肩に深く突き刺さった。
シルファは吹き飛ばされる。
「「シルファ分隊長っ!」」
エミリアと第3分隊の弓兵が足を止めが、グレイは背後を一瞥したのみで止まらない。
「止まらないでっ!私に構わないで行きなさい!」
倒れながらシルファが鋭く言い放った。
暗殺者の矢ならば当然に毒が塗られている筈である。
どのみち助かりはしない自分に余計な人員を割くわけにはいかない。
ここまでグレイ小隊長について来れただけで満足だ。
せめてもの足掻きにシルファは倒れたままで矢筒から最後に残った3本の矢を取り出し、弓に番えるとぼやける視界で竜人の衛兵に狙いをつけて矢を放った。
シルファの渾身の射撃は1射で3体の竜人衛兵を仕留める。
「・・・やった」
それを見届けたシルファは意識を失った。
先頭を走るグレイが竜人衛兵に激突した。
正面にいた竜人の喉を槍で貫き、そのまま当て身を喰らわせて押し戻し、竜人の身体を盾にして道を切り開く。
続くアレックスと第2、第3分隊に加えてイザベラ、アラン、クロウがレオン達の進路をこじ開けた。
止まることのないグレイは槍で仕留めた竜人を蹴り飛ばして槍を抜き、更に突き進む。
竜人の剣や槍もグレイの身体の端々を切り裂くが、グレイは怯まない。
槍で目を突き、石突きで口の中を潰し、柄を振るって首をへし折る鬼神の如き戦いぶりだ。
グレイの前に道が開く。
先に見えるのは魔王へと続く扉だけだ。
敵を突破したグレイは足を止めて振り返った。
アレックスが、イザベラが、アラン、クロウが次々と続き、レオン、セイラ達も敵の囲みを抜け、最後にエミリアが飛び出してきた。
他の隊員の姿はない。
「立ち止まるな!行けっ!後はお前達の役目だ!」
グレイはレオン達に声を掛けた。
レオン、セイラ、アイリア、カイル、ルシア、マッキがグレイの横を駆け抜けてゆく。
「ありがとうございます」
大声で叫んだレオンは一端の英雄だった。
グレイの前にイザベラが立ち止まる。
「必ず生き残りなさい!こんなところで死ぬことは私が許しませんのよ!」
イザベラの言葉にグレイは無言の敬礼で応えた。
レオン達が扉に向かうのを見届けたグレイは背後の竜人達に対峙した。
グレイの横にはアレックスとクロウ、背後にエミリアが控える。
「せっかくここまで来たんだ、ついでにここで奴等を食い止めておくか」
槍を構えるグレイ。
「行きましょうか、小隊長!お供しますよ」
アレックスが笑いながらハルバートを肩に担ぐ。
「この先は英雄達の戦場で、私のような者の戦いの場ではありません。私の役目もここまで。グレイさんにお付き合いしますよ」
双剣を携えるクロウが肩を竦めた。
そして、エミリアがグレイの背中を見る。
「小隊長、ここまでご一緒できて良かったです。私は最後までついて行きます。決して貴方のそばを離れません」
矢筒に矢は残っておらず、エミリアはショートソードを抜いた。




