ゴブリンの群れを迎え撃て1
グレイ達はゴブリンを迎え撃つ準備を進めた。
ゴブリンが狙う村の女性達は教会に避難するが、念のために村の子供達も一緒に避難して扉を固く閉ざす。
万が一に備えて村の若者衆が教会の中の警戒に当たっている。
教会は村の外れにあるので女の匂いを嗅ぎつけたゴブリンは真っ直ぐに教会を襲いに来るだろう。
小隊規模の戦力があれば色々と策を巡らせることもできるのだが、たった5人の分隊ではそうもいかない。
グレイは分隊の中で唯一弓を装備している隊員を教会の屋根に配置して警戒に当たらせ、他の4人で教会の前に立つ。
教会の周囲は畑や草原になっていて見通しが良いので警戒を怠らなければ奇襲を受けることはない。
屋根の上の隊員は目が良く身軽であるものの、弓の技量が卓越しているわけではない。見通しの良い屋根の上からの打ち下ろしで、ゴブリンが接近する前に2、3体でも仕留めることが出来れば上出来だろう。
グレイ達4人はあえて姿を隠さずにハルバートを手に教会の前に立つ。
ゴブリン達にこちらの戦力が少数であることを曝して誘い込むためだ。
やがて日が暮れた。
周囲が闇に閉ざされるがグレイ達はあえて灯りを灯さずに闇に目を慣らしておく。
ゴブリンは夜目が利くうえに狡猾だ、人間は夜目が利かず、灯りを頼りに夜を乗り越えることを知っている。
灯りを灯せば真っ先にそれを狙ってこちらの視覚を潰しにくるのだ。
しかし、辺境の村の新月の夜は想像以上に闇が深く、人間の本能的な恐怖を呼び覚ます。
血気盛んだった若い隊員のハルバートを持つ手も小刻みに震えている。
「怖いか?」
不意にグレイに声を掛けられてはっと顔を上げた隊員は首を振った。
「怖くなんかありません!・・・いや、少し怖いですが、この程度で恐怖を感じていては監察兵団は務まりません!」
精一杯の虚勢を張る隊員だが、その表情は恐怖と緊張に満ちていた。
「恐怖を否定する必要はない。恐怖という感情は重要な自己防衛本能だ。恐怖と付き合い、折り合いをつけて、生き残る道を探るんだ。私だって未だに戦いの前には恐怖を感じているぞ」
グレイが若い隊員を諭せばそれを聞いていたアレックスが口を挟む。
「分隊長は今でも戦闘中に、おっかね~っ!て騒いでいることがありますもんね?」
茶化すように笑うアレックス、それを聞いた若い隊員の表情も落ち着きを取り戻した。
戦いにおいて適度な恐怖感と緊張感は生き残るための重要な要素だ。
これを軽んじる者は長生きはできない。
グレイ達がそんなやり取りをしていた時、屋根の上にいた隊員がグレイの前に小石を落としてきた。
ゴブリンの群れが接近してきた合図だ。
ゴブリンは夜目が利くうえに耳もいい、指笛等の余計な音を立てれば屋根の上の伏兵が感づかれる可能性がある。
数で劣るグレイ達は先手を打つ立場でなければならないのだ。
接近してくるゴブリンは屋根の上から見えるだけで18体、屋根の上にいる隊員が弓を引き絞る。
先頭を進むゴブリンはあえて狙わずに群れの中央付近に位置する個体を狙う。
初手で敵を混乱に陥れるためだ。
ヒュッ!・・・・ギャッ!
鋭い風切り音に続いてゴブリンの悲鳴、上手く仕留めたらしい。
ヒュッ・・
更に矢が放たれるが、2射目は外れ、3射目でもう1体のゴブリンを仕留めた。
突然の奇襲にゴブリンはグレイ達の思惑どおりに混乱に陥った。
先行していたゴブリンは後方に撃ち込まれた矢に追い立てられて前方に駆け出すが、射殺されたゴブリンの後方に続いていたゴブリンは思わず足を止めてしまう。
ゴブリンの群れは分断された。
グレイ達に向かって走るゴブリンの更に1体を矢で仕留めるが、そこまでが限界であり、7体のゴブリンとグレイ達が接敵した。
グレイ達は一定の間隔を保って布陣している。
これは彼等が持つハルバートがその特性から密集戦闘に向いていないからであり、グレイ達は互いの動きを妨げず、それでいてお互いをカバーできる絶妙な間隔を保持する。
教会の正面、中央に位置していたグレイに2体のゴブリンが飛びかかる。
グレイはハルバートの穂先を突き出してゴブリンの1体の腹を貫いて一撃で仕留め、即座に身を翻してハルバートの石突きで続くゴブリンの顔面を強かに打ちつけ、仰け反ったゴブリンに斧頭を叩き込む。
瞬く間に2体のゴブリンを葬ったグレイ、更にアレックスと別の隊員がそれぞれ1体ずつを仕留めていたが、その間に接敵したゴブリンの残り3体は僅かに後退してグレイ達と距離を取る。
屋根の上の隊員と合わせて初手で7体のゴブリンを仕留めることができた。
若い隊員も何とか踏みとどまっている。
初戦の結果としては上出来だが、残るゴブリンはグレイ達の目の前で対峙している3体の他にまだ10体以上残っている、しかも足を止めてこちらの様子を窺っている。
ゴブリンなりに慎重に判断しようとしているのだ。
グレイ達の戦いの夜は始まったばかり。