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最前線へ

 シーグル神が姿を消し、聖女として神託されたセイラは3人の司教に促されてシーグル教の教皇に面談するとのことで、アイリアと共に総本山奥の院に案内されていった。


 グレイ達142小隊はこれで任務完了となるため王都への帰還準備を進めていた。


「ああ、良かった。まだ出発していませんでしたね」


 背後から掛けられた声にグレイはため息をつきながら振り返った。


「久しぶりですねクロウさん。ご無事でしたか」


 そこに立っていたのは聖務監督官のクロウだった。

 普段は平服で任務に当たることが多いクロウだが、今日の姿は聖務院の礼装だ。


「おかげさまでね。無事に帰ってこれました」


 笑顔で話すクロウ。

 グレイの周囲の隊員達はあまり気にしていないが、エミリアだけは表情が険しく、クロウを睨みつけている。


「少し、お話し・・お願いがあるのですが、あちらのカフェテリアで2人でお茶でもいかがですか?」


 エミリアの厳しい視線もどこ吹く風のクロウは総本山の中にある食堂にグレイを誘った。

 頷いたグレイは隊員達に休憩しつつ待機を命じたのだが、エミリアだけは納得しない。


「私はグレイ小隊長の副官です。今後の任務に関することならば私も同席させていただきます」


 眼鏡の奥の目を三角にしたままグレイとクロウの間に割り込んできた。


「いやはや、警戒されてしまいましたね。仕方ありません。貴女にも同席していただきましょう」


 クロウは苦笑いをしながらもエミリアが同席することを承諾した。


 そこは宗教施設らしく広々としているものの華美でなく、質素な趣の落ち着いた食堂だった。

 2人を席に案内したクロウは慣れた様子で調理場の職員に声を掛けて3人分の香草茶と焼き菓子をお盆に乗せて持ってきた。


「隊員の皆さんにも同じものを差し入れするように頼んでおきました。たいしたものではありませんが、私の奢りです」


 クロウはそう言うとグレイとエミリアの前にお茶の入ったカップを置いて自分も席に着いた。


「さて、エミリアさんでしたか。貴女は私とグレイさんが何をしていたのか、ある程度は事情を知っていますね?」


 問われたエミリアはクロウを睨みつけながらも頷いた。


「ならば、隠し事は無しで話します。どうせもう終わったことですから」


 そう言うとクロウは笑みを消してグレイに向き合った。


「潜入していた人身売買組織は完全に壊滅しました。睨んだとおり、商品は魔王軍に売り渡されていましたよ」


 クロウの話しを聞いたエミリアは怒りに拳を握りしめた。


「今回の作戦成こ・・達成により、払った犠牲も大きかったですが、組織を放っておいた場合の被害はそれ以上になった筈です。試算によると将来的なものを含めて被害を防ぐことができた規模は千人は下りせん」

「人の命はそのように論じるべきものではありません!」


 たまらずにエミリアは声を荒げたが、それをグレイが遮った。


「確かにエミリアのいうとおりだ。しかし、我々は敢えて自分のものでない人の命を天秤にかけて取捨選択をした。これが私とクロウさんが背負った罪業だよ」

 

 グレイの言葉にエミリアは悲しそうな表情を浮かべて口を閉ざした。

 その様子を見たクロウは一つ頷いてから再び口を開いた。


「いずれにしても先に話したとおり、既に終わってしまったことですので、今のお話しは事務連絡のようなものです。今回のお話しとは、グレイさんの小隊に新たな任務を受けていただきたいのです」


 エミリアが一層厳しい表情になるのを横目にグレイは黙って頷いた。


「組織を壊滅したとはいえ、直ぐに新たなものが生まれ出るでしょう。こんなものはスライムやゴブリンと一緒です。潰しても潰しても後から湧いてくる。それを防ぐためには早々にこの戦を終わらせる必要があります。つまり、一刻も早く魔王を倒すこと」


 グレイはクロウを正面から見据える。


「で?私の小隊に何をしろと?」

「魔王を倒せ、とは言いません。それは勇者や英雄の役目です。既にそのための作戦も発動しています。グレイさん達にお願いしたいのは、先程聖女に任じられたセイラ様を最前線に送り届けてほしいのです」


 つまりはここまでの護衛任務が延長されるということらしい。

 背徳の怪しい任務ではなさそうで、エミリアの表情も少しだけ和らいだ。

 決してクロウに気を許したわけではない。


「魔王を倒すために周辺国の勇者や英雄の一党が集結しています。その中にやや頼りないパーティーがいましてね。セイラ様は彼等に合流していただきたいのです」


 それを聞いたエミリアが首を傾げた。


「聖女様の存在と力は戦場全体に影響を与えるものです。たった1つのパーティーのために使うようなものではないのではありませんか?」

「確かにそのとおりです。しかし、セイラ様も聖女になられたばかり。経験も足りていませんので、大きな力は期待できません。それに、確かに頼りないですが、彼等はこの戦いの切り札になるのではないか、と私は考えているのですよ」


 不敵な笑みを浮かべながら話すクロウと目を閉じて何かを考え込むグレイ。

 クロウからの任務にしては裏仕事ではない清廉なものだ。

 しかし、その困難さと危険性は桁外れに高い。

 これから赴こうとする場は魔王軍との戦の最前線、勇者と魔王が直接対決する敵の中枢だ。

 その場に勇者でも英雄でもない、一介の兵士に過ぎない自分達が赴こうというのである。

 部下を無事に連れて帰ってこれるのか、正直いってグレイには自信がない。

 かといって拒否すれば自分達以外の者がその役割を担う羽目になる。

 結局のところ、グレイには拒否をするという選択肢はないのだ。

 グレイは腹を決めて目を開いた。


「分かりました。引き受けます」


 グレイの返答にクロウは大きく頷いた。


「助かります。小隊規模でこの任務を頼めるのが貴方達以外に思いつきませんでしたからね。それから、この任務には私も同行してお手伝いさせていただきますよ」

「クロウさんが?」

「聖女の護衛ですよ。神を信じない貴方では肩が凝るでしょう?対外的なものを含めてその辺りのことは私が引き受けますよ。それに以前に約束したでしょう?今度はもう少し前向きな仕事でご一緒しましょうってね」


 クロウが同行してくれるとグレイにしても心強い。

 グレイは席を立った。


「クロウさんの助力があると心強いです」


 グレイの横ではエミリアも慌てて残ったお茶を飲み干して焼き菓子を口に放り込んで立ち上がる。

 クロウも頷いて席を立った。

 その際に残った焼き菓子を紙に包んでエミリアに手渡すのを忘れない。


「そうと決まれば準備に取りかかってください。セイラ様のご準備が整い次第出発します。東の雪山を突破しますので、準備は念入りにお願いします。必要な物があればここの職員に申しつけてください」


 グレイは頷いてその手配をエミリアに頼む。

 クロウも準備のために食堂を出ようとするが、その際にグレイはあることに気付いた。

 

「平服以外のクロウさんを初めて見ますが、記章を付けていませんね」


 クロウの礼装の襟にあるべき記章がグレイ同様に付けられていないのだ。

 クロウは立ち止まって振り返った。


「私は神を信じ、敬う気持ちも持っています。でも、私は仕事のために自ら闇に踏み込んだ身です。聖務監督官になったその時に私は信仰を捨てました」


 寂しそうに笑いながらクロウは食堂を出ていった。

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