セイラ・スクルド
セイラ・スクルドは倒れているライラの傍らに跪き、その手を握りながら杖をかざした。
「シーグルの女神よ、癒やしの指先をこの者にかざしたまえ。救いの光を・・・」
セイラが祈ると強い光がライラを覆った。
「凄い・・シーグル教の初歩的な癒やしの祈りなのに、こんなにも強い加護が」
エミリアは信じられないという表情だ。
ライラを覆った眩いばかりの光はライラを連れ去ろうとしている死神を消し払うかのように彼女を死の淵から引き戻した。
生気を取り戻し、呼吸も落ち着いたのを確認したセイラはシルビアに向き直った。
「もう大丈夫です。命の危機は脱しました。後はゆっくりと休ませてあげてください」
呆気にとられていたシルビアも思い出したかのように頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。皆さん、ライラを助けてくれて本当にありがとうございます」
セイラだけでなく、エミリアやグレイにまで礼を告げるシルビア。
その瞳からは涙が溢れていた。
「いえ、私の祈りでは力不足でしたし・・・」
エミリアの言葉にシルビアは首を振った。
「いいえ、私はライラの手を握りしめて彼女が死にゆくのを見ていることしか出来ませんでした。そんな時に皆さんが手を差し伸べてくれたんです。いくらお礼を言っても足りません」
シルビアの言葉にセイラも頷いた。
「私が来る前に皆さんが色々と手を尽くしてくれたからこそ私の祈りが効いたんです。そうでなければ間に合わなかったかもしれません」
そういうとセイラはグレイ達に対して右手を胸に当てて膝を折って頭を下げた。
イフエール教と左右対称的なシーグル教の作法だ。
「この砦には沢山の負傷者が残されていて、手が足りずに幾人もの人達を助けることができませんでした。それでも、私達は1人でも多くの人を助けようとしています」
そう言い残して他の負傷者の下へ走り去るセイラ。
加えてエミリアがグレイの許可を得て負傷者救護に加わり、隊員達もその手伝いに向かった。
残されたのはグレイとセイラと一緒にいたハーフエルフのレンジャーだが、そのハーフエルフがグレイに話しかける。
「私はセイラの相棒のアイリア・レンといいます。貴方達は聖務院から派遣されてきた聖監察兵団の方達ですね?イザベラさんから聞いています。セイラをシーグルの総本山まで連れて行ってくれると」
聞けば、グレイ達の護衛対象はセイラとアイリアの2人であり、セイラが聖女として任じられるかどうかの試しを受けるために総本山に向かうとのことだ。
「パートナーの私が言うのもなんですが、セイラは常に人々のために献身的に働いていました。どんなに困難でも、怖くても、勇気を振り絞って頑張ってきたんです。この砦での戦いでも、捕らわれた人達を救うために敵の矢面に立って頑張ったんです。みてのとおり、セイラはあまり高度な祈りは使えません。でも、基本的な祈りをひたすらに使ってきた結果、その祈りの力がとても強くなったんです」
そうしたところにセイラに「聖女の試しを受けよ」との神託が下ったらしい。
聖女の試しを受けるにはその者が信じる神を祀る総本山に行く必要がある。
セイラにしてもアイリアにしても紫等級の中位冒険者でありそれなりの実力はあるのだが、前衛職のいないペアであるため、それを危惧したイザベラがグレイの小隊を呼び寄せたとのことだ。
グレイを呼び寄せた張本人のイザベラはというと、既に残存兵力を率いて連邦国内に進軍したらしく、この砦に残るのは砦防衛のための僅かな兵と冒険者のみであった。
グレイは直ぐにでも出発したいところだったが、セイラが負傷者の治療が一段落するまではこの場を離れないと言い張り、エミリアからの希望もあり、3日間程砦に留まることになった。
砦に滞在する間、エミリアは負傷者の治療に当たり、エミリアの支援にシルファ率いる第3分隊が当たる。
その間にグレイと第1、第2分隊は放置されていた魔物の死骸の処理と戦死者の埋葬の手伝いをしていた。
魔物の死骸をそのままにしてはいずれ腐敗して疫病等の危険性が発生する。
戦死者にしても同様の理由で遺体を故郷に還すことはできないため、この地に埋葬するしかないのだ。
魔物の死骸は小分けにして集めて解毒作用を持つ薬草等と一緒に念入りに焼却する。
死骸を焼くにしても毒を持つ魔物もいるため、毒混じりの灰が風に乗って飛散しないよう、戦闘中でない場合には死骸の処理にも再三の注意を払わなくてはいけないのだ。
そんな中で隊員達は魔物の死骸の処理であっても死者への礼節と祈りを欠かすことなく真摯に当たっていた。
今、グレイの前に並ぶのは戦死者達の数十体の死体だ。
装備品もバラバラの彼等は北の砦から雪深い山を抜けてこの砦に援軍に来た囚人部隊、改め義勇兵の隊員達の死体だった。
聞けば陥落寸前の砦を守るためにネクロマンサーの操る死霊の軍勢と共に雄々しく戦った彼等は聖騎士や多くの聖職者、この戦いで聖女を演じたセイラの祈りに送られて逝ったらしい。
彼等の死に顔は一様に何かを成し遂げた男の満足した表情を浮かべている。
彼等の埋葬に当たっても隊員達は祈りを捧げて丁重に埋葬し、グレイも軍隊式の敬礼で彼等を見送った。
3日の後、助けられる者を救い、自らの役目に一区切りをつけたセイラとその相棒のアイリアを連れた142小隊はシーグル教総本山に行くために北に向かって旅立った。
この調子でいくと今月中には本作を書き上げて本編の続編に取りかかれそうです。
続編を待ってくれている方もいるかと思いますが、つらつら、ダラダラと書き連ねてきた本作もきちんと終わらせたいと思っていますので、今しばらくお待ちいただければと思います。