東の国境砦へ
東の国境を越えようとする魔王軍と衝突したイザベラ達聖騎士団を始めとする軍勢は、多大な損害を受けて一時は劣勢に立たされるも、起死回生の挟撃戦により魔王軍を撃退したとの報が王都にまで届いていた。
これから周辺国を巻き込んだ大規模な反攻作戦が行われるようだ。
王国内で反攻の気運が高まる中でグレイ達の任務にも変化が訪れていた。
142小隊長グレイ宛てに一通の密書が届いた。
差出人も無いうえに書かれている内容は「後はよしなに」の一言のみ。
しかし、その密書を読んで全てを察したグレイは今まで巧妙に摘発の手を緩めていたものを止めて人身売買組織を次々と壊滅させていった。
情報を得ていた各組織を殲滅し、一段落ついたある日、142小隊は中隊長から東の国境砦に向かうように命令を受けた。
「隊長、東の砦というと我々も参戦するということですか?」
出発を前に隊員を代表してアレックスが質問する。
「いや、大規模戦闘にたかだか一個小隊を増派する意味は無い。今回は護衛任務で砦にいる人物を迎えに行き、その人物をシーグルの総本山まで送り届ける任務だ」
「あの、総本山への護衛となると、余程の重要人物なんでしょうか?」
「まあ、そう考えるのが妥当でありましょうな」
グレイの説明にシルファが恐る恐る発言し、その言葉にウォルフも頷く。
「詳細は分からないが、特殊任務を当てられる我々の小隊に命令が来るということはそれなりの人物ではあると考えるべきだな」
事実、グレイ自身も対象が何者がは分からないので東の砦に行ってみるしかないのだ。
「現地での大規模戦闘は終結し、反攻作戦の準備が進んでいるようだが、未だ最前線であることに違いはない。油断することなく現地に向かおう」
小隊は直ちに東に向かって出発し、途中で少数ながら魔王軍の残党の魔物の襲撃を排除しながら、5日を要して国境の砦に到着した。
砦の有り様は惨憺たるものだった。
2つある防壁のうち第1防壁は扉が破られ、所々が崩れ落ち、焼け焦げている。
そこかしこに魔物の死体が散乱していた。
「これは相当に激しい戦いが行われたようですな」
ウォルフが周囲を見回す。
「あの、隊長。あれは・・・」
シルファが指差すのは魔物のようで魔物でなく、人のようで人でもない異様な死体。
「なんだあれは、あんな魔物見たことないぞ」
アレックスも唖然としている。
「あれは・・・魔王軍の生物兵器だ。人間を禁忌の術で生きたまま変質させて殺戮本能の塊のような生物にするんだ」
苦々しい表情で絞り出すように説明するグレイ。
「隊長、詳しいのですね」
グレイの表情に気付かないシルファが感心するが、そんなグレイの様子をエミリアはやるせない気持ちで見ていた。
砦に入れば傷を負った兵士達で溢れかえっていて軍属の治療士や治癒の祈りを持つ聖職者が忙しく走り回っている。
戦闘はとうに終結しているが、その代償は大きく、治療の手が足りていないのだ。
「隊長・・・」
傍らに立つエミリアがグレイを見上げた。
「ああ、頼む」
グレイの許可を得たエミリアは倒れている負傷者に駆け寄った。
治療の手が回っていないのか、簡素な治療を施されただけで放置されている若い女性剣士は肩口に深い傷を負っていて息も絶え絶えだ。
仲間だろうか、同じく若い魔術師が付き添っている。
「任せてください」
魔術師に声を掛けたエミリアは倒れている剣士を見て息をのんだ。
「貴女は・・」
振り返ってみれば付き添っていた魔術師はシルビア、かつてゴブリンの巣に捕らえられていた冒険者だ。
そして、大怪我をして横たわっているのはシルビアの相棒のライラだった。
物資が足りていないのか、傷口の包帯は血や泥に汚れ、衛生的に芳しくないうえに、かなりの重傷のようで呼吸は浅く、意識も無い。
とにかく一刻を争う状況だ。
「イフエールの女神よ、この者に救いの力を」
エミリアは治癒の祈りを捧げた。
ライラの全身を柔らかな光が包んだが、僅かに呼吸が落ち着いた程度で劇的な変化は見られない。
エミリアの治癒の祈りでは力不足なのだ。
「エミリア、この薬を祈りと併用してみろ」
グレイがエミリアに小さな小瓶を渡す。
それは小隊で携行している薬品ではなく、グレイが私物として万が一に備えて持っていた特級品だ。
「貴方は、あの時の分隊長さん!それに、教会のシスターさんも」
シルビアはグレイの事を覚えていたようで、エミリアのことも思い出したようだ。
その間にエミリアは瓶の封を切ってライラの傷口に薬品を振りかけた。
「お願い、効いて!イフエールの女神よ、今一度救いの力を!」
エミリアが再び祈りを捧げた。
「どうだ?」
グレイの問いにエミリアは首を振った。
「隊長の薬で傷の方はどうにかなりましたが、処置が遅かったようで、やはり私の祈りでは・・・」
「そんな・・・ライラ」
シルビアが途方に暮れたようにライラの手を握った。
「私達、分隊長さん達に助けられた後も2人で冒険者として生きてきました。2人で努力して青等級まで上がったんです。そんな時に今回の冒険者派遣があって、水の都市の冒険者として志願したんです。それは志願するのは怖かったですけど、誰かが行かなければならないならば、その中の2人は私達だって勇気を持って。戦場に来るのだからって頭では覚悟をしていたのですが・・・」
シルビアはライラの手を握ったまま俯いた。
最早グレイやエミリアではどうすることも出来ないと思ったその時
「すみません、遅くなりました」
背後からの声に振り返ってみると、そこに立っていたのは若いシーグル教の神官だった。
傍らにはハーフエルフのレンジャーが付き添っている。
2人共冒険者のようで、首から下げた認識票は紫色、中位冒険者のようだ。
「こちらに重傷の方が居ると聞いて急いで来たのです。後は私に任せてください」
その若い神官はセイラ・スクルドと名乗った。




