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小さな教会で

 このところ任務続きだった142小隊に5日間の休暇が与えられていた。

 隊員各々が自由気ままに休暇を満喫している中でエミリアは王都のイフエール教会にいた。

 広い王都には幾つもの教会があるが、心に迷いを抱えたエミリアは静かに祈りを捧げたいと考えて王都の外れにある小さな教会を訪れた。


 小さな教会故に人の姿もなく、静まり返る中でイフエールの女神の像の前に片膝をつき、左手を胸に当て、瞳を閉じて頭を垂れて祈りを捧げる。

 任務に関して信じていた小隊長の行動に対する疑念、その疑念を振り払いたいという気持ち、小隊長を信じたいという気持ちが交錯して心の中を整理することが出来ずにいた。


 どれほど時間が過ぎただろうか、無心で祈っていたエミリアの鼻に爽やかな香草の香りが漂ってきた。

 ふと顔を上げると司祭服を着た巨漢がエミリアを見下ろしている。

 手には可愛らしいティーポットとティーカップを乗せたお盆を持っている。


「お茶でもどうであるか?」


 声を掛けたその司祭にエミリアは見覚えがあった。


「貴方は、確か・・・」

「うむ、我はヘルムント・リッツ、この教会の司祭である。聖騎士でもあるが、我の本職はこちらだ」


 エミリアに名乗ったヘルムントは聖騎士でもあり、秋祭りの闘技大会ではイザベラのサポートとして出場していた。


「何やら熱心に祈っていたようだ。心に何か迷いがあるのではないかと思ってな。我でよければ話を聞こう。それだけでも気持ちが軽くなるやもしれんぞ?」


 ヘルムントに小さな応接室に案内されたエミリア。

 こぢんまりとしていて調度品も質素な物ばかりだが、掃除が行き届いていて落ち着いた趣だ。

 卓に着いてみれば、テーブルに至っては手作りなのではないだろうか。

 可愛らしい狐の柄ながら、その巨体にはあまりにも小さく、ピチピチのエプロンを着たヘルムントはエミリアの前に香草のお茶を差し出すと対面に座る。


「我はここで教会と孤児院を営んでいてな。まあ、任務で不在にすることも多いから実務はシスターに任せきりだ。そのシスターはピクニック、というのか?子供達と出掛けていてな。大したもてなしはできぬ」


 それでもお茶の他に手作りのお菓子を出してくる。

 不揃いな出来栄えをみると、そのシスターが子供達と作ったのだろう。

 その菓子と香草茶の香りに久しく任務に追われていたエミリアの気持ちが少しだけ和らいだ。


「貴女はグレイ殿の小隊の副官であったな。熱心に祈りを捧げていながらも悩み、いや迷いがあるように見受けられたので声を掛けさせてもらった」

「・・・・」

「我は聖騎士として多くの機密を知ることができる権限と共に守秘義務を科せられている。それと共に司祭としての沈黙を有しておる。話したくないならば話さずとも良いが、話すことで気が安らぐこともあるぞ」


 そう言うとヘルムントはお茶を飲みながら口を閉ざした。


「・・・ご推察のとおりです。私は今、小隊副官として迷いを感じています」


 エミリアは小隊長であるグレイに疑念を抱いていること、それでもグレイを信じたいと思っていることを吐露した。

 エミリアの話をヘルムントは黙って聞いている。


「私は私の意志でシスターの職を辞して軍人として聖監察兵団に入りました。そして、私にそのきっかけを与えた小隊長の副官を希望しました。そんな私が小隊長の行動に疑念を持っています。結局、私の選択が正しかったのか、不安なのです・・・」


 エミリアの言葉にヘルムントは頷いた。


「己が選択が正しいのか、誤っていたのか、その答えは無いのではないか?正解といえば正解だし、誤りだといえば誤りなのだろう。ただ、その選択について後悔するか否かはその者自身が負うべき問題だ」

「後悔・・・」

「そのことはグレイ殿が身を持って示しているだろう?神を信じていないという信念は絶対に曲げないが軍人として聖監察兵団への転属を受け入れる。それ故に白い目で見られたり後ろ指をさされることも多いだろう。だが、グレイ殿はそのことを後悔しているだろうか?」


 確かにグレイは周りから白眼視されることも多い。

 エミリアですら小隊長として尊敬していても、神官戦士でありながら神を信じないというその姿勢は全く共感できずにいる。

 それでもグレイは周囲の信仰には理解を示してながら自分の考えを人に押し付けることはせず、自分の信念を曲げることもない。

 その選択に後悔など感じてはいないだろう。

 だが、エミリアは自分がグレイ程強くないということを知っている。


「仰るとおりです。あの方はとても強い方です。強い誇りと信念を持って私達を率いています。でも、私は隊長の様に強くありません。だからこそ神に救いを求めているのでしょうか・・・」 

「そのことは分からぬ。ただ、グレイ殿と貴女と、何かを強く信じるという点においては一緒ではないのか?エミリア殿がイフエールの神を信じるように、グレイ殿は自分自身を信じている。これは違うようで同じではないか?」


 ヘルムントの言葉にエミリアは分隊長だったグレイが若い隊員と話していた夜のことを思い出した。

 あの一件をきっかけにエミリアはグレイの行く末を見届けたいと心に決めたのだった。

 

「司祭様はグレイ隊長とは何時?」

「うむ、何を隠そう、グレイ殿を聖監察兵団に引き込んだのは我だ」

「え?」

「かつて国境警備隊と共同で作戦任務に当たったことがある。その作戦に国境警備隊の分隊長として参加していたグレイ殿をあのイザベラが気に入ってな」

「そうだったんですか」

「大変な戦いだった。悪魔に攫われたシスターを救出する任務で我とイザベラ、聖監察兵団1個小隊の他に国境警備隊の中隊の応援を得ていた。しかし、件の悪魔が予想以上に強力な奴で多くの眷族を従えていた。激しい戦いの末、シスターの救出に成功したものの、生き残ったのは我とイザベラ、グレイ殿の分隊のみで、他は全滅してしまった」

「・・・・その頃からグレイ隊長は強かったのですね」


 エミリアの言葉にヘルムントも頷く。


「確かにグレイ殿は戦士としての強さを有している。だが、我とイザベラが目を付けたのは別の点だ」

「?」

「悪魔の猛攻を受けて国境警備隊も聖監察兵団も恐慌状態に陥り、敗走を始める中、グレイ殿の分隊だけは踏みとどまって戦い続けた。あの場での敗因は隊員の士気が折れて敵に背を向けたことだ。我もイザベラもそれを知りながら逃げ出そうとする皆を鼓舞することが出来なかった。皆が逃げ出す中でグレイ殿の分隊だけはグレイ殿の指揮の下で敵に向かい、仲間を逃がそうと踏みとどまった。結果的に生き残ったのは我とイザベラとグレイ殿の分隊だけだった。我が思うに、グレイ殿の強さは決して折れない心なのではないか?」


 エミリアは手元のお茶に視線を落とす。

 残ったお茶に自分の顔が映っている。

 ヘルムントがエミリアのカップに新たなお茶を注ぐ。


「あの頃は聖務院の精鋭と呼ばれていた聖監察兵団の実戦経験不足による能力の低下が明るみになり、問題になっていた。そこでイザベラの思いつきでグレイ殿を聖監察兵団に転属させることにしたのだ。イザベラは一度言い出したら聞かない性格だ。仕方がないので我が色々と調整と根回しをしてグレイ殿を引き込んだのだ」

「そうだったんですか」

 

 ヘルムントは肩を竦めて笑う。


「イザベラに手続きを丸投げされて大変であった。軍務省からグレイ殿の資料の提供を受けてみれば、身分票に神を信じていないと記載されていて途方に暮れたものだ。だが、それで諦めるイザベラではないし、我もグレイ殿の力を聖監察兵団で生かしてもらいたかった。そこで色々と内規を調べてな。宗教関連組織故に当たり前過ぎて信仰を持たなければならないということが明文化されていないことに気付いた時には思わず小躍りしてしまったものだ。グレイ殿に転属を告げた時のグレイ殿の表情も面白いものだったぞ」


 笑いながら話すヘルムントの言葉にエミリアも笑みを浮かべた。


「聖監察兵団に転属したグレイ殿は何も変わることなく任務に真摯に向き合ってきた。その辺はエミリア殿も良く知るところだろう?そんなグレイ殿のことだ、疑わしき行動も軍人として何か考えがあるのだろう。もしかしたら偶々の偶然なのかも知れんぞ?そんなグレイ殿を信じるかどうかは貴女次第だ」


 エミリアは瞳を閉じて自問した。

 そして一つの結論を見出だして立ち上がった。


「司祭様、ありがとうございました」

「うむ、また何時でも来るが良い」


 イフエール式の礼をして教会を出たエミリア。

 未だに迷いの気持ちはあるが、今すぐに結論を出さなくてもいいのではないか。

 その中でもう少しだけグレイを信じてついて行こうと思うことができた。

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