警備任務
グレイの分隊は辺境の村の外れにある教会の警備任務に就いていた。
教会の敷地内にある畑や村の畑が荒らされるという被害が相次いでいたが、警戒に当たっていた村の若者の情報からその原因がゴブリンによるものであることが判明した。
しかし、貧しい辺境の村であり、村人も教会も冒険者に依頼することができず、聖務院の出先機関に相談が持ち込まれ、その結果、グレイの分隊が派遣されてきたのである。
到着したグレイは部下達と共に被害状況の調査を開始したが、教会を含めた村の現状は予測よりも深刻なものであった。
「これは、中規模の群れの仕業だな」
村の被害状況を検分していたグレイは部下の隊員に説明する。
荒らされたのは畑だけでなく、家畜の牛や山羊までもが連れ去られていることからも小規模な群ではない。
それを裏付けるように一回で荒らされる農作物と残された足跡の量から10体程の集団によるものと推測された。
群れで行動し、拠点を持つゴブリンが総出で来ることはない。
検分結果から推測されるゴブリンの群れは2、30程度の中規模な群れであることを若い隊員に説明する。
「分隊長、ゴブリン程度ならば何の問題もありません。早々に拠点を見つけて殲滅しましょう」
血気盛んな隊員がやる気を見せる。
この隊員は新兵訓練を終えて配属されたばかりで実戦経験はない。
積極的であるのはいいのだが、それが蛮勇であってはいけない。
「いや、ことはそう簡単なことではないぞ。我々は5人の小部隊だ、しっかりと状況を見極めて慎重に進める必要がある。そうですよね、分隊長?」
こちらは分隊の中でも中心的な立場の隊員であるアレックスだ。
武神トルシアを信仰する彼は他の小隊から転属してきて3ヵ月、幾度かの経験を積み、そろそろ元の部隊に戻ることになるだろう。
任務中はともかく、神を信じていない分隊長を白眼視する隊員が多い中、このアレックスはそういったことを全く気にしていない様子で、その分け隔てない対応にグレイも助けられている。
「そうだな、数もさることながら2、30の規模の群れとなると上位種が率いているかもしれないな。こちらから巣穴をつつくと思わぬ反撃を受けることになる」
最後に畑を荒らされてから10日程経過している。
グレイはそれを計算して次の襲撃を予想する。
初めての被害から1ヶ月程度、群れも定着したころだ、そうするとゴブリンの群れは次の段階に入る。
女を攫って繁殖して規模を拡大しようとするのだ。
「明日の夜は新月だ、闇に乗じて襲撃があるだろう。もしかすると若い娘を狙ってくるかもしれない」
グレイは教会だけでなく村全体の警備のことを考えた。
「この村に年頃・・というか、子供を産むことができる女性はどの位いる?」
アレックスに尋ねれば、グレイの下で経験を積んだアレックスはそんなことはとっくに確認済みとばかりに報告する。
「未婚、既婚を含めて25人です。当然ながら教会のシスターも含まれます」
報告を受けたグレイは腕を組んで考え込む。
確かにこの教区は辺境の小さな教会であるが、その教会を任されて聖務院に今回の件を相談してきたのは若い女性の神官だった。
司祭以上の立場にあり、自分の教会を持っている高位の神職者は別として、ここの教会のように辺境にある教会は聖務院から神官を赴任させて教会の維持管理と人々の救済に当たらせている。
それらの神官は基本的に2、3年で異動するのだが、聞くところによるとここのシスターはもう6年もこの教会に勤めているらしい。
彼女がハーフエルフであることが何かの理由かもしれないが、そんな聖務院の内部事情にグレイは興味はない。
ただ、ここのシスターは自分の職務に忠実で村人からの信頼が厚いことはありがたい。
「明日の夜は村の女性達は教会に避難してもらおう。我々は教会の守りを固めて襲撃を迎え撃つことにしよう」
グレイは警備計画を検討する。
「分隊長、我々の分隊だけで守りきれますか?」
ゴブリンの性質をよく理解しているアレックスが懸念を示す。
ゴブリンに対する一般的な認識は小柄で非力、ずる賢いが弱い魔物であると思われているが、それは大きな間違いである。
単独のゴブリンや2、3体の小規模な群れならばその認識で概ね間違いないが、10体以上の集団になるとその危険性は桁違いに高くなる。
ゴブリンの本質は高い集団性と凶暴性を兼ね備えた危険な魔物であり、魔王や魔人が魔物の軍勢を組織する際に数に任せた先陣部隊を任されることが多いことも伊達ではないのだ。
そのことを理解しないで甘く見ていると手痛いしっぺ返しを食らうのである。
「敵も我々が待ち受けていることはまだ知らないだろう。ゴブリンは余程のことがない限りは群れの総出で襲撃することはない。必ず余力を残す筈だ。明日の襲撃は半数程度の勢力で来ると予測している。しっかりと備えていれば大丈夫だ」
グレイは隊員を見渡す。
明日は20体弱のゴブリンを5人で迎え撃たなければならない。
4人の隊員の中で実戦経験が無いのは配属されたばかりの1人だけであり、彼も訓練の成績は高いのだからアレックスにバックアップを任せれば問題ないだろう。
グレイは明日の夜に襲撃があること、村の女性が狙われていることをシスターや村人に伝え、警備方針を説明して協力を仰いだ。
明けて翌日は早朝から周到に迎え撃つ準備を進めていた。
今宵、この村が戦場と化すのである。