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綻びの始まり

 グレイ達142小隊は雪に囲まれた町外れの廃屋を周囲の森の木の陰に身を潜めながら包囲していた。

 今回の任務は新興教団に名を借りた人身売買組織の殲滅である。

 数ヶ月前から王国内において人身売買組織が暗躍しており、調査の結果、新興の宗教団体を隠れ蓑にした組織であることが判明した。

 今、グレイ達が包囲しているのはその末端の組織で商品となる人間の仕入れ組織の拠点の1つである。

 誘拐してきた人や他国から購入してきた奴隷がこの廃屋の地下に一時的に監禁されているのだ。

 商品故に飢えさせて健康を損ねるわけにもいかないらしく、この廃屋に監禁された者達は2、3週間の間に何れかに出荷されてゆく。

 グレイが得た情報によれば現在この廃屋に監禁されている被害者は6人、最初の1人目が連れ込まれてから既に2週間が経過したうえ、昨日からは廃屋を守る者の人数が増えている。

 出荷が近い証拠であり、その前にグレイ達はこの拠点を潰すつもりなのだ。

 現在拠点にいる組織の者は8名。

 武装しているとはいえ、グレイ達が圧倒的に有利であるが、人質を取られると状況は一変する。

 故にグレイ達は反撃の暇を与えない速攻による制圧作戦を試みようとしていた。


 周辺は森に囲まれているが、廃屋の周囲は切り開かれて遮蔽物がなく、奇襲を仕掛けるのは困難ではある。

 その廃屋の出入口を守るのは槍を持った男が2人だが、警戒についてから既に2刻が経過して集中力が切れてきたらしく、建物の周囲を警戒することもなく2人で出入口の前に漫然と立っている。

 グレイが傍らのシルファに目配せをすると、シルファは2本の矢を弓に番えた。

 142小隊には3人の弓士がいるが、一度に2つの目標を射抜く芸当ができるのはシルファだけである。

 シルファの分隊にいる若者は無難ではあるが、特筆すべき能力はない。

 エミリアは遠距離からの精密な狙撃や移動しながらの射撃をさせるとシルファ以上の能力を発揮するのだが、今回は見張りを2人同時に仕留める必要があるためにシルファがその役を担う。

 

 グレイと第1分隊が森から飛び出すと同時にシルファが矢を放つ。

 廃屋に向かって駆けるグレイの耳元を掠めて飛んだ2本の矢は寸分違わず2人の男の肩口に突き刺さった。

 呻き声をあげて倒れた男達を第1分隊の隊員が拘束し、その間にウォルフが出入口の扉を突き破り、グレイが中に突入する。


「聖務院聖監察兵団だ!動くな!」


 建物内に飛び込んだグレイが一喝した。

 建物内にいたのは武装した男が6名、グレイ達が把握している全員だが、油断していたのかグレイの鋭い声に虚を突かれて各々が固まっている。

 グレイはその隙を逃さずに後を追って突入してきた第1、第2分隊に男達の捕縛を命じた。

 男達が次々と拘束されていく中でその中の1人が一瞬の隙を突いて地下室への階段へ駆け出すが、グレイは特段慌てたりしない。

 窓ガラスを突き破って飛び込んできた矢が階段に向かって駆ける男の足に突き刺さる。

 森の木の上で弓を構えたエミリアが放った矢だ。

 グレイの作戦どおり、反撃の暇を与えず、僅かな時間で男達全員が捕縛されて地下に監禁されていた被害者を救出することができた。

 後は捕縛した男達を聖務監督官に、救出した被害者は衛士隊に引き継げば任務完了である。


 そんな任務に追われる日々を送る中でエミリアはグレイの行動に違和感を感じるようになっていた。

 ただ、グレイは任務に当たっては普段どおり真面目に、誠実に当たっているように見え、エミリアにもその違和感の原因が分からず、悶々とする感覚に苛まれていたのだ。

 その違和感が何であるか、エミリアが知るのはもう少し後のことになる。


 このところ、新興教団による人身売買絡みの任務が多く、142小隊は幾つかの末端組織や拠点を潰してはいるものの、組織の全容が解明できずにいた。

 しかしながら、人身売買が行われている手口や売買ルートが多岐に渡っており、確証は得られていないものの、被害者が東の連邦国の更に東にある帝国に送られている可能性が高いことは判明している。

 東の帝国で何が起きているのかは分からないが、その時には既にグレイ達も知らぬ間に世界で綻びが生じ始めていた。


 任務を終えて王都に帰還したグレイ達は休息を取る間もなく、次なる任務を受けることになった。

 王都に帰るなり中隊長であるケルビンに呼ばれたグレイはその執務室でイザベラからの任務を付与されることとなった。

 

 秋祭りの闘技大会から数ヶ月、お互いの任務の都合か、暫くの間姿を見ることが無かったイザベラだが、今日は普段着のドレス姿ではなく、聖騎士の制服姿だ。


「任務から帰ってきたばかりで申し訳ないのですが、私と一緒に来て欲しいのですの」


 心なしか急いでいるような雰囲気のイザベラ。


「一体何事ですか?」

「今から私と一緒に護送任務に就いていただきたいですの」


 イザベラの説明によれば、ある地方貴族が悪魔に襲われて命を落とした。

 その貴族の魂を清めるために遺体をシーグル教総本山に運び、そこで祝福を受けて埋葬する予定であり、そのために冒険者による護衛の下でシーグル教総本山に向けて遺体を搬送中であるが、その葬列も悪魔に狙われている可能性があるため、イザベラ達も護衛に向かうとのことだった。


「今は衰退したクロウシス家ですが、かつては国家とシーグル教に対して多大なる貢献を賜りましたの。その恩に少しでも報いるために私達も葬列護衛に向かいますの。その任務を貴方の小隊にも手伝って貰いたいのです」

  

 こうしてグレイ達はイザベラと共に没落した貴族の葬列護衛に向かうこととなった。

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