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祭りが終わって

 グレイが見上げると、先程の獰猛な美しさではない、普段の自信に満ちたイザベラの笑顔があった。


「流石ですのね。期待以上でしたわ」

 

 イザベラのその言いぐさにやはり格の違いを思い知らされた。


「勝つつもりで挑みましたが、まだまだでした」


 立ち上がりながら肩を竦めるグレイ。


「そんなことはありませんの。私、物凄くドキドキしましたのよ。貴方がサポートの彼女の力を投入していれば、もう少しだけ私を追い詰めたかもしれませんわ」


 エミリアのサポートがあっても「もう少しだけ追い詰めた」程度であり、イザベラはグレイに負けることなどまるで考えていない様子だ。

 グレイは剣を納めて槍を拾うとイザベラに敬礼して踵を返して歩き出す。


「隊長・・・っ!」


 健闘を称える歓声に包まれて会場を後にするグレイを正面から出迎えたエミリアは息を呑んだ。

 イザベラに敬礼して薄い笑みを浮かべて振り向いたグレイだが、歩き出して歩を進めるごとに表情が厳しさを増して殺気に満ちた鋭い表情になり、背筋を凍らせているエミリアの横を通過して無言で闘技場を後にした。

 グレイのその表情が何を表しているのか、イザベラに負けた悔しさなのか、勝てなかった自分の不甲斐なさに向けられたものなのか、次なる戦いへの闘志なのか、それとも別の感情なのか、エミリアには分からないし、グレイに聞くこともできない。

 ただ、あの闘技場の中でエミリアだけがその表情を目の当たりにしたのだった。


 無言で通路を歩くグレイの後をついて行くエミリア。

 控え室に入り、エミリアに振り返っグレイは普段の表情に戻っていた。


「流石に勝てなかったな」


 静かに呟いたグレイ。


「隊長、お疲れ様でした」


 エミリアはその一言しか言うことができなかった。


「ああ、エミリアもありがとう」


 グレイの言葉にエミリアは胸を締め付けられた。

 イザベラとの戦いに際して手を出さなかった自分の判断は間違えていない。

 しかし、グレイと共にイザベラに挑みたかった気持ちもある。

 自分が加わったところで結果は変わらなかっただろうが、それでも、グレイと共に戦って敗北したかった。


 ふと見ると、グレイの左腕、篭手がひしゃげてその下の袖が血で汚れている。


「隊長、左腕が」


 グレイは篭手を外した。

 イザベラに破壊された盾と篭手がグレイの左腕に傷をつけ、傷口から血が流れている。


「凄いな、あの人の本気の蹴りは。盾と篭手でも止められないなんて」


 傷ついた腕を感心したように眺めるグレイ。

 エミリアは傷薬を取り出してグレイの傷を治療し始めた。

 この程度の傷ならば治療の祈りの力を使えば簡単に治癒できるのだが、神の加護を求めないグレイの信念とは別にこの時のエミリアは自分の手でグレイの傷を癒やしたいと思った。


 その夜、小隊の詰所では例によってアレックス達が買い集めてきた食材と酒、イザベラの差し入れを並べての大宴会となった。

 準決勝で敗北したグレイとエミリアも翌日を気にしなくてよいので仲間達と酒を酌み交わした。


 翌日の闘技大会最終日、ネクロマンサーのゼロと聖騎士イザベラの対決は、それまで手出ししなかったヘルムントも参戦しての大激闘の末にイザベラの勝利で決着した。

 準決勝で敗れたグレイは同じく準決勝でゼロに敗れたオックスと共に大会第3位入賞となり、10万レトの賞金が支払われた。

 グレイの週の給金が隊長職手当て込みで平均8千から1万レト程度だから大金である。

 しかも、聖務院代表とはいえ、祭りのイベントの大会であることから聖務院からもその賞金を徴収されることもなく全額がグレイの手元に残った。

 そこでグレイはエミリアに3万レトを渡し、他に3万レトを小隊運営費に回した。

 そして残りの4万レトを水の都市にある自分が育った孤児院に寄付したのだった。

 グレイは育ててもらった孤児院への恩返しと孤児院で暮らす子供達のために国境警備隊の頃から給金の一部を孤児院への寄付を続けていた。

 限られたグレイからの寄付では孤児院の運営費を賄えるわけではないが、それでも多くの子供が暖かい食事と安全な寝床で眠ることができる手助けにはなっているのだ。

 因みに、グレイから3万レトもの大金を押し付けられたエミリアだが、当初は受け取りを固辞したものの、グレイが受け取る賞金の残りを孤児院に寄付することを聞き、考えを改めて賞金を受け取り、その全額をイフエール教下の教会が運営している孤児院や学校、治療院に寄付してしまっていた。


 盛大に開催された秋祭りも終わり、142小隊は再び任務に追われる日々に戻った。

 そんなある日、小隊詰所にクロウの訪問を受けた。

 平服姿で現れたクロウは小隊副官であるエミリアの同席すらも拒否し、グレイと2人きりの部屋である任務についてグレイに要請をしてきた。

 

「・・・というわけですので、貴方達の小隊に特にお願いしたいのです。中隊長には事前に話しを通してあります」

「・・・・」

「神の教えだけでなく、人道に外れることは承知のうえです。だからこそ貴方の副官にすら気取られてはいけません。このことを知るのは私と第4中隊長と貴方だけです」

「・・・・」

 

 クロウの要請は到底受け入れられるような内容ではなかった。

 しかし、グレイはその非道な要請に怒りを露わにすることも、表情を変えることもなかった。


「これは軍命と受けてよいのですか?」


 冷静にクロウの目を見据えながらグレイは問うた。


「そのように取ってください。確かに私は聖務監督官として行動しており、全て極秘に、私の独断で動いています。ただ、それ故に他の部隊を巻き込むような作戦計画の際にその部隊に責任が及ばないように、軍令による命令権を有しています」

「これほどの邪道です、私とて自分の責任から逃れるつもりはありません。ただ、小隊運用の責は私にあり、部下に咎が及ばないように確約をいただきたい」

「それについてはお約束します。諜報員の口約束など信用できないかもしれませんがね」


 何かを企むように笑みを浮かべるクロウ。

 そんな表情を見せられては逆に信用できないのだが、グレイの腹は決まっている。

 クロウの約束など無くとも小隊長の自分の指揮下で行われる作戦ならばその責任は全て自分に集約され、部下隊員に責任が及ぶことはないのだ。


「分かりました。今後の作戦においては貴方の要請に従った行動をします」


 これによりクロウだけでなくグレイは人道に外れた罪を背負うことになるのだが、2人の男はその全てを覚悟のうえで闇の中に足を踏み出した。

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