準決勝 イザベラとの対決へ
大会5日目、準決勝が行われる。
グレイとイザベラの対戦は午後の予定だが、グレイは午前中から控え室に入って心身の準備を整えていた。
闘技場ではゼロとオックスの対戦が繰り広げられているようだが、グレイは自分の対戦に向けて集中しており、傍らにいるエミリアもグレイの邪魔をしないように気を配っている。
しかし、そんなことはお構いなし、試合の対戦相手だというのも気にせずにグレイの控え室にイザベラがやってきた。
今日の出で立ちも聖騎士の制服姿だが、なんと件のバスケットを手にしている。
「差し入れですのよ」
イザベラはバスケットをグレイに押し付けた。
「イザベラさん、今日は私との対戦ですよ?」
さすがに呆れたようなグレイだが、例によってイザベラは気にしない。
「私、そんなことは気にしていませんの」
笑みを浮かべながら話すイザベラからは戦いに挑む緊張感など微塵にも感じられない。
グレイは格の違いを思い知らされた。
バスケットを受け取ったグレイはイザベラに頭を下げる。
「ご馳走になります。戦いの後でいただきます」
グレイの言葉にニッコリと微笑んだイザベラだが、一転して真剣な表情を見せた。
「本気で掛かっていらっしゃい。私も本気ですの。手加減なんてしませんのよ」
グレイも頷いた。
「望むところです。勝ちにいかせて貰います」
グレイの返答を聞いたイザベラは満足そうに頷いた。
「お互いに死力を尽くして戦いましょう」
退室するイザベラと見送るグレイ。
その2人の雰囲気を目の当たりにしたエミリアは一言も発することができなかった。
いよいよ準決勝第2試合が始まる。
第1試合のゼロとオックスの対決は激闘の末にゼロが勝利したようだ。
これから始まる第2試合の勝者が明日の決勝戦でゼロと戦うことになる。
グレイは聖監察兵団の制服である軽鎧に青色のコートを纏う。
加えて普段はあまり被らない兜を被り、左の篭手には小型の盾を取り付け、両足にはレッグガードを装備する。
そして、腰にはミドルソードを帯び、槍を手にする。
聖監察兵団としては一番の重装備だ。
対象的にサポートのエミリアは防御の必要がないので制服の上に青色のコートを着ただけの軽装備。
長弓を手にしているが、矢筒の中には数える程の矢しか入っていない。
2人は控え室を出て闘技場へと向かった。
第1試合の興奮も覚めやらぬままの闘技場は大歓声に包まれていた。
142小隊の隊員も全員が小隊長の戦いを見届けるべく観客席に陣取っている。
そんな中で道化の姿の獣人の娘の口上が始まった。
「皆さんお待たせしました!準決勝第2試合です。西の門から入場は、戦場を華麗に舞い、他者を寄せつけぬ圧倒的な強さで勝ち上がってきた戦乙女!聖務院聖騎士団の最精鋭、イザベラ・リングルンド!サポートは同じく聖騎士のヘルムント・リッツ。なんとここまでヘルムントはサポートでありながら、イザベラにはサポートは不要と言わんばかりに何も手出ししていない!」
歓声に包まれてイザベラとヘルムントが入場した。
青い聖騎士の制服に白銀の鎧、羽根飾りをあしらった女性聖騎士の正装で、口上のとおり戦乙女のようだ。
背後に続くのは司祭服を身に纏ったヘルムント。
「続いて東の門から入場するのは!神を信じない神官戦士!信じるのは己のみ。その信念を貫いて勝ち上がってきた!聖監察兵団の力を底上げしたその実力は本物だ!聖務院聖騎士のイザベラに挑むのは聖務院聖監察兵団小隊長グレイ!サポートはグレイ小隊長の副官、グレイとの息はピッタリの弓士、エミリア・リニック!」
グレイは静かに闘技場に上がった。
対面には自信に満ちた表情のイザベラ。
「お待たせしました!準決勝第2試合、前代未聞の聖務院代表同士の対決だ!試合開始です!」
試合開始の合図と共にイザベラはサーベルを抜き、グレイは静かに槍を構えた。
その様子を見たエミリアはグレイが本気であることを確信した。
グレイは生粋の軍人あるが故に戦いの場で手を抜くようなことはしないし、常に本気であるが、その度合いが違う。
グレイは困難な任務を前にして自分の闘志が高まると極めて冷静になる。
それはグレイの元来の性格によるものもあるが、部隊指揮官であるが故に困難な状況に直面すると部下を守るためにより冷静さを求められるからでもあるだろう。
そんな時のグレイを例えるならば風一つ無い湖の水面のようだ。
今、グレイは静かに槍を構えて落ち着いた表情で、それでいて鋭い視線でイザベラを見据えている。
「凄く感じますわ、貴方の気持ちが。ピリピリと痛い程にね。私を倒す、いえ、殺そうとしていますのね。それ程までの貴方の気持ち、凄く嬉しいですの。それでこそ、私が見込んだ男ですわ」
グレイを前にして心底嬉しそうに、愛おしい相手を見るようにイザベラは笑う。
イザベラの背後ではヘルムントが杖を置き、胡座をかいて座り込んでいる。
やはりこの試合でも手出しするつもりは無いようだ。
それを見たエミリアは弓と矢筒を置き、こちらも手出しするつもりが無いことを示す。
グレイの指示を受けたわけでもないが、本気の戦いに挑むグレイとイザベラの邪魔をしたくなかった。
そして、副官としてグレイがそう望んでいると信じていた。
「貴方の副官も最高ですのね。さあ、これで私達の邪魔をする者は誰もいません。2人だけの戦いを楽しみましょう。私の本気を受けて見せなさい!」
イザベラはサーベルを構えて駆け出した。