グレイの戦い、1回戦決着
開始の合図と共に一気に間合いを詰めたグレイは剣士めがけて槍を繰り出した。
予想外の速攻に反応が遅れた剣士だが、そこは優秀な冒険者である。
間断無く襲い掛かるグレイの切っ先を危なげなく捌きながらグレイの実力を見極めている。
短期決戦に持ち込むつもりか、と判断した剣士だが、グレイの狙いはそれだけではない。
2人の間合いが近過ぎるうえにグレイはサポートの魔導師と剣士の直線の延長上に位置しているので魔導師が援護出来ずにいるのだ。
魔導師が魔法の射線を確保しようと位置を変えればグレイも巧みに位置を変える。
最前線の乱戦の中で常に周囲に気を配り、部下を指揮してきたグレイにしてみれば、目の前の剣士と背後の魔導師にだけ注意を払うことなど雑作もないことだ。
2人だけでクエストを乗り越えてきた冒険者の剣士とは実戦経験の質が違う。
加えて剣士は目の前のグレイの背後で矢を番えて弓を引き絞り狙いを付けているエミリアの姿が目に入る。
実際のところ、エミリアも矢を放つことが出来ずにいるのだが、それでも一瞬の隙を狙う鋭い視線が剣士の判断を更に誤らせて、徐々にグレイの術中にはまってゆく。
「くっ!そういうことか!」
下手に魔法の援護を受けようものならば自分も巻き込まれてしまう。
グレイの思惑を悟った剣士は気持ちを切り替えた。
剣の腕には絶対の自信がある、真っ向勝負でも負けはしない。
剣士も反撃に転じた。
ロングソードは槍よりも間合いが近い、剣士はグレイの槍の間合いの内側に飛び込んだ。
グレイの懐に飛び込んだ剣士だが、待ち受けていたのは槍を翻した石突による腹部への一撃。
「グッ!」
たまらずに息が詰まるが、この程度で隙を作る程に未熟ではないし、グレイもそんなことは期待していない。
間合いが近すぎて剣を振る暇はない。
膝を振り上げてグレイの顎を狙うが、その膝がグレイを捉える直前、グレイが横に飛んだ。
膝蹴りは空を切ったが問題はない、即座に剣による追撃を、と思った剣士の目に写ったのは、射線が開いた先で自分を真っ直ぐに狙う弓士。
ハーフエルフの弓士の鋭い目が眼鏡越しに真っ直ぐに自分を見ている。
放たれる矢を払う!問題はない、まだ体勢の立て直しは間に合う。
しかも、弓士の射線が開いたということは、相棒の魔導師にも援護の機会が生まれたということだ。
背後では彼女の魔力の高まりと解放を感じる。
彼女の得意技、百発百中の炎の矢だ。
次の瞬間、グレイが剣士の襟首を掴んで強引に引き寄せて剣士の身体を盾にした。
「ヤバいっ!」
「うそっ!?」
剣士が魔法防御を取り、魔導師が魔法を無効化する。
間一髪、味方打ちは避けられたが、手遅れだった。
襟首を取られた剣士は腕を取られ、膝を折られて組み伏せられ、地面に押し付けられた顔の横に槍が突き刺ささる。
軍隊式の制圧術が完全に決まり、身動きが取れない。
「・・・参った」
剣士が降参を宣言した。
一瞬の沈黙の後に会場に響き渡る獣人の娘の声。
「勝負あり!勝者、聖監察兵団のグレイ!」
会場が歓声に包まれた。
グレイは制圧していた剣士を解放して手を貸して立たせてやる。
「参りました。自分の未熟を痛感しました」
素直に負けを認める若者にグレイも笑いかける。
「いや、私の方が姑息だっただけさ」
「姑息だなんてとんでもない。戦いの場は勝つか負けるか、生きるか死ぬかの世界です。手段を選んではいられません。僕は自分の力を過信して、うぬぼれていたんです。それを思い知らせてくれただけでも感謝しています」
2人は固い握手をして互いに背を向けて闘技場を後にし、その2人に会場からは惜しみない拍手が送られていた。
控え室に戻ると当然の如くイザベラが待っていた。
「勝って当然とはいえ、まあまあの結果ね。2人の連携もなかなかですわね」
イザベラの評価にグレイとエミリアは素直に頭を下げる。
「因みに、聖監察兵団の出場者が初戦を突破したのは4年ぶりですの。不甲斐ないったらありませんの。だから、グレイには更に勝ち進んでもらって聖監察兵団の名誉挽回に努めてもらいたいですわ」
「最善を尽くします」
笑顔で話すイザベラにグレイは苦笑いで答えた。
「表情が気に入りませんが、まあいいですわ。勝ち上がってきなさい」
言い残してイザベラは退室する。
控え室にはグレイとエミリアとイザベラのバスケットが残された。
「隊長、どうしますか?」
傍らでグレイを見上げるエミリア。
「詰所に持って帰ってご馳走になろう。さすがに腹が減ったよ」
「はい、そうしましょう。私もお腹が空きました。私なんか、闘技場の外から矢を1本しか射ていないのに凄く緊張して疲れてしまいました」
グレイの言葉にエミリアも笑顔を見せた。
2人が詰所に帰ると待っていたのはアレックス達小隊の面々だ。
買い集めてきた食べ物を詰所の打ち合わせ用のテーブルに並べている。
ただでさえ狭い詰所に小隊員の大半が集合したただけでなく、初戦突破の興奮も覚めやらぬため凄い熱気だ。
「流石ですね隊長!」
「うむ、小隊長殿の部下でいることが誇らしいですぞ!副官殿の一撃も見事なタイミングだった」
「あっ、あの。凄く、感動しました。私、嬉しくて、飛び上がって喜んでしまいました」
祝福に囲まれて初戦突破の祝いと2回戦以降の前祝いと称した宴会が始まる。
当然ながら明日も試合があるグレイとエミリアは蚊帳の外。
「こいつら、何か理由を見つけて飲みたいだけじゃないのか?」
「そうかもしれませんね」
果実水を飲みながらイザベラのサンドイッチを手にグレイとエミリアは呟いた。




