闘技大会開幕1
「なぜ私が闘技大会に?」
王都で行われる闘技大会は国中の各機関の腕自慢が集まって互いの技を競い合う秋祭りの目玉行事だ。
当然ながら誰でも出場できるわけではない。
出場資格は冒険者は銅等級以上の上位者に限られるが、大会のバランスを保つために英雄や勇者と呼ばれる金等級以上は出場できないし、軍隊はある程度の実績を有する者に限られている。
「貴方は聖監察兵団に転属してきてから数多くの実績を重ねましたの。更に国境警備隊での実績を加えれば、出場資格を十分に満たしていますのよ」
不思議そうに話すイザベラだが、グレイが言いたいのはそんなことではない。
「いや、資格がどうのこうのではなく、私は大会になぞ出るつもりは・・」
言いかけたグレイの言葉をイザベラは鋭い視線で遮った。
「貴方が出たくないとかは関係ありませんの。この闘技大会、毎年聖監察兵団の生え抜きの隊員が出場していますけど、際立った成績を残せていませんの」
「だったらイザベラさんや聖騎士の方々が出場すればいいのではありませんか?それこそ優勝を狙えますよ?」
「嫌ですのよ。疲れてしまいますもの」
イザベラはそっぽを向く。
「まあ、とりあえず私は遠慮させていただきますので他の隊員を」
「あら、もうダメですのよ。貴方のエントリーは済ませてしまいましたもの」
「そんなっ!」
「だから、聖務院の代表として頑張ってくださいまし。無様な戦いを見せたら許しませんのよ」
言い残してイザベラはグレイの抗議に耳を貸すことなく去ってしまった。
そんな2人のやり取りを副官のエミリアは黙って聞いていた。
イザベラが去り、執務室内にはグレイとエミリアだけが残される。
「隊長・・・頑張ってください」
憐れむようなエミリアの声を聞いてグレイは肩を落とした。
グレイの闘技大会出場を聞いた小隊員はやけに機嫌がよい。
「小隊長殿、聖務院と142小隊の名誉のために頑張ってください」
「あのっ、皆で応援に行きます」
ウォルフやシルファも浮ついているように見える。
グレイが首を傾げているとアレックスが笑いながら事情を話す。
「例のイザベラとかいう聖騎士が俺達に言ったんですよ。小隊長が大会に出るから開催期間中は任務は無いので隊員は休暇だ、って。皆、秋祭りを満喫できるから楽しみにしているんですよ」
グレイは愕然とした。
外堀を完全に埋められている。
部下の隊員が休暇を楽しみにしている以上、適当な理由を見つけて逃げ出すわけにもいかない。
「クソッ、裏切り者達め」
グレイの逆恨みの言葉をアレックス達は笑顔で跳ね返した。
「ところで、サポートはどうするんですか?」
アレックスが思い出したかのように訊ねる。
闘技大会では戦いの演出のため、出場者を援護するサポート要員の出場が認められている。
魔法でも弓矢でも、遠隔攻撃や防御の援護ができ、サポート要員の有りと無しでは戦いの流れが大きく変わる。
当然ながらサポート要員がいる方が圧倒的に有利だ。
例えばグレイの小隊には弓を装備している隊員がいるが、その誰かをサポートに入れれば勝算は格段に上がる。
「とりあえず私1人でいい」
出場するからには手を抜くつもりはないが、だからといって結果にこだわるつもりもない。
全力で戦って勝てばいいし、負けてもそれでいいのだ。
それに、折角の休暇だ、隊員達には秋祭りを満喫してもらいたい。
そんな理由で大会には1人で出場しようと思ったのだが、ふと気が付けば、目の前でエミリアとシルファが何やらボソボソと話し合い、仕舞いにはジャンケンをしている。
そして2人のジャンケン勝負に勝利したエミリアがグレイの前に立つ。
「私がサポートで出場します!」
「えっ?」
「祭りのイベントとはいえ、本気の戦いの場に隊長1人で行かせるわけにはいきません。とはいえ、アレックス、ウォルフ両分隊長はサポートにはなれません。我が小隊でサポートに出られるのは弓を装備する私かシルファ分隊長、他に1名しかいません。そしてたった今、公平なる話し合いの結果、私が出場することが決まりました」
(公平っちゃ公平だが・・・)
「何かご不満でも?」
「いえ・・・」
グレイはイザベラに押し切られて大会に出場することになり、今度はサポート出場をエミリアに押し切られる。
自分の意志の弱さを痛感した。
いよいよ、秋祭りが始まり、闘技大会が近づいてきた。
「なんだこれ?」
闘技大会の出場者名簿とトーナメント表を見たグレイは素っ頓狂な声をあげた。
出場者は全部で32名、グレイの初戦は2日目、1回戦の最終戦だ。
1回戦は草原の都市の冒険者、銅等級の剣士と魔導師のペアだが、グレイが驚いたのはそこではない。
公開された名簿に聖騎士団の聖騎士イザベラ・リングルンドの名がある。
「イザベラさん、大会に出ないんじゃありませんでしたか?だから聖務院代表を私に押し付けたのでは?」
142小隊詰所の来客用の椅子に腰掛けて優雅?にお茶を飲むイザベラに問い掛けた。
この来客用の椅子もイザベラが頻繁に訪ねてきてその都度グレイの席を占領されるためにエミリアが用意した、言わばイザベラ用のものだ。
「事情が変わりましたの。いささか因縁のある方が出場することが分かりましたので急遽私も出場することにしましたの。でも、その方と戦うためには決勝まで勝ち進まなければなりませんのよ。骨の折れることですわ」
言葉とは裏腹に全く緊張感を感じないイザベラ。
自分が決勝まで勝ち上がることに何も疑いを持っていないようだ。
グレイはしみじみとトーナメント表を見た。
(その相手が誰のことか分からないが、互いに順当に勝ち上がると準決勝で私とイザベラさんが当たるじゃないか・・・)
自分の決勝進出を疑っていないイザベラ、同じ組にいるグレイのことも眼中にない様子だ。
グレイの横ではエミリアが呆れ顔でグレイとイザベラを見ていた。
エミリアがイザベラのことだけならばともかく、自分のことまで呆れ顔で見ていることには納得がいかない。
そうは思っても口には出せないグレイだった。