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イザベラの無茶振り

 グレイは足下に倒れるゴルドン神官の亡骸を見下ろしていた。

 如何に信仰心が深く、徳の高い神官だったとしても、死してなお悪魔に肉体と魂を奪われたということは少なからず信仰に背くような心の隙があったのだろう。

 それが何であったのか、グレイには分からないし知るつもりもない。

 結果としてゴルドンが死に、その背後に悪魔がいたという事実が判明したならば今回の任務は表面上は達成したと判断してもいいだろう。

 仮にゴルドンの背信行為の事実を調査して暴いたところで責を負うべきゴルドンはもういない。

 後は他に加担していた者の存在の有無について調査して何もなければそれで終わりだ。

 グレイは哀れな神官の亡骸に対して踵を揃えて敬礼した。

 それがグレイのせめてもの手向けだった。

 グレイの姿を見た隊員達もそれぞれの宗派での祈りを捧げている。

 そんな中でエミリアがグレイの傍らに立った。


「隊長、肩の傷が思いの外深いようです。あまり強くはありませんが、治癒の祈りを」


 エミリアの申し出にグレイは首を振った。


「いや、祈りはいい。通常の治療だけで大丈夫だ」


 グレイの言葉にエミリアの目が三角になる。


「何を言っているんですか?」

「いや、神を信じていない私がこんな時ばかり神の加護を受けようなんて虫が良すぎるだろう?私自身、信じていない神に助けを乞おうとは思わんしな」

「はあ?失礼ながら隊長、貴方はバカなのではないですか?そもそもイフエールに限らず、シーグルもトルシアも神は寛大であられます。信じていないからといって救いの手を差し伸べることを拒むようなことはありません!」

「バカ、か。そうだろうな。でもまあ、それでいいのさ」

「ならばお伺いしますが、先の戦いで第2分隊が行使した退魔陣や私が矢に乗せた加護も、神の御力によるものです。それを隊長の指揮の下で行ったのです。そのことと何か違いがありますか?」


 ムキになって詰め寄るエミリアにグレイは肩を竦めた。


「違い・・か。大差は無いように感じるかもしれないが、1つ大きな違いがある。退魔陣もエミリアの矢も悪魔に向けられた戦闘の手段ということだ。戦闘手段に限らず、私でない誰かに向けられるもの、例えば、他の隊員や市民が怪我を負っていて、彼等を助けるためならば俺は迷うことなくエミリアに治癒の祈りを命じるさ。だが、その力は俺に向けられるべき力ではない。ということだ」


 エミリアは心底呆れたような表情を浮かべた。


「重ねて失礼ながら、隊長は間違いなく大バカ者です!」


 エミリアの言葉を聞いたグレイは笑みを浮かべた。


「まあ、いいじゃないか」


 そんなグレイにエミリアはブツブツと文句を言いながらも携帯していた治療薬を取り出してグレイの傷を治療し始めた。


「言っておきますが、私にしてみたら治癒の祈りよりも通常の治療の方が手間なんですからねっ!それに、緊急の場合は隊長の承諾無しで祈りの力を行使しますからね」

「そうならないように努力するさ」


 その後、グレイ達はゴルドン神官の背後の黒幕の存在について調査したが、その存在を裏付けるものも認められなかったため、ゴルドン自身が悪魔に誑かされたものとの結論づけた。

 そのうえで街の人々に事情を説明したところ、悪魔に支配された件はともかく、それ以前には真面目で献身的だったゴルドンの人となりから人々もゴルドンを街の墓地に埋葬することを受け入れてくれた。

 かつては教会のシスターだった経験を持つエミリアがゴルドンの埋葬を取り仕切り、142小隊の隊員達と街の人々に見送られてゴルドン神官は手厚く葬られた。


 王都に帰還したグレイの報告を受けた聖務院は142小隊の作戦結果を高く評価すると共に、ゴルドンの名誉が守られることと、かの教区に新たに優秀な神官を赴任させることを決定した。

 小隊の功績が高く評価されたとはいえ、グレイ達は聖務院という国の機関に所属する役人であり、給金に多少の手当てが付く程度で厚く報いられるわけではないどころか、僅かな休暇の後に直ぐに次の任務が付与されるのである。


 その後、幾つかの任務を遂行し、秋も深まりつつある中で任務を終えて束の間の休息を得たグレイ達。

 そんなある日、小隊の詰所にイザベラの訪問を受けた。

 詰所に現れたイザベラはやはり優雅なドレスにサーベルを帯びたいつものスタイルだ。


(この人はどれだけドレスを持っているんだ?)


 女性の扱いに疎いグレイでもイザベラに会う度に彼女が違うドレスを着ていること程度は気が付いていた。


「何か仰りまして?」

「いえ」


 相変わらず人の心を読んでいるのではないかと思う程に勘の鋭いイザベラはそれでいて満面の笑みを浮かべている。

 グレイの心の警鐘が鳴り響く。

 イザベラが来るとろくなことがない。

 目の前で笑顔を浮かべている今も何を企んでいるか分からないのだ。


「そんなに警戒しないでくださいまし」

「警戒なんてしていません」


 無駄と分かりながらも一応は否定するグレイ。


「グレイ、秋ですわね?」

「そうですね」

「秋といえば、秋祭りですわね?」

「そうですね」


 イザベラの笑顔にグレイの警戒が最高潮に達する。


「貴方も数々の実績を積みましたわね?」

「そんなことはありません」

「そんな貴方を見込みまして、いい話しがありますの」

(絶対にいい話しではない)

「何か?」

「いえ・・・」


 イザベラがグレイに歩み寄る。

 グレイは蛇に睨まれた蛙のように身動きができない。


「そんな貴方を見込みまして、秋祭りの闘技大会に聖務院代表で出場していただきますの」


 満面の笑みのイザベラがまた無茶なことを言い出した。

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[良い点] ゼロと会いそうで会わないなw
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