強行監察1
142小隊が編成され、最初の任務は東の国境沿いにある街の教会の調査だった。
この教会には1人の老神官が赴任しているのだが、この神官にある疑惑が掛けられているらしく、その教会と神官に対する調査を命じられたのだった。
「疑惑って何の疑惑ですか?」
任務伝達のために詰所に集まった3人の分隊長を代表してアレックスがグレイに質問する。
「件の教会の神官は元々は真面目で信仰心も高く、街での評判も良かったらしい。しかし、ここ数ヶ月、教会から報告される収益が著しく低下しているうえ、人が変わった様に教会での勤務態度が悪くなったようだ。聖務院からはお布施の横領、職務怠慢等の疑惑が掛けられている。そこで、我々の小隊で教会とその神官に対する調査というか、監察を命じられた」
グレイは聖務院役人である中隊長から示達された命令を分隊長達に説明する。
「あ、あのっ、そういうことは聖務院の調査部門や、聖務監督官の仕事ではありませんか?」
シルファが首を傾げる。
「秘匿調査ならばそうだろう。しかし、我々聖監察兵団も聖務院内部の犯罪を取り締まる権限を有している。今回の件は牽制を目的とした立ち入り監察だから我々の小隊が受け持つことになった」
グレイが説明する。
「しかし、聖監察兵団が小隊規模で当たるというのは些か解せませんな。荒事が想定されているのでしょうな」
ウォルフの言葉に他の2人の分隊長も同意する。
「確かに、辺境の教会の神官に対する監察に1個小隊、それも新編されたばかりとはいえ他の通常編成の小隊でなく我々が任されたということは、そういうことだろうな。しかし、聖務院でも詳細は掴めてないらしいから慎重に対応しよう」
グレイの言葉に3人の分隊長は踵を鳴らして敬礼した。
その後、出動準備を整えたグレイ達は直ちに王都を出発した。
目的の街の手前、歩いて半日程の位置にある小さな村に到着した142小隊はその村の集会所を借り上げて一時待機することにし、アレックスとシルファの両分隊長と第2分隊の若い隊員を件の教会へ偵察に向かわせた。
平服に着替えて旅人を装った3人は翌日の昼過ぎには戻ってきた。
集会所の中の小部屋にグレイと副官のエリミア、3人の分隊長と偵察に出た若い隊員が集まり、教会の様子について報告を受ける。
他の隊員は集会所の広間で休息を兼ねた待機中だ。
「目的のシーグル教会は街の外れにありましたが、周囲は荒れ放題でとてもではないが神官が管理しているとは思えません。街の住人に聞いても最近は日中に神官の姿を見ることは無いそうです。それでありながら夜になると何やら活動を始めるとかで、街の住人も不審に思っていますね」
アレックスの報告を受けてグレイは考え込む。
グレイの小隊が差し向けられただけの任務ではありそうだ。
「やはり、何か異常なことが起こっているな」
グレイの考えを裏付けるようにシルファの報告が続く。
「あの、礼拝を装って教会に行ってみたところ、教会内も掃除がされていないようで荒れていました。対象の神官にも会ってみましたが、表向きは人が良さそうな様子でしたが・・・何か、ちょっと雰囲気が、変というか、気持ち悪いというか・・・。それに、なんだか香りの強い香のようなものの匂いが充満していました」
そう言ってシルファはグレイにハンカチを差し出した。
「教会にいるときにさり気なく手に持っていて教会内の匂いを染み込ませてきました」
シルファから受け取ったハンカチの香りを嗅いでみれば、確かに香のような香りがする。
グレイの横でハンカチの香りを嗅いだエミリアが顔をしかめる。
「これは、教会で行われる葬儀の際に使われる香の一種です。遺体の腐臭を打ち消すために使われるものです」
小隊で唯一教会での勤務経験のあるエミリアが説明する。
「その教会で葬儀が行われる予定は?」
グレイの質問にアレックスとシルファは揃って首を振った。
「それはありませんね。最近は住民も気味が悪くて教会には近づいていないようです」
「それに、教会の祭壇にも棺等はありませんでした」
2人の話しを聞いてグレイの嫌な予感がどんどん大きくなる。
「これは、荒事になるとしか考えられませんな」
ウォルフもグレイと同じ考えのようだ。
こうなると最悪を想定して行動をする必要がありそうだ。
グレイは考えうる最悪の事態を分隊長達に説明し、明朝夜明けと共に監察の立ち入りを強行することに決めた。
「想定が正しければ間違いなく激しい戦闘になるから完全装備で事に当たる。絶対に油断しないように!小隊は今から休息をしっかりと取り、夜陰に紛れて出発する。夜明けと共に一気に教会に突入する」
グレイの命令を受けた3人の分隊長達は各隊員に命令を伝達すべく退室していった。
部屋にはグレイとエリミアが残る。
「小隊発足と同時に大変な札を引かされたな」
グレイの言葉にエミリアが頷く。
「小隊の半数は経験不足の新隊員です。大丈夫でしょうか?」
「それを何とかするのが小隊指揮官の役目だよ」
それを聞いたエミリアが笑みを浮かべた。
「その指揮官を補佐するのが私の役目ですね。全力を尽くします!」
グレイは小隊長として、エミリアはその副官として、そして分隊長以下全員が142小隊の隊員として、初めての作戦の時が近づいていた。