邪教団の儀式を急襲せよ1
儀式が行われる新月の当日になるもグレイ達は新たな情報を得られずにいた。
それも聖監察兵団が行動していることを邪教団に気取られないために調査活動が消極的だったためであるが、これもグレイの想定の範囲内であった。
そのうえで、今まで突入作戦に選抜された衛士や冒険者にすら秘匿していた情報だが、突入を今夜に控えて各員に通知する時がきた。
事情も分からずに早朝から冒険者ギルドに集められた者達は目の前に立つ平服姿のグレイのことを訝しげに見ている。
グレイの左右には衛士隊長とオックスとリリスが立つ。
「お集まりの皆さん。私は聖務院聖監察兵団のグレイと申します。聖務院から密命を受けてこの場に来ました」
聖監察兵団の名を聞いて集まった者達にざわめきが広がる。
グレイはその様子をじっと見ながらざわめきが収まるのを待った。
「今日の夜、この都市で生け贄の女性を捧げた邪教団の儀式が行われる模様です。我々はその儀式を阻止するために出動してきました。皆さんに協力を求めます」
グレイの説明に集まった全員の眼の色が変わった。
森の都市の衛士や冒険者として邪教団の存在を知りながらも手出しができず、はがゆい思いをしてきたのだろう、全員が闘志に満ちた表情だ。
グレイは突入作戦の概要を説明する。
衛士隊と冒険者ギルドから選抜された隊員は合計34名、それにグレイの分隊5人が加わり総勢39名、そして都市内にあるシーグル、トルシア、イフエールの各教会から神官が派遣されて負傷者の救護に当たる。
施設への突入はグレイ達聖監察兵団、衛士10名、オックス以下冒険者5名が担当する。
他に衛士隊長以下10名、冒険者5名が施設周辺を封鎖して逃げ出した教徒等の捕縛を受け持ち、弓を装備したリリス以下4名は周辺の建物の屋上に位置し、高所からの警戒に当たる。
集まった者達は邪教団に気取られないように作戦決行のその時まで冒険者ギルドで準備をしつつ待機することとし、その間にグレイ達も突入に備えて聖監察兵団の制服に着替えていたが、リリスとフリッツだけは施設周辺の警戒と偵察に向かった。
準備を終えたグレイ達は偵察に出たリリス達からの知らせをじっと待つ。
待ち続けて太陽も西に傾き、日暮れまであと1刻足らずとなったその時、フリッツがギルドに戻ってきた。
「教団施設に次々と教徒が集まっています。数は40名を超えました!」
「生け贄の娘は?」
「確証はありませんが、ローブを着て虚ろな足取りの女性が2人、教徒に囲まれて施設に入りました」
グレイは立ち上がった。
「作戦を決行します!全員直ちに出動!私達に続いてください!」
グレイの号令の下、その場にいた全員がグレイ達聖監察兵団に続いて冒険者ギルドを飛び出した。
制服に着替える暇のなかったフリッツも平服の上に軽鎧を着装し、青色のコートを羽織ってハルバートを持つ。
教団施設まで走れば四半刻もかからない。
「敵の意表を突くために事前に態勢を整える暇はありません!施設に着いたら突入班はそのまま施設に突入!被害者の娘の保護を最優先にしつつ教徒を捕縛します!」
都市内の大通りを30名以上の武装した集団が駆け抜けて行く姿に人々は仰天するが、グレイ達はそんなことは意に介さずに教団施設へと一直線に駆け抜けた。
やがて貧民街を抜けて目標の教団施設が見えてくる。
施設の前では2人の教徒が警戒に当たっており、施設に向かってくる武装集団の先頭を走るグレイ達聖監察兵団の姿を見て状況を悟ったようだ。
慌てて施設内に知らせようとするが、近くの建物の屋根の上から放たれたリリスの矢を受けて2人同時に倒れた。
「一気に突入せよ!」
グレイは倒れて呻いている教徒を飛び越えて扉を蹴破って建物内に飛び込んだ。
後方では倒れた教徒が衛士に捕縛されている。
建物内に飛び込むと中は倉庫のようであったが、奥には地下に降りる階段があった。
グレイ達がその階段を駆け下りると地下には禍々しい祭壇を取り囲むように数十名の教徒達が集まっており、祭壇の上には娘が2人、薬物か香の影響か、虚ろで焦点の合わない目で跪かされている。
その背後には髑髏を模した仮面を被った男?が2人、邪教団の司祭のようだ。
短剣を持って何かを唱えている。
「聖務院だっ!生け贄を捧げる宗教儀式は違法だ!抵抗することなく投降しろっ!」
グレイが一喝し、突入隊がなだれ込んでくるとその場は大混乱に陥った。
武器を手に抵抗する者、逃げ出す者が入り乱れた混乱の中、グレイとオックスは教徒達を蹴散らしながら祭壇に向かう。
祭壇の上の司祭は混乱の最中でも祈りの儀式を続けており、やがて短剣を高く翳す。
「止めろっ!」
グレイの声は混乱の喧騒にかき消される。
「奴ら娘を殺す気だ!」
オックスが叫ぶ。
このままでは間に合わない。
グレイとオックスは同時に動いた。
グレイはハルバートを、オックスは戦鎚を、剣を掲げる司祭に向けて投げつけた。
「おりゃあっ!」
オックスの投げた戦鎚は祭壇の上の司祭の頭部を粉砕し、グレイの投げたハルバートはもう1人の司祭の腕に突き刺さり、後方へ吹き飛ばした。
その間にグレイとオックスは祭壇の上に飛び上がる。
「オックスさんは被害者の保護をお願いします!」
倒れた司祭を捕縛しながら叫ぶグレイ。
頭部を粉砕されたもう1人の司祭は助かる筈もない。
オックスは続けて祭壇に上がってきた衛士と共に被害者を保護している。
生け贄の儀式を阻止することには成功した。
後は教徒達の制圧である。
「儀式は阻止したっ、これ以上の抵抗は無意味だ!抵抗を止めろ!抵抗するならば容赦はしない!」
祭壇の上でグレイは声高らかに叫んだ。




