第80話電話
着信…
私は若干痛む頭でスマホの画面に目を落とす。
「…三島莉緒那…」
私は画面に表示されたその名前を呟いた。
朝の静かな時間にスマホの着信音は目立つ。
私は電話にでる。
「はい」
「美月ちゃんの携帯でいいのよね?朝早くに悪いわね?」
電話から聞こえてくる三島莉緒那の声はとても実年齢が86歳の老婆だとは思えないほど若々しい。
『まあ、今の医学は声帯の移植も可能だからね。そこそこ高いけど』
聞いてもいないのにそんな情報を私の脳内に送ってくるホープ…
そんな情報はいらない。
そんなのする予定もないし…
「いえ、起きていたんで大丈夫です」
言いながら私は若干二日酔いが残る頭をフル回転させる…
三島莉緒那との会話は間違っても侮っていいものではない。
少しでも気を抜けば足元を掬われかねない…
「あら?若いっていいわね?歳をとると夜が弱くなってダメだわ。その分朝は強いんだけどね?」
どこまで本当かわからない。
三島莉緒那が私を最初に襲撃してきたのはたしか真夜中だった。
そもそもこれは、三島莉緒那の話術の部類だろう。
世間話から私の警戒を解くことを狙っての…
『そこまで警戒はしなくていいと思うよ?三島莉緒那が他者の心を見透かしているなんて言われていたのは、60代ぐらいまでの話だし…。まあ、さすがに全ての能力を失ったわけじゃないだろうけど…』
いや、警戒するでしょ?
心が読めなくなったって化け物がヤバイ人間に戻っただけでしょ?
百戦錬磨の修羅場を潜り抜けてきた経験豊富な詐欺師だ。
『まあ、私がついてる限り劣化した三島莉緒那ごときに遅れはとらないよ』
ホープは自信たっぷりにそう答えた。
これで多少は安心できるか?
「まあ、若い子と楽しくお喋りしてるのは、あたしも若返った気分になるから悪くないんだけど、美月ちゃんは少し疲れているみたいだし本題に入らせてもらうわね?」
ほれ見たことか。
歳をとったと言いながらこの洞察力である。
それも電話の声だけで…
昨日とは違い、私は明らかに疲れているような声を出している覚えはない。
「はい」
私はそんなことを思いながら短くそう答えた。
三島莉緒那は口を開く。
「…ガスポートの準備が整ったわ。詳しく計画を煮詰めたいのだけど、いつ会えるかしら?一応この電話の盗聴対策はガスポートにやらせてはいるけど、あなたのホープとは違ってウチのガスポートは絶対ではないわ。特に相手がマリアならね?つまり電話で話すのは無理。どこかで会えないかしら?」
三島莉緒那から出た言葉はほぼこちらが予期していた通りのものだった。