輸送部隊襲撃依頼
「ふあぁぁぁぁ飲み過ぎたぁ頭痛いぃ」
「吐きそうっ――」
「お前らなあ、帰りたいのかこのままここに居着くのかはっきりしろ? こっちも本隊から言われてるから面倒見るが」
「うげぇぇぇ」
「んのやろかけるな!」
スコールはろくでなしどもを引き連れて、依頼を取りまとめる各所の斡旋所を目指して歩いていた。
昨日、そこそこまとまってきた連中と食事に行った。その後は飲み続けて悪酔いした阿呆どもの監視のために二件目三件目とハシゴして、ついに五件目で全員が潰れて寝入ってしまった。酒代と迷惑料で先日のゴブリン殲滅の報酬のほとんどを捨ててしまって次の稼ぎ口を捜している途中なのだ。
そしてその斡旋所巡りも次で最後。フリーランサーとして常に殺害要請が出ている以上、まともなところでは相手にすらされない、そして彼に連れられた者たちも正規の登録が無い以上同じ。
「あの、スコールさん」
「あぁ?」
その一言でいらついていることがうかがえる。
「もしお仕事がなくてお金が稼げなかったときはどうするんですか……」
「一番手っ取り早いのは使えねえやつを売り払う」
「それ……私、ですか」
「まあ武器は一通り扱えないし、ゴブリン相手にも勝てずクロスボウ使わせて命中率は悪い。でも見た目はいいし若いし、処女だろ? 娼館にでも売れば一週間分の食費くらいにはなるか」
一週間分、そんなに安いのか。人を売ってそんな額にしかならない、そしてそんなところに売り飛ばされる。
「しょ、娼館ってそ、そそのえええエッチなことするところぉ……ですよね」
「当たり前のことを聞くな」
彼はさも当然のように答える。
「……嫌ですけど、分かりました。いいですよ、どうせ私なんか」
「とは言え」
彼が後ろを向く。そこには二日酔いで使えそうにない連中が。
「現状一番使えないのは命令聞かず勝手にやれと行ってやれず、終いには調子に乗って酒飲んで有り金全部捨てさせやがったあいつらだがな」
声音にはかなりの怒りが籠もっていて殺しかねない雰囲気だ。
「ていうかさぁスコールゥ? あんたもいっつも狙われてるあたり使えない側じゃないの」
「んーそれ言えるよねー」
ミコトとホノカが左右から挟み込むように圧力をかける。その声はせめるものではなくからかうような笑った声だ。
「敵に狙われて使えねーから除け者にされてこんなところに居るんだが、分かって言ってるか」
「分かってまーす」
と、ホノカがユキを押し退けてスコールの腕に飛びつき。
「まー一番強そうなやつに気に入られるのが生き残るコツってやつぅ?」
と、ミコトがその反対に飛びつく。
「だったらわざわざこっちを選ぶな。本隊の騎士様にでも色目つかってた方が長生きできたぞ」
「過去形で言う辺り分かってんじゃん」
「自由がなさそうだし面白くなさそうじゃん」
「お前ら……実は経験者か」
「さぁてどうでしょう」
「どーでしょー」
からかう二人にスコールも対応を変える。真面目な声で。
「信用できないやつって、どうなるか知ってるか」
腕に絡みつく彼女たちを振りほどいて、逆にその手を掴み引っ張る。
「いっ」
「あ、ちょっと」
「ユキ、ついてこい」
「は、はい」
スコールは彼女らを連れ、二日酔いで使えない連中を置いて早足で進んでいく。その先にあるのは立派な建物、出入りするのも身なりのいい者たちだ。近づいていくだけで邪険にされ、警備の兵らしい者が槍を手にして待ち構える。
「今日はそいつらか。これまたいい女を連れてきたな、やっぱ最初に抱くのか」
「黙れ番犬」
「なんだよ今日は機嫌が」
「居るのか」
「ケッ、館主様は茶でも飲んでるだろうよ」
顔すら見ず、すれ違いながら躱された会話はそれだけ。
彼女たちはそれだけでここがどういう場所か理解した。出入りする人たちの臭いや表情で、それを覚悟した。純粋無垢を気取ってなんなのか分かりません、なんてことは許されない。
入口を通り抜けると、スコールを見た受付の一人がさっと裏手に姿を消す。彼はそれだけ確認すると受付を無視して広い館内を勝手に進んでいく。
あちらこちらに客と思われる人と、それの相手をする娼婦や男娼がいる。彼らを見てスコールに連れてこられた彼女たちは顔を真っ赤にしながらもじもじとする。
「いくらになるだろうな」
「マジで!?」
「あたしら売る気!?」
かなり可能性の高いことが確定になり、二人が彼の手を振りほどこうとするが余計に強く握られ痛みに押さえつけられた。
引かれるままに奥の方まで進んで、やがて行き交う人の姿が変わってきた。裏手、普通の客が入れないところだ。
「あら、新人さんなの?」
他とは違う豪奢な作りの戸を開けて出てきたのは薄着の女。ここまでに見てきた娼婦と同じように胸と腰だけを薄い布で隠し、色香を増す装飾をつけた女。
「エレン、こいつらいくらで買う?」
「とりあえず中に。色々調べてからね」
「つーわけだ入れお前ら」
手を離したかと思えば背中を押して乱暴に部屋に押し込む。不意のことに倒れた二人など気にせず、スコールはいつものことのように部屋に入って椅子に座る。
「ユキ、お前も」
「えっ……わ、分かりました」
ユキが入って入れ替わりで逃げようとしたホノカとミコト。しかしそれは外側から閉められた戸に阻まれ、顔を打ってさらに尻餅をつく。
「ちょマジで言ってんのあんた!」
「サイテーサイテー! クズ男!」
「何とでも言え。エレン」
「病気とかー怪我とかは? それと今までの男性経験と器量」
「なしなし不明不明」
「にゃるほどーだったらこれから仕込みをしないと行けないのねぇ」
にゅふふと笑いながらエレンは彼女たちの体に触れていく。顔をしっかりと掴んで細部まで観察して髪の手触りまで。上から順番に胸をまさぐり服をめくり上げて傷や染みがないかを見て、おろおろするその隙をついてズボンとショーツを一気に脱がせ、床に押し倒して無理矢理に秘部を割開く。
無論抵抗しようとはしているが、エレンの力が強すぎて意味をなさず、娼婦として売られるという恐怖からか声を出せない。
「なかなかいいわね。胸が小さいのがちょっとあれだけど、ちゃんと毛も剃ってるしあとで陰毛だけ綺麗にしちゃったらすぐに調教ね」
「いくらで買う?」
裸に剥かれたホノカとミコトを見て、スコールが言う。二人とも顔が青ざめて怖くて震え、涙が頬を伝っている。
「金貨二枚ってところかしら」
「安い」
「そっちの子は……三枚」
エレンに指差され値段をつけられたユキがビクッと震える。
「可愛いしあまり見ないね、そういう子は。良い客がつきそうだし、戦い向きじゃない。そんな子はウチで買ってあげるよ、その方がアンタは稼げるウチも稼げる、一部の客の男どもも小さい女の子が好きなのがいるから」
「こいつはダメだ」
「むっ……所有者特権でいつでもタダで抱けるのに、それに初めてなら最初はアンタが抱けばいい。今からでもそこの部屋使って良いから」
「話にならん」
「いったいいくら欲しいのよ」
「白金貨二十枚、最低でもだ」
「はぁ? 調教と仕込みの手間を考えたら割に合わないわ。アンタをウチの専属にするなら白金貨三十枚でもいいけど」
「だったらいい、この話はここまでだ」
絶望的な顔で俯いたままの彼女たちがピクッと動く。
「それに今回は前言っていたあの話がしたくてきた」
売られることはない、それが分かってか頬を伝う涙が溢れ、しかし半ば放心状態で動こうとはしない。
「おや、珍し」
スコールの向かいに座ったエレンが、下から覗き込む姿勢で谷間を強調して見せる。
「新しい販路の開拓、やってやろうかと」
「よその商会潰してくれるのね。やっぱりこういうことは表には出せないから、アンタみたいなのがいると助かるわ」
「実際やるとして、どこからやったらいい? そっちの手回しも必要だろ」
「だったら早速だけど」
地図を広げたエレンが場所を指定していく。
「ここね、まずこの経路のウチの輸送隊以外を全部やっちゃって。まずは……この城郭都市に向かう輸送隊が今日この街から出発するはず。アンタにはこの輸送隊を襲撃して欲しい。出来る?」
「予想される護衛と経路中の障害、それと積荷の扱いと報酬」
出来る出来ないの前に内容を聞いてからだ。やれと言われたら問題なく排除できるが、とりあえずの手順だ。
「アンタはどう思う?」
「聞くなよ。あの場所は見通しの良い平原が主。魔物は弱いし盗賊も練度が低い、護衛無しでも行けるだろうが近場の傭兵が移動のために便乗している可能性は高い。付近の傭兵で言うと脅威になり得るほどのはいない。こんな感じだが」
「そうね、その通り。積荷はめぼしい物があれば見せて頂戴、報酬は娼館の利用料を安くするのとウチの販路を使ってくれるならある程度の物は融通するし値段も下げる。どお?」
「追加、積荷を買い取れ、それでやる」
「全部というわけにはいかないけど、それでいいなら」
「受けた。どこの誰がやったか分からなければ手段は問わんだろう?」
「えぇもちろん」
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「ヤなやつヤなやつヤなやつヤなやつ!!」
「サイテー野郎っ! 死ね!」
「何とでも言え」
殴り蹴りに物が飛んで来てクロスボウで撃たれナイフで斬りかかられる。そのすべてをスコールは避けて、しかし反撃はしない。
「あの、やりすぎ……」
「ほっとけユキ。怒らせたときこそ変な力が出るもんだ」
「でも――」
転がってきた大樽を飛び越して、投げつけられた鉄球を横から蹴って軌道を逸らし、ナイフを持って突っ込んでくるホノカを避ける。
「やぁぁぁぁっ!!」
「意外にっ」
まさかソレを出してくるなんて考えてなかったスコールは、ソレを本気で避けた。必要以上に距離を取ってどう対処するかを練り始める。
「んのやろっ!」
地面に亀裂を入れた大剣をミコトが膝で支えながら持ち上げる。あんな鉄の塊みたいなものは実戦で振り回すなんてのは無理だし使うなんてもってのほかだが、実際に敵が出してくると掠るだけで致命傷。恐れずに間合いに入って叩き落とせばいいと分かっても近づきづらい。
「よく持てるな」
「余所見してっと」
背後からホノカがハンマーを振り下ろして来るが、一歩横にずれて空振りさせる。
その後も永遠に続く……ことはなく、しばらくして夕焼けに照らされて肩で息をする二人が地面に倒れていた。娼館の裏手にある資材置き場だからこそ派手にやっても大丈夫で、そして誰も止めに来ないのだ。
「スコールさん……凄いですね」
濡れタオルを用意したユキがそっと近づいてくる。
「慣れだな。この二人はきちんと鍛えてやれば同じ事が出来るようになる」
「私には無理です」
「あぁ無理だろうな。動き見ててなんだが、向いてない」
「そうですか……でも、だったらなんで私なんかピックアップしたんですか」
「雑用係」
「……そう、ですか」
「それに騎士団の保護下に置くには少しばかり不安があったから、かな」
「不安ですか?」
「ユキの力は全く役に立たないほど弱いが、使えるようになればこの上なく厄介だから。バレたときは殺されるだけだ」
「私の、力?」
「いずれ見えるようになる、見えちゃいけないものが」