未帰還ソシテ捜索ヘ
ヴェントはペルソナの三尺刀を背負って斡旋所の扉を開けた。
「おっかえりー!」
「ただいま」
珍しくシンティラが出迎えてきて、何事かと思えば受付嬢が壁を指差す。ほぼ全員が派遣されていると書かれて、一人で暇だったのかと分かる。シンティラは魔術師だが、実戦での使用では役に立たない威力で武器を使った戦闘も不得意。そんなわけで戦闘系の依頼はほとんど出来ず、船着き場で氷を作ったり竈に火を付けたりなど雑用が主だ。ちなみに家事代行……とかいう方向も出来ない。
「ねー聞いてよーみーんなお仕事で暇でさー」
「はいはい後でな」
「あれ、ペルちゃんは」
「…………。」
シンティラを押し退け、受付に刀を置く。
「死んだのかい」
「……探したが、見つからなかった」
「……残念だね。今回の報告、簡単でいいから頼むよ」
誰かがいなくなるのはいつものこと、受付の連中も騒ぎ立てるようなことはしない。
「どういうこと……ペルちゃん死んじゃったの? ねえ?」
「後でな。俺が現地に着いたときにはペルソナの姿はなく、炭鉱周辺は焼き払われていた。一度内部に侵入するも通路が崩落、おまけにショゴスが出てきて撤退。プロミネンスの連中が焼き払ってから再度侵入、行けるとこまで行って、ゴブリンの死骸の中にこれがあった。ペルソナは……いなかった」
「他、気になった所は?」
「参加予定のスコールってやつもいなかったのと、ゴブリンの死骸は矢が刺さってたのもあった。あとはねえ」
「そうかい……ペルソナの方は取りあえず何日か待ってからだね。帰ってこなかったら、そのとき」
「あぁ……死ぬとか思えねえけどな」
しかし、それでもいなくなった仲間は数知れず。朝に顔を合わせて翌日には認識票だけ帰って来たり、武器だけ帰って来たり。
「ヴェント、捜しにいこ。ペルちゃん捜しにいこ」
「……あの方面でなにか仕事は」
受付に目をやると荒事系ばかりが目に付くが。
「仕事のついでなのか、それとも仕事がついで?」
「どっちもだ。無駄足は嫌なんでね」
「なら配達と迷子捜しの二件ほど」
内容の書かれた紙を出された。
「セントラ南部の城郭都市か。今の戦域は」
「神殿を挟んで睨み合い。小競り合いはあるようだけど、それだけで周辺には展開してるのはない」
「分かった、受けよう。シンティラ、明日の朝には出るぞ」
「今日出ようよ」
「俺が疲れてんだけど」
睡眠時間を削ってまで急いで帰ってきたと言うのに。
「ペルちゃんが待ってるよ、たぶん」
シンティラは腕にしがみついてすぐに出発しようとせがむ。
「休ませてくれ」
「いーまーかーらー行こー!」
「じゃあせめて補給だけさせろ、なんもなしに行って途中で遭難とか嫌だからな」
補給は言い訳だ。今回の依頼では大して雑貨の消耗はしていないし、城郭都市までは歩いて行くより商会の輸送隊に乗せて貰った方がいい。
「やった」
「そういうわけだ、手続きは頼む。俺はちょっと水浴びてくる、出発はそれからな」
斡旋所の裏手、依頼者や傭兵たちが直接話し合ったりする受付や大広間とは違って完全に傭兵たちの詰所だ。私物が散らかっているが、散らかし方にもそれぞれまとまりがあってここからあそこまでは誰それの領域と言う感じで決まっている。
「あんれぇーお兄さんペルはー?」
詰所もガラッとしていて、一人残っていたのが長椅子に寝そべっていた。
「行方不明だ」
「そーなんだーあいつも死んじまいましたかいー」
「アーヴェは何やってんだ? ほとんど出払うほどの依頼なんだろ、出なくてよかったのか」
足元に散らかっている私物を押し退けて、荷物を降ろして服を脱ぐ。場所がなければ奪うだけ、物がなくなったってそれは自己責任だ。
「緊急の依頼とかあるしー、大人数参加するのって基本報酬少なくて出来高上乗せじゃんよー」
「稼ぎが少ないか……」
「お兄さんはこの前の戦争で戦線崩した報酬でけっこー儲けたでしょー」
「いいや、俺が直線で戦線吹き飛ばしたろ。あれでスコールだったか、あの二十階梯の野郎がセンタクス側に来て正面衝突で……被害分との相殺で」
「むしろカネ寄こせーってならないだけよかった的なー?」
寄ってきて勝手に荷物を漁られるが、今回めぼしい収穫物もなにもない。
「しけてるねー」
「カネになるもんはねーぞ」
「ちぇー」
「どうせ緊急で入っても一人じゃ無理だろ、なんか適当にやってこいよ」
「うーん……一緒に行かない?」
「いいがシンティラに振り回されるだけだ、無駄に疲れて終わる予定だがいいのか」
「べっつにー暇つぶしできればいーし」
バサッと音がして気付けば一瞬でアーヴェも服を脱いでいた。
「はやっ」
「さーて眠気覚ましに井戸水浴びて行きますかー」
「なんでそんな早く脱げる」
ヴェントは風を操ることもあって、戦時用のは何枚か重ね着して紐で絞めているから着るにも脱ぐにも時間が掛かるのに。
「掴まれたときに脱出しやすいよーにちょぉっとね」
そうは言うが、単純に戦闘用の服装ではないからだ。アーヴェに取っては戦闘、それでも他から見ればそうではない。
裏手の戸を開けて外に出れば土の臭いがきつかった。少し前に巻き上げた土煙の影響はまだ残っているようだ。隅を見れば排水路に泥が詰まっていたり、石畳がざらついていたりと。
「ヴェントってさー……認証試験であの竜巻やったら五十階梯行けるんじゃないー?」
「風を乱すような……とくに炎の使い手相手には相性悪いし、四十から上は単独で戦線崩すし最高位の五十は国盗りとかさ、面倒なことに呼ばれるから嫌なんだよ」
井戸に桶を放り込んで引き上げると泥で濁っていた。汗を流すために泥水を浴びるのは……。
「まーだ濁ってるねーこっちは大丈夫だよー」
「一回全部抜けよ」
自分がやったこととは言え、使い方によっては国一つの機能を麻痺させることが出来てしまうことに少しばかり恐怖を覚える。
「ひぃー冷てー!」
頭からかぶってぶるぶると震えて髪についた水滴を飛ばす。
「飛ばすなよ」
「いーじゃん、ほれっ」
バシャッと冷たい井戸水をかけられ、不意のことに体がビクッと震える。
「お前なぁ……泥水ぶっかけてやろうか」
抱えたままの桶にはもちろん泥水が。
「やめて、それはやめて!」
露骨に嫌がって逃げていく。しかし壁際で距離は取れず、意味も無いが防御態勢を取って縮こまって。
そんなアーヴェを見て泥水を捨てて桶を井戸に落とす。ほんとにやる気は無い、やったら少しばかり血を見ることになる。接近戦ならヴェントに勝ち目はないのだから。
「やんねーよ。てか、お前も毛が生え始めたか」
「ふん、じゅんちょーに大人になってんのー」
「その割には……ちっこいまんまだよな」
「…………。」
井戸から桶を引っ張り上げて水をかぶり汗を流す。
商会の輸送隊をうまいこと捕まえられたらいいが。