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悪イ予想トハ当タルモノデ

「レクト・ナード。センタクス王の命により――」

「貴様一人か」

 通された天幕の中で、挨拶を遮られてそう言われる。事前に話が通っていないらしく、姿を見られた途端に武装した中央軍に囲まれてしまった。当然警戒され、なんとか言い訳をして小部隊の指揮官に会うことが出来た。望む状況ではなく、よろしくない状況でもある。

「いえ、他の部隊が数日中には合流する予定でございます。これがセンタクス王より私に宛てられた命令であります。これを証拠として」

 金属音がした。それが剣の柄を引いた音だと言うことはよく分かる。

「グランバル連邦の現状を知っての介入、そういうことであろうが、我が部隊は大陸中央より隙を見て侵攻してくるであろう〝敵国〟の排除を任務としている。大人しく引き下がるならば命までは取らん」

 いつの間にか周りの兵士たちも剣に手を掛け、魔術の気配まで漂ってきている。

 ――おやおや、ずいぶんと直接的な〝取引〟だ。

 コレは不味い。レクト個人に交戦の意思はなくとも、外で隠れている二人――血の気の多いのがどういうことをやりそうかくらいは予想がつく。すぐに飛び退って、しかし構えはしない。戦いに来たのではない、戦争への支援、介入が目的だ。そもそもの話、この人数相手に一人では殺されるしかない。まずは自分が生きるための交渉、それから国同士の戦争に発展させない交渉だ。

「グランバルは対外的には中立と聞いていたのですが」

「この状況では外部からの介入は警戒しなければならない。例えそれが〝支援〟であったとしてもだ」

「そうですか……私は、こういう状況だからこそ、使いやすい戦力を用意していますよ。例えばそう、傭兵、とくにフリーランサーなんてどうです? それも飛び切り強くて、報酬さえ用意すれば絶対に裏切らない傭兵とか」

「ほう、そういう手口でセンタクスの息が掛かった者を送り込もうということか」

「いいえ、カザークの傭兵ですよ。後ほど二名が合流予定でして、彼らの噂はご存じかと。カネさえ用意すれば仲間だろうと容赦なく殺す、あのカザークです」

「それをして貴様らに利益はあるのか」

「ありません、しかし私個人とすれば、どういう形でも貴国の支援をしたという形になればいいものでしてね。受け入れていただけないでしょうか? 彼らに支払う報酬はこちらですべて用意します」

 なんせよ受けた命令は〝グランバルとの国境にて待機している部隊と合流、これを指揮し内乱終結へ向け中央軍を支援せよ〟なのだ。〝中央軍を支援した〟という事実さえ作ってしまえば後はなんとか誤魔化せる。〝部隊と合流〟したが、支援の途中で全員死んだことにしてしまえばいい。激しい戦闘で遺品の回収も出来なかったと言えばそれまでだ。調査団を送ろうなんてことはないだろう、わざわざ不信をかき立てる行動は取れないはずだ。

 他国への軍事介入など、下手な手を打てば後が知れている。

「……いいだろう、ただしその二人を実際に確認してから正式な返答をする」

「承知しました。それではまた後日、彼らを連れて参上致します」

 天幕を抜け、グランバルの陣営から離れたところで大きくのびをした。簡単に話がついてよかった。これで自分が生きるための交渉はひとまず出来た。このまま逃げても良いが、センタクス領通過するか海路では死ぬ可能性が跳ね上がる。次はヴェントとペルソナの説得だ。どうやって〝ただ働き〟をして貰うか。あの二人に支払う報酬など用意できない。以前指揮をしたときでさえ、勝手に行動して勝手に戦果を上げて、それだけでレクトの給料とは比べものにならない額が支払われているのだ。

 しばらく探して歩いていると、血の臭いがしてきた。嫌な感じだ、この方向はペルソナたちが待っているはずだ。急ぎ足で草を掻き分けて行くと、草の緑に混じって血の赤があった。

「ペルソナ! ヴェント!」

 呼びかけに答えたのは〝敵〟だった。草の壁の向こうから振るわれた剣を短剣で受け流す。白い鎧の腕、姿が見えない、警戒しながら姿勢を低く、そして駆け抜ける。こっちは短剣だけで、指揮官用の服だ。戦闘用の物ではない。やり合えば殺される。

 距離を取ろうとして、目の前に人の腕が落ちてきた。

「えっ――」

 一瞬、何故腕が? と、思い、そして袖を見て、傷が、それがペルソナのと同じで。ぽたっと落ちてきた赤い雫に顔を上げれば、胸に深々と剣が突き刺さったペルソナが落ちてきた。

「ペルソナ……?」

 あちこちに深く斬られた痕があり、全身が血に染まっていて、生きているという感じがしない。生きている限り常に発する気配というやつが感じられない。

 なんで、こんなことに。そう思っている間に空から白騎士が降りてきた。そいつは乱暴にペルソナを蹴って、仰向けにすると胸を踏みつけ突き刺さった剣を引き抜く。べっとりとついた血が、まるで剣が命を吸い取っているようにも見えた。

 と、目が合った。

 金縛りに遭ったかのように動けなくなる。ペルソナがやられた、それで敵の実力は判断できる。待っている結果は殺される、ただその一択のみ。ヴェントはどこに行った? 戦闘の気配がしない、逃げた? それともとっくにやられているのか。

「あなたは、どこの所属かな」

 返事はなく、近づいてくる。足が言うことを聞かない、狩る側に狙われ、逃げても無駄だと分かってしまっているからだろう。

 すっと剣が動いた。斬られる、終わりだと分かってしまう。

 首を捉えた正確な斬撃が。

 痛みも何もなく、世界がぐるりと回って、視界が黒に塗りつぶされる。草の壁に当たって地面に落ちた感覚がした、遅れて痺れる痛みが襲ってくる。

「キサラ! 邪魔をす――」

 鉄を、人体を引き千切る音が響いた。

 黒塗りの視界が晴れてくると、ほんの数秒だった意識の途絶が現実を認識する。盾が落ちていた、自分はこれに弾き飛ばされたのだと、レクトは理解した。そして、目の前で白騎士の上半身と下半身を引き千切ってたたずむ青っぽい目の兵士が何をしたのかも。

「ギャアギャア言うなよオーダー1。団長からの命令は何だ? スコールを殺せだろ」

「貴様……そうか、中身はスコールか。死霊術か、キサラを殺して体を――」

 喚く騎士の頭が潰された。

「意外と死なないもんだ、普通、体真っ二つにしたら即死だと思わないか、レクト」

 女の声で、しかしその口調はスコールのそれだった。

「血が出すぎて死ぬ、即じゃなくてもほぼ数分でだから即死判定だろうね。それで、君はどういう経緯でそうなってるのかな」

「何も入ってない体には案外干渉しやすいもんでな。例えば、なるべく傷をつけずに殺した人間とか」

「……深くは聞かないことにするよ、聞いてしまうとヤバそうなことだ。ヴェントは生きているかな」

「攻撃してきたから撃ち落とした、その後は確認してない」

 未来への道が閉ざされていくようなこの感じ。なんとかしないと不味いのは分かっているが、どうやってなにをすればいい。

「ちょっと相談なんだけどさ、僕、これからグランバルの戦争で中央軍の支援しないといけない訳。それでちょっと手伝って貰ったりなんて……できない?」

「こっちも忙しい、これから大陸西部で騎士団の精鋭相手に戦わなならん。この体にペルソナを移し替える、それじゃダメか」

「敵の戦力が分からないからねえ、出来ればヴェントの代わりが欲しいんだけど」

 話が通じる相手ならそこそこ無理な要求くらいしてもいいだろう。フリーランサーが相手ならカネ次第というが、スコールの場合はそれ以外の報酬でも受け付けてくれそうだ。

「……テンペストに知り合いが居る。ヴェントよりかなり弱いが、居ないよりはマシな戦力になる」

「そういうのはいいや。うん、ペルソナだけお願い」




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