カザークノ仕事
雲が月明かりを遮る暗い夜。ペルソナは松明を片手に火を放ちながら森を駆け抜けていた。暗い夜、その中でもペルソナはしっかりと見えて、追ってくるゴブリンをあしらいながら逃げ道を塞いでいく。
たった一人、バカ正直に正面から蹴散らすというのは無理がある。そしてゴブリン相手に夜に仕掛けるのは、もっとバカだ。夜行性の悪魔、暗い見通しの効かないところ、森や洞窟などでこそ真価を発揮する化け物相手に挑むのは自殺行為でしかない。
万全の装備を調えた兵士でもたった一匹のゴブリンに殺される、その常識を知っていてペルソナは火を放ちながら駆け抜ける。
「もうすぐ、か」
生木の焼ける嫌なにおいが流れてくる。あちらは同じように火を放ち、森を焼き払うために昼の内に油まで放っている。しばらく駆けると前からも燃え広がる炎が近づいて来た。当然、その後ろに大量のゴブリンを引き連れて。
「退避、火が落ち着いてから炭鉱を攻める」
前から来た無愛想な青年がそう言うと、ペルソナは松明を投げ捨て暗闇の平原へと消えていく。
「了解」
隣に並んで走っているのが分かるが、足音は聞こえないし姿も見えないが分かる。二人ともそういうことに慣れているからか、お互い認識できなくても分かっている。
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数日後、ゴブリンの殲滅作戦決行の日。
セントラ、センタクスとセントラムと接する領土を持つ国の要請により、かなりの人数が集められていた。
「で……まずは森で戦闘、そのはずがなんだこれは」
近づくにつれて漂ってきた腐敗臭と焦げの臭い。その惨状を目にした混成部隊は呆気にとられていた。
炭になった森とあちこちに転がる赤黒い塊。そこから離れた場所で無残に食い荒らされたゴブリンの死骸。どう考えても先に仕掛けたやつらがいる。
「おいカザーク、テメエのとこか」
呼ばれたヴェントが答える。
「うちのとことフリーランサーがいない。間違いねえだろ」
事前に聞いた参加する斡旋所と高階梯は覚えているが、分かる範囲内でいないのが二人。
放棄された炭鉱の周りにある森。大した面積もなく、三人一組で作られた塊を使って半円を描いて同時攻撃の予定だったが、惨状を目にして陣形を解いて集まってきている。このぶんだと予定を繰り上げて炭鉱へと攻め入ることになるだろう。
「フリーダムか?」
「斡旋所に所属しないってところじゃ同じ考え方だが、ありゃ群れたりしない一匹狼だ。覚えとけコロナ」
「なら手続きは依頼主に直接か」
「そうなるな。稼ぎも実力のうち、センタクスに雇われて〝神殿〟まで侵攻したのもフリーランサーどもだ。仕事で当たるなら違約金払って逃げるのが基本、死にたいなら戦え」
野営の準備をしつつ、先発隊の編成を誘う声が聞こえる。混成部隊に国の兵士はいない、この場合は階梯の順に指揮する者が決まる。
「カザークのヴェント、先発隊希望」
先陣を切ろうという集まっている中には、明らかに顔色が悪いのがいる。
「何があった?」
「死骸が……ゴブリンの死骸が動きやがった」
「中の様子も臭いも酷え。まともに入ったら吐くぞ」
それを聞いて先発隊をやめようと、大半が離れて行った。
「可能性は三つか」
骸が動き出すことはあってはならないことだが、こういう仕事をしているとあり得ることと認識するようになる。魔術師が動かすか、怨霊が取り憑いているか、もしくは寄生虫か。
「カザーク、お前は行く気か」
「うちのバカが入ってるかも知れねえ、だから行く。そっちは……」
「プロミネンス所属、第八階梯のイグニス」
「あ、コロナの親組織か。わざわざ子飼いを連れてきて、なんだよ戦闘訓練か」
「森の戦闘で打ち漏らしをやらせようかと思ったが、これじゃあな」
黒焦げの森を眺め、口元を覆いながら調査している連中を指差す。
「あれは?」
「木が動いたんだと」
「悪魔の木か……襲われたら完全武装の騎士様でも挽肉だな」
炎も大きな戦斧による攻撃も効かず、太い幹とその重さですべてを薙ぎ払い叩き潰す、それが悪魔の木だ。
遭遇してしまえばそれは絶望、地面から生えているものであれば仲間を見捨てて逃げることで助かる。そうでなかった場合は……武器や鎧を捨てて全力で逃げるくらいしか方法がない。
「それがあのざまだ。油でも使ったはずだ」
「だろうが、ゴブリンまでいる中でそんなことが出来ると思うか?」
「かなり夜に慣れたやるならやれるだろう」
「うちのペルソナがそれだからなぁ……」
「そいつの階梯は」
「第六。だけど実力的にはフリーランサー相手にしても生き残れるだけはあるぞ」
魔術が使える一桁なら、例えばヴェントのように派手な事が出来るのなら分かるがペルソナが高度な魔術を操っているところは誰も見ていない。
「なんでそんなやつが一桁なんだ――あっ?」
「何かあったな」
調査していた連中が一斉に炭鉱の入口を向いて、顔を見合わせると恐る恐る近づいていく。
ヴェントたちも近づいていくと、炭鉱から女の悲鳴が響いてきた。
「呑気に部隊編成してる暇はないな、俺は先に行くぞ」
「バカか! 一人で行ったら死ぬぞ」
「うちのもんが一人で行ってる可能性がある、死ぬとかそういうの考えてる場合じゃねえ」
風を纏い、止めようとする連中を飛び越して炭鉱へと飛び込む。いちいち足で地面を蹴って進むよりも、風の力で滑るようにして進んだ方が早い。
「待て! 一人で行くな」
「結局来るんじゃないか」
まあ置いて行くか、と加速して線路の段差で派手に転がった。
「うおぁっ――っとぉ!?」
よくやる失敗だ。風に〝乗って〟走るときは段差に合わせて調整しないと吹っ飛ぶのは誰でも経験すること。それは他のものでも同じ。
「線路……あ、そうか炭鉱だから……」
「慌てるな。どうやってこの暗闇を進むつもりだ?」
「風が抜けてる。それで十分、見えなくても辿ればいい」
「だが見えなければ捜し物は見つからない」
プロミネンス所属の傭兵たちが「そーそー手柄独り占めにはさせんよ」と言いながら炎を片手に、道を照らしながら進んでいく。さすが、プロミネンス……手に灯す明かりから迸る炎が壁を這い、消えぬ炎となって暗黒を照らし出す。
「お前らバカか。酸欠で死ぬぞ」
「さんけつ? ……まあ、お前さんが毒を流してくれりゃ問題ねえ」
物を燃やせば酸素が奪われる。そんなところから教えていかないと理解してもらえないが、星は丸いとか言っただけで異教徒扱いされるご時世、何を言おうが無駄だ。
「……マジのバカどもか」
ククッと笑ったヴェントだが、考え直せばあっちから見ればこっちが変人だ。どんなに間違っていようと、世の中数が多い方が正義であり正しいのだから。
「まあ――」
仕方ないか。思った途端に、また悲鳴が響いてきた。
「急ぐか」
線路に沿って下っていく。炭鉱だから線路がある、線路があるのは運び出すため、その道があるということはそこから採掘路が伸びて、辿っていけば深いところまで降りていけるということ。
何より分かりやすい出口までの目印だ、これを見失わない限りは脱出が出来る。
「しかし……こんな暗闇に飛び込んで行くかねぇ」
狭くて暗くて、動きづらいところ。敵陣に進んで飛び込んで行くのは危険すぎる。
「おっ? 揺れた?」
「止まるな! 毒にやられるぞ」
「お前らが燃やしすぎなんだよ」
次第に細切れにされたゴブリンの死骸が見え始めた。ちらほらと矢が突き刺さった死骸も見受けられる。ペルソナの長い剣ではこんなところで振るえないだろう、それに矢は?
「カザーク、これはお前んとこのか」
「分からん。うちのやつは確かに剣を使うが、長い曲剣だ。こんなところで振るえるようなんじゃねえ」
壁のあちこちに斬りつけた後がある。深くまで斬り込まれた後で、空間の長さと合わせて考えるとペルソナの剣がちょうど思い当たるが、あいつにそこまでの力があるか?
「……ありえる、かもな」
階梯の割に強すぎる。だが強いと言っても十番台の前半……こんなことは厳しいはず。
「あぁっ? カザーク止まれ!」
「な、はぁっ!?」
風が変わったと思った時には、掻き消され天井が崩れ落ちた。
「おぉぉ……危ねぇ」
「爆破の術だ、気付かなかったか」
「あると思ってねえし分からねえよ」
パラパラと小石が頬に当たる。これでまっすぐに降りていける道が塞がれた。
「ったく、なんでこんなもんが」
ヴェントがぼやいていると、プロミネンスの傭兵たちが近場の脇道に炎を放っていく。
「カザーク風は!」
「右の脇道、入って二番目の堀かけの通路のヒビの先」
走って行った傭兵が爆破でもしたか、風が雑音に掻き消され、少し遅れて大きな流れが感じられた。
「おいなんで、これは――」
「なにが――」
あふれ出たそれを、ヴェントは知っていた。
「イグニス溶かせ! 喰われた!」
覗き込んだイグニス、そして傭兵たちが怯え逃げていく。
「カザークお前知ってて」
「流れしか読めねえよ! つか完全に出てくる前に早く溶かせ! 早くっ!」
「待てよ、まだあいつら生きてる!」
「それがどうした、ショゴスが相手だ。殺せ、生かしておくと」
強い腐食の力で体が端から腐り落ちていく地獄を味合わせることになる。
「ふざけるな!」
飛んで来た拳を躱してイグニスを蹴り飛ばす。
「生きてるから助ける? バカ言うんじゃねえ、助けられないなら殺せ。それが出来ないなら今回の任務は降りろ」
瞬く間に黒い粘液に……あふれ出てきた異質な存在に呑まれた傭兵の形が崩れて溶けていく。
「…………。」
「仲間のことが大切、そりゃ分かるがよ、切り捨てる事が出来ないなら要らない」
「それがカザークのやりかたなのか」
「俺の仲間のやり口だ、仲間だろうが平気で倒す。まあいい、無理なら一旦退く」