ソノ日ノ戦場ハ荒レ模様デ
「おや、こんなところに人が」
ペルソナの後ろをついて歩いていると、焚き火をしている人が居た。異質なこの空間で、魔物が蔓延り軍隊ですらも侵攻できない奥地、〝神殿〟がすぐ近くのこんな場所に。
「敵だ」
「ほっとけ。それよりこの変な竜はどんな味がするだろうか」
「食い意地張ってる場合か、あれはお前の片割れだろう」
「それがどうした」
異形の化け物――竜の形をしたそれの鱗を割砕き、乱雑に皮を引き剥がし乱暴に肉を切り取る。それを皮で包んで火の中に落とす。到底料理とは呼べない――しかし食べられる形に加工する行為だ。
瘴気に汚染された枝を火に投げ入れ、太い枝で突く。人が食べるには……それは危険すぎた。高濃度の魔力は空間すらも崩壊させる。そんな汚染されたモノで汚染された食料を調理して食す。心意気は誰にも分からないだろう、ただどんなモノか知りたいから取り入れてみたいだけだ。……それでどうなろうが知ったことでもない。
なんて思っていると、スコールの真横に裸体のペルソナが腰を下ろし、共に焚き火をつつく。
「お前もか」
「君ねえ」
「…………。」
「…………。」
沈黙が続いた。生木がパチパチと弾け、竜の皮が黒焦げになり嫌なにおいを出し始めたころ、まるで示し合わせていたかのように二人の手が動く。炭のようになったそれを焚き火から引きずり出し、皮を剥ぐ。焼けた血の臭い……とてもじゃないが食べようと思えない臭いだったが、スコールはそれを二つに切ってペルソナと共に口をつけた。
「「不味い」」
興味が失せた。揃ってそれを遠くに投げ捨て、焚き火を境にして真反対に十歩ずつ。
「お前ら……なにを」
「何がしたかったのかな、今のは」
団長と青年が、考えの読めない二人に置いてけぼりをくらう。
「何のようだ」
と、スコールはいつも通りに問いかける。するとペルソナの雰囲気が変わる。
「もうあきらめるから、あなたもあきらめて」
「嫌だ」
「あきらめて」
「殺す」
「いやだ」
「諦めろ」
「ていこうする」
「決裂だ」
「しにたくない」
「だったら意地を張るな」
「いやだ」
「何故」
「まきこみたくない」
「あんなものを恐れるな」
「わたしにはこわせない」
「だったら一緒に壊そう」
「おりはこころをとらえる」
「心だ? そんなものは要らない、予め決めておけばいい、何があれば何をすると」
「だから、あきらめて」
「何故」
「あなたにこわれてほしくない」
「お前に言われたくない、お前には〝生きたい〟と主張する権利がある、お前は黙り込んで我慢して〝消える〟必要はない」
「わたしはあなたにきずついてほしくない」
「とっくに傷だらけだ。お前が意地を張るからこうなった、そうして欲しくないなら素直になれ」
「いやだ」
「だったら強引に行こうか。お前のことは気にくわない、どさくさで命令違反どころか禁忌の術で〝攻撃〟してきた。お前は敵だ、排除する」
「……こないで」
怯えた様子でペルソナが下がる。スコールはそれに合わせて進む。
「怖がる? 何故」
「いやだ」
「仕掛けてきたのはお前だ、教えたはずだ、理由がどうであれ――」
「しにたくない」
「だったら抗え、耐えるだけじゃなく、こうして外に出る〝穴〟を、外界に対して干渉するための人格を作ったのなら、それで邪魔をするな」
「……いやだ」
「ワガママだな」
「あなたは、むりをするから」
「そういう〝約束〟だ。誰のためでもなく、お前のためだから無理が出来る」
「あなたはしをおそれない」
「生きる理由はない、しかし死ぬ理由もない。だったらあるがままに、なすがままに、無くなればそれで終わりだ」
「わたしのためにつかわなくていい」
「それは他人が決めることじゃない、持ち主が勝手に決めることだ」
風が吹いた。
一瞬目を閉じた。
開けばスコールがペルソナを捕まえていた。
「だから、返せ。お前が奪った分を」
ペルソナが意識を失って崩れ落ちる。
見えない縁が切れた。切られた。
「……団長、引き籠もりを引きずり出すぞ」
「今のやりとりは何だ」
「単なる遊びだ」
ぶっきらぼうに言うスコールに青年が。
「そうは見えないけどね。それよりも、ペルソナは大丈夫なのかい」
「これはお前のモノじゃない、口出しするな」
「人をモノ扱いか。君は――」
「これはモノ扱いで十分だ。これは人と呼んで良いものじゃない」
「奴隷とでも言うのかい」
「いいや、これは人形だ。刷り込まれた命令の通りに動く使い捨ての駒だ」
「僕はそうは思えない、歪んでいるよ君は」
「だろうな」
〝神殿〟から流れ出る瘴気が強まった。さっきまでは薄らと〝神殿〟が透けて見えていたが、いま溢れ出すそれは触れただけで体が崩壊しそうなほどに濃い。
「団長、チャントを使っても良いか」
「やめろ。必要な術を言え」
「レプトン干渉、それと物質の構築術式」
「…………使って良いぞ、かわりにしばらく離脱する」
「それは困る……仕方が無い、ちょっと作業する、敵が来るなら払え」
ペルソナを膝に乗せ、その額に手を重ねる。
「何をする気だ」
「刷り込みの浅い人形は書き換えがしやすい。しかもストラクチャが簡素だから解析しながらでも、やれる」
「お前のコピーだから、というのもあるだろ」
「……いっそ、こいつに全部託すのもありか」
「で、お前はどうする」
「さあ? 分からんが、それが――」
いきなり目を開いたペルソナが起き上がり、空に飛び上がる。
「こいつ――!」
団長が剣を抜きかける。それをスコールが止める。
空中で瘴気を纏い、衣服を形成する。それはスコールのものと全く同じ、汚れも、破れ方も、生地の伸び具合も。体格差で少しばかりぶかぶかに見える。
「フルコピーした。今時点で一致率は半分」
「なんでフルコピーで一致しない……あ、いや、いい、分かった。お前のロジックならそうだな」
「状況に合わせて最適化する戦闘兵器だ。自己進化ロジックは……まあ、あいつに影響されたが」
「あいつ?」
「変なやつだった」
「誰だそいつは」
「さあ? 分からん」
そう言うと黒い空を見る、羽のようにふわりと降りてくるペルソナの手を取る。
「後で作り直す、その後、権限をすべて渡す」
「了解。関係はピア」
「それでいい。これより〝檻〟を破壊、そして利用しようとしたその関係すべてを破壊」
「了解。解放までにそちらが消失した場合、引き継ぐ」
「それでいい」
スコールの周りに半透明な数多の武具が現れる、二人はそれで装備を調える。白い長剣を二振り、ペルソナは自分の身長と同じほどもある太刀を。
「道は作る、団長、それとお前、手伝うならついてこい」
「お前、じゃなくてレクト」
「どうでもいい、突っ込むぞ」




