城郭都市ノ防衛戦線
「さぁーって残ったのはウチらだけってことで……頑張ろうか」
エレンは娼館の中庭で残った従業員を集めていた。
空が星の無い夜に覆われてからというもの、魔物の二度の襲撃で城壁は砕け兵士たちは守備を諦めて撤退。住民たちもほとんどが避難してしまい、残ったのは都市と共に死のうなどという老人や置いて行かれた子供、怪我人ばかりだった。
それ以外といえば、小規模な傭兵斡旋所の物好き共か、ここにいる娼館の従業員とホノカたちか。
エレンは避難しろと命令を出した。そのためのカネも。しかしほとんどはここに残った。女たちは行き場がないと残ることを選び、男連中は置いて行くことは出来ないと残る。結果としてほとんどは逃げてもどうしようともないからと、残ったのだ。
「と、言うことでいくら欲しい?」
「なんで俺を見る」
「傭兵だろう、カネ次第で何でもするのがフリーランサーのはずだよ」
「俺はフリーランサーじゃなくてお尋ね者だ」
「それがどうしたって。スコールに殺されなかったって事は何かしら気に入られてるんだろう、実力もあるはず。そっちのアーヴェと一緒に戦って貰うよ」
「あたいは戦う前提?」
「嫌なら別にいい、死人が増えるだけだから」
半分脅しとも取れる取引だ。
「それともアレかい、男共の性処理でもするかい」
「それはヤだ」
と、アーヴェがホノカの後ろに隠れる。客引きはするがその後は本職に頼む、未だに本番は一回しかしていない。最初の練習と称した、ほとんど強制的にエレンにやらされたあの一回しか。
「はぁ……それで、この人数でどうやって守り切るんだ? 逃げたほうがまだ生き残りそうだが」
「ウチもそうしたいところだけどね、置いて行かれた子供たちが可哀想だからね」
「そんなことを言って自分たちまで死んだら意味が無い、放っておいて逃げた方が良い。俺はそう考える」
「あたいもそこは同感」
「傭兵とウチとじゃ考え方が違うのは分かる。何をすれば良いのか分かってても、でも感情的なのが人だよ。いくら払えば良い、ウチらと一緒に戦って」
「……条件は二つ」
「うん」
「一生まともな暮らしが出来るだけのカネ、それとアーヴェを解放しろ」
「おカネは分割でなら用意できるけど、解放は無理よ」
「そうか、ならお前らだけで頑張れ」
そのまま立ち去ろうとする。
「ヴェントさん」
「じゃあな」
ユキの呼びかけにも振り向かず。
「あたいを助ける的なこと言って逃げるの!?」
「悪い、俺はなるべく助けるが無茶はしない」
アーヴェにもそんなことを言い。
「言ってることとやってることが違いませんか、ヴェントさん」
「そうだな……」
そのまま姿を消した。
この場で最強の戦力が抜けたことで男衆が少しばかりざわつくが、すぐに静かになる。どのみち自分たちで守ろうと残ったのだ、もとより頼りにはしていなかったではないかと。
「いいかあんたら!」
エレンの声に皆が振り向く。
「動けるやつは五人くらいでまとまって街中から使えるもん集めてきな! ただし男は武器持って必ず女連中守るように組め! それから足の速いやつは壁に登って魔物を見張りな、近づいて来たらすぐに知らせろ!」
その指示ですぐに数人で集まって行く者を、エレンは呼び集めて指揮する側にしてその下に数名ずつ割り当てていく。早く動けるやつは取りあえずこの中では優秀な方、指揮が出来る者がいない上に軍隊でも傭兵でもない集団を動かすには使えないながらも能力のあるやつを使うしかない。
「エレンさん、こういうことに慣れてそうですね」
「スコールの知り合いなら、ありえそうじゃん。見た感じあたしらと年は同じみたいだけど、なんていうか、すごい?」
「あ、ホノカ、部屋にクロスボウあったじゃん」
「あたしらも戦う?」
「しかないっしょ。ユキちゃんは」
「わ、わたしは…………やります。戦います」
「仕方が無い、あたいも――」
「あんたは街中走って狼藉働くロクデナシ共を殺してきな」
「へーへーわかりましたぁー。どーせいるんだよ、こういうときって」
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「結局、俺は言うこととやることが違うんだよ」
十数人ほどの死体が転がっていた。関節や本来曲がらないはずの場所がおかしな曲がり方をして、体のあちこちが凹み変色し、また無くなっている。
「悪いな、助けられなくて」
襲われていた子供や女性たちはすでに虫の息だ、放っておけば死ぬが助ける手段がない。手当てしようにもやるだけ無駄、高度な治癒魔術は使えない、知らない。
自分のことは自分でなんとかする、誰も助けないから誰にも助けを求めない。
間違っているとは思わない。それでも助けられるのなら助ける。
「……まだ来るか」
風が知らせる、近づいてくる集団が居るぞ、と。
年端もいかない少女を犯して、殺して。そんな連中だったから躊躇いなく瓦礫を吹き飛ばして風の渦に巻き込んで殺せた。悪意がある、そうじゃない敵だったら、それでもやれるだろう、殺せるかどうかは別だが無力化はできる。プロミネンスを相手にしたときだってやったのだから。
先に情報を得られることで発生する戦闘的優位は大きい、正確な装備や数が分からなくてもどの方向からおおよそどれほどの数が来るか、それだけ分かれば良い。
隠れ、待ち伏せているとやがて近づいて来た。声を聞き、目視ししてカザークの傭兵だと理解した。ならず者じみた雑魚共ではなく、各地に少数で派遣される強者たち。それが十名ほども。
「ヴェントか、出てこい」
「っ」
隠れていたつもりが、バレていた。正面切って戦えば殺される、かといって逃げようにも逃げられない。
「クソッ」
「安心しろ、戦いに来たんじゃない」
「なら何のようだ」
「お前が無駄に警戒しているから、ただ呼び出しただけだ」
「……俺に殺害要請出てるのは」
「それはもう取り下げられた。カザークはもう〝潰した〟」
「潰した!? お、お前らが?」
「単なる内乱……って話で済まされなかったが、所属人員の半分は死んで残りの半分は余所に吸収、残りはフリーランサーだ。今の俺らのようにな」
「な、なにがあってそんなことになった」
「簡単な話だ、カザークは自由人の集い場。その前提を崩しにかかったから、高階梯、つまり俺たちが反発、三つくらいに分かれて殺し合いになったよ。あの街は住民と兵士、ほかの斡旋所も巻き添えで消し飛んだ、廃墟だ」
「…………。」
そうですか、としか言えない。カザークならあり得る。
自由人、何者に縛られずやりたいようにやる。その代わり責任は自分で負うし気にくわない主張は力でねじ伏せる。混沌としているが、やりたいようにやって必要以上の干渉はしない、縛られたくはないが最低限の束縛は受け入れる。そんな連中だ、所属の前提条件を崩しに掛かれば何をしでかすか分からない。居心地の良い空間を汚そうとする者に対しては恐ろしいほどの制裁を科すだろう。仲間だろうが所属長だろうが、例え国だろうが関係ない。
「今まで通りやりたいようにやるりゃあいい。俺たちは好き勝手に生きる無法者だろ、ヴェント」
「……そうだな。気にくわないなら殺せ、欲しいものがあれば奪い取れ、だったな」
一昔前を思い出す。最初はそんなことを言われた覚えがある。
「そういう訳でだ、俺たちは活動拠点が欲しい。しかし作るには労力もカネもない、奪い取るには戦力が頼りない、そんなところにどうだ、魔物に襲われて人が少ない、しかし建物は大半が綺麗。国はここを放棄した、襲ってくる魔物を殺してしまえば安全だ。どうだ、ここでまた始めないか……あるべき形で、自由人の集い、カザークを」
「ここにいるやつらは」
「拒むなら排除する」
「受け入れるなら」
「普通の住民だ」
「一方的だな」
「支配者が変わるだけだ」
「受け入れられないぞ」
「だったら追い出す」
「下手すれば国に狙われる」
「それがどうした、そうなれば戦争だ」
「戦力が足りないんじゃないのか」
「〝継続的な制圧〟をするには、だ」
「……だったら、先に話し合いだ。この都市に残っている連中が集まっている場所がある」
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「交渉、だよねこれ」
苛ついた声で元カザークの傭兵たちを威圧するのはエレンだ。
「あのさぁ、やってから決めましょうじゃ困るつってんの、分かる、ねえ。城郭都市としての管理体制は、この後の修復工事と防衛、住民の詳しい扱い、税金とかそういうとこは。後から後から、じゃあそこまでの状況で発生した事に対しての対応は、誰が国との交渉すんの、武力とかバカ抜かすなら長続きしないよ」
「…………。」
「何黙り込んでんだよ、お前がやるって言い出したことだろうが」
「ヴェント……忘れるな、俺たちは好き勝手にやってきた。そういう〝面倒くさい〟ところは放り出してだ」
「分かったもう良い。エレン、あんた経営者としての能力で小さな国の経営を任せる、そしてこいつらには〝好き勝手して得たモノ〟を管理する〝責任〟としてエレンの言うことを聞くという条件」
彼らには自由人だから好き勝手やって後は知らない、そんなことはしない。やった以上その責任は負う。
「ウチに仕事が増えるだけで得がない」
「風俗都市……なんてのは」
「…………住民だけど、多少無茶しても言いっていうならやって上げなくもない」
「だそうだが」
さっきまでの余裕ぶっこいた態度はどこに吹き飛んだのか、エレンと元カザークの傭兵はヴェントを仲介として条件のやりとりを進め、いつのまにやらヴェントとエレンの話し合いになっている。
「おい」
「悪いヴェント、俺たちは活動拠点として広い建物が三つほどあれば後は望まない。もう上納金だとか全部そっちで決めてくれ」
「自由を求めるんじゃないのか」
「面倒ごとから逃げるためならある程度の束縛は受け入れる」
「……お前ら、ガキか」
こんなやつらのおかげで廃墟になった街が浮かばれない。
しかし思ってもない戦力だ、単独で戦線を崩せる連中が十人も。防衛よりも打って出た方が良いかもしれない。




