夕日ノ訓練所ニテ
「どうした、その程度か!」
団長にそんなことを言われるが、訓練場で汚れることなんて気にせずに地面に大の字になって戦闘不能。スコール、ヴェント、アーヴェの三名は一対三の戦闘で敗北していた。
差し込む夕日が地味に暑い。
「おい、なんだこいつ」
「騎士団最強の団長様だ」
「おにーさん、あの人おかしー」
「相手の背後に転移して攻撃、無理だろ」
「スコールでもか」
「気付いたときには、団長はもう武器を振っている、回避が間に合わない」
回避行動と言っても、足を踏み出して回避するにしろわざと倒れて回避するにしろ、斬撃という直線を引けば遅れたどこかに当たる。
「あたしの闇討ちも効かないしー」
完全に気配を消した不意の一撃、鎧の隙間を狙ったそれは近づく前に気付かれてしまう。
「アーヴェー前から気になってがお前の一人称は〝あたい〟なのか〝あたし〟なのかどっちだ」
「そんときのきぶーん」
「貴様ら、喋る元気があるならすぐに立て」
そんなこと言われてももう動けない。
薄っぺらい鉄の服みたいな鎧ではなく、きちんとした装甲としての鎧を完全装備して長剣と盾まで持って動き回って平気な団長の方がおかしい。そもそもそんなもの身につけて立てることすらおかしい、人の力じゃない。
「おかしいなーなんで、魔術教えて貰うはずだったのになんで」
「帰ったらこいつがいたからしょうがない」
起き上がったスコールは砂を払うが、汗で濡れた服にこびり付いた砂は落ちてくれない。
「こいつら鍛えるならホノカとミコトを鍛えてくれ。あの二人は伸び代がある」
「あれはお前の配下だろう」
「面倒くさい」
「そう言ってなんでも一人でやってしまうから、他に頼れる仲間が育たない。その結果がどうだ? 撤退だろう」
「……EMLと発電機を持ってきてくれ。それで済む」
「貫通できなかったのか」
「外殻が硬い、あの感じ中身は柔だから多方向からの同時攻撃で衝撃が中でぶつかるようにすればやれる。だけど合わせられるやつがいない、だからEML」
「誰に持たせてどーやって運ぶつもりだそんなもの」
「団長」
「スコール、俺は確かに騎士団丸ごと時空間転移であちこちに運ぶ。しかしなあ、大型兵器ともなるとキャパシティを超える」
「だったらレイに持たせろ。五万トンくらい余裕だろ」
「どこに落ちるか分からんぞ」
「……最悪顔面か」
下手に高空にでも転移して落とせば陸地が割れる。
「あいつの転移は誰かを導にしないと使い物にならないからな」
「やめた……ネーベル連れてこい、フリューゲルブリッツで辺り一帯」
「やめろ」
「翼の爆撃、猛爆か。唯一使える広域制圧術式だ、全部吹き飛ばす」
「そんなことしたら――」
と、物騒な話の傍ら。
「アーヴェ、お前死んだことになってるがここで生活できるのか」
「出来てるねぇ。中立の斡旋所で仕事も受けれるし、身分登録も出来たしぃ」
「……登録し直したのか」
「今のあたいはアーヴェ・ファレノプシスなのだー」
「ファレノプシス……ファライノオプシ、蛾?」
「失敬な!!」
飛んで来た平手をギョッとして躱す。なんだか指の先に切れ味の良さそうなモノがついていたから。
「テメェ俺の顔斬るつもりか!?」
「あたいの顔についてるよりも悲惨な傷つけてやろうか」
「やめっ、ちょっ――」
飛びかかってきたアーヴェを躱し、身を翻して逃げに徹すると懐に刃物を構えたアーヴェが――
「どういう動きしてんだ!?」
風で自分自身を空に巻き上げて逃げる。さすがに空中は安全圏だ、これは今までの経験上証明されている。アーヴェは暗殺向き、一度姿を見られて正面切っての戦いになると不利――
「はい、おしまーい!」
「はっ――!」
キラリとヴェントを狙って投げられた刃物が光を反射した、その瞬間にアーヴェが現れた。ついに飛びやがった、風使いの専売特許の飛行を使われた。
「ざんねんでしたー」
首に冷たく鋭いそれを押しつけられて降参。知らなかったでは済まされない、実戦なら殺されている。
「どおこれ、スコールに作って貰った魔道具。投げた所に飛べるっていいでしょー」
「隙間さえありゃどこでも入れるな。まさに暗殺者向きだ」
ゆるりと降下しながら。
「他にも面白いのがあったよ、塗ると毛が抜ける泡とか、押すだけで火がつく筒とかいろいろー」
「火がつくのは良いけど毛が抜けるってなんだよ」
「お肌すべすべーってどうよー」
擦りつけてくる腕には確かに毛が無い。女性向けに売ればカネになりそうだ。
「あいつはなんでそれ使ってカネを稼がない?」
「面倒くさいって言ってたー。まあでも、おかげで股のチクチクがなくなったからいいしー」
「……ついでに一つ聞くが、まだ処女か?」
「いんや」
「今まで何人客取った? お前はそれで」
「別にいんじゃない? 負けたんだし、死ななかっただけマシって思えば、さ」
着地前にアーヴェが飛び降りてスコールに向かっていく。見ていてなんだが、そこにいるのにいないように感じるほど気配がない。脅かすつもりか? 思ったが、スコールが後ろを見ずにアーヴェの頭を押さえた。気付いていた。
「やりすぎると効かなくなるぞ」
「ちぇー面白くない」
ふてくされたアーヴェがスコールの腰に手を伸ばす。隠しナイフを取ろうと――
「ったぁ! あにこへぇしひれふぅ……?」
呂律が回らなくなり、糸の切れた人形のようにドサリと。
「アーヴェ! スコールテメェなにしやがった!」
「このナイフは刻印が刻んである、触れたらしばらくは動けんさ」
すっと抜いたそれは黒いナイフだった。続けて抜かれたのは白いナイフ。見たことがない。
「それ、なんで出来てる」
「魔力と神力だな。混ぜると爆発する」
「…………。」
なんでそんな危険な素材で出来たナイフを一緒に同じ革袋に差している?
「結晶化させてりゃ大丈夫だ」
「……まあいい。ってか魔術は? 教えてくれるんじゃなかったか」
「気が変わった、正面突破する。無理に戦う必要は無い、神殿にようがあるだけだ」
ナイフをしまうと一人飛び上がって〝神殿〟の方角へと飛んでいく。
「お前、ヴェントといったな」
団長が話しかけてくる。
「なんだ」
「騎士団に入らないか」
「悪い、堅苦しいのは嫌いなんだ」
「……残念だ」
空に飛びあがった団長は、スコールを追いかけて飛んでいく。
「ヴェントさん、お疲れ様です」
入れ違いで濡れタオルを抱えたユキがやってくる。差し出された器、冷えた水には氷が浮かんでいた。
「……おめーは敵と味方の区別をしないのか」
朝っぱらから殺し合いじみた事をしたというのに。
「そんなに区別したいなら、私を殺してください」
「いや、そういうことは」
「私がいなくなっても何も変わりません、いなくていい、ひつようでもない、だから逃げたのに」
恐れる必要がないのに、ヴェントはユキに怖さを感じていた。表しようがないものではない、忌避だ。
「ヴェントさん、誰からも必要とされないのにそこに居続ける辛さって、わかりますか」
「……分からないな、俺には」




