表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/37

風ヲ操ル者

 どこを飛んでいるのだろう。

 追いかけ、追われ、逃げて、背後を取って、追いかけて、見失って、背後を取られ。気付けば見覚えのない空で、あたりには雷雲ばかりだ。

 城郭都市に被害を出さないためか、誘われる形で離れた場所で交戦を開始したがここまでは単なる追いかけっこ。見失ってしまってはどうにもならない。

 空戦専門の魔術師団は常に索敵用の魔力波を放っているらしいが、ヴェントにはそこまでする技術も魔力も無い。もしかしたら完全にまかれてしまっていて、あいつはこの空域に居ないんじゃないだろうか。

 そんなことを思いながら飛んでいると、雲の中から轟音と光が溢れた。

「雷か」

 直撃すれば大火傷か破裂か……なんにせよさっさと離れてしまうべきだ。進路を変更しようと体を傾けると、雲から飛び出た人影が見えた。スコール……ではなかった、次々と出てくる人陰はテンペストの飛行部隊だがかなり怯えているようで、隊列なんて無視してそれぞれがバラバラに飛んでいく。

「いったい何が……」

 そう呟いた刹那、白かった雲の中から黒い何かが溢れ出し真昼の空を薄暗く変えていく。雲に沿って飛んでいたテンペストの傭兵が、触手のように蠢く雲に絡め取られ呑み込まれる。

 逃げながら横に合わせてきたテンペストの傭兵が、声が聞こえる距離まで詰めてくる。

「カザークのヴェントか、この空域から離脱しろ。地上はもうダメだ、とにかく離れたところに――」

 と、視界を焼き尽くすほどの光が迸り遅れて轟音が鳴り響く。

「何が起きている」

「〝神殿〟から黒い霧が溢れてそこから魔物が発生している、霧に触れたら力を奪われる、気を付けろ」

 言うだけ行って離れて行く姿を見送る。どうも情報が行き渡ってないのか、お尋ね者として知られていないようだ。

 さあどうしようかと。スコールならどうするだろうか、あいつの思考は読めない。戦えば勝てるのに逃げ、周囲を気にせず大規模な事をする割にはさっきは速度重視で誘い出すために逃げ、この空域に隠れているのだろうか? 危険だから遠ざかったか? もしかしたらそれを相手が予測していることを考えて雲の中に潜んでいるかも知れない。

 この場で危険を犯してまで探し出して、勝ち目のない戦いをするのか。

 深追いする理由はなんだ? あいつのせいであれこれメチャクチャにされたからか、その仕返しが目的か? 仲間の女を娼婦にされたからか? 理由は必要が無いように思える、ただ気にくわないから排除する、それだけで十分過ぎる。

 風使いは風を奪いさえすれば、後は地に落ちて死ぬだけだ。まともに戦うな、支配できる風をなくしてやればそれで勝手に落ちていく。

 高度を上げ雷雲から遠ざかる。黒く染まった雲が割れ、中から不気味なモノがその姿を見せる。鎖に包まれた赤黒い目玉……城郭都市よりも大きなそれは、鎖を触手のように動かして逃げ回るテンペストの傭兵を絡め取って取り込んでいく。

「なんだありゃ……」

 今まで各地に派遣されてあれやこれやと魔物を討伐してきたが、あんなのは見たことがない。もしかしたら噂に聞く〝悪魔〟というやつかも知れないが、ペルソナが何度か戦ったということくらいしか知らない。噂であれば遠い国で軍隊一つ丸ごと食われたなんていうのも聞いたが、実際にそういう存在を見て本当かも知れないと思う。

 戦って勝てるのだろうか。どうやって攻撃すれば良い、どういう攻撃を仕掛けてくる、弱点は。何も知らない、しかし怖くはない。強大な敵を攻略するのは楽しい、どこから突き崩すか、正解となる攻略方法をあらゆる方向から分析して見つけ一気に崩す。どの答えも不利益になるジレンマではなく、解けそうでいて解けないパラドクスでもなく、正解が用意されているパズルなのだ

 風属性にはコレと言った空中での魔術攻撃手段が少ない。風圧を利用した切断は斬る前に吹き飛ぶ、やるとしても空気を塊として操って叩きつけるか、風で何かを巻き込んでぶつける、圧縮してその解放で吹き飛ばす、圧縮自体に巻き込んで潰す……のはやれるやつだけ。他にも空気中の酸素だけ選り分けて酸欠にしたり、逆に酸素ばかりにして燃やしたりとあることはあるが、実戦で使うには手間が掛かる。

「どこから仕掛けるか……」

 鎖に覆われた目玉。目玉なら正面から小石でも投げ込んでやれば泣くか? そんな安易な考えでも、可能性としては否定できない。攻略方法が分からないなら思いつく手段を端から試して見るしかない。

 取りあえず地上まで降りようかと雷雲を躱して高度を下げ、見下ろせば大地が黒く蠢く何かで覆われていた。白く見えるところは〝神殿〟だろうか。

 ようやくここがどこなのか分かった。風が変わりすぎていて、流れを見てもまったく見覚えがないはずだ。

 降りるのを諦めて再び鎖に覆われた目玉を見ると、その近くで何かが光って視界を焼き付く光が炸裂し、遅れて轟音が空間を揺すぶる。

 雷光ではなかった、魔術だ。

 光の魔術師は〝神殿〟直属の兵がほとんどで、部外にその詠唱が知れ渡ることはほとんど、ない。だが〝神殿〟があの状況でなぜ神殿兵が空中にいる?

 疑って、しかし他に手立てがなく近づいて見るとスコールだった。この状況で奇襲を掛けるかどうか、一瞬悩んで、その隙は状況が動くには十分。

 雲間から砲弾の如く飛び出した本物の〝神殿兵〟が斬りかかって来た。

「あっ、うぉっ!?」

 間一髪、避けられずに斬られた。浅い傷だ、それでも血が流れ出る。

「なんだいきなり!」

 勢いそのままに離脱した神殿兵は黒い雲に隠れ、また別の方向から違う神殿兵が襲ってくる。風が読めない、敵の位置が分からない。風が暴れている、怖がっているように思える。目視してからでは遅すぎる、だが位置が分からない。

「くそっ」

 一つ、二つ三つ、傷が増える。

 このままやられてなるかと、一か八かスコールに突撃した。

「スコーーーール!!」

 こっちに気付いた途端に、驚いたような動きを見せて逃げた。同時に背後に嫌な気配を感じて振り向くと神殿兵の大部隊が見える。ちょっと無理して追い付いて、真横に詰める。

「逃げるな!」

「戦いに来たんじゃないのか、なんで攻撃しない」

 後ろを指差す。

「あんなのがいて戦えるかよ」

「……雑魚だろ」

 スコールの周りで光が瞬いて白い結晶が浮かび、パチッと弾けたその瞬間に後方に飛ばし光が炸裂。数瞬遅れて轟音と姿勢を維持できないほどの衝撃波に襲われる。

「おぉぉ……なんだそれは」

 体がビビってる、心臓が萎縮して妙な感じだ。

「敵に教えるわきゃねえ」

 くるっと反転して、後ろ向きで飛びながら追いかけてくる神殿兵に手を向ける。もう一度ぶっ放すのかと思いきや、赤や青、銀の光が舞い強く光ると同時に大量の水が溢れ赤い光を飲み込み、手放す。神殿兵が近づいた途端、水球の中で爆発が起こった。

 真っ白な水蒸気と大量の熱が撒き散らされ、追っ手が落ちていく。あいつらが雑魚なんじゃない、こいつが強すぎるだけだ。今まで良く殺されなかったなとさえ思う。

「すげぇ……」

「教えてやろうか、国を滅ぼせるぞ」

 国を盗れる、とは言えない。そこまでやれるだけの人員も魔力も用意できないから。

「敵に教えるのか」

「手伝え、あのデカブツを排除する。神殿に近づけないから邪魔だ」

「神殿になんの用がある? お前ほど強ければあそこに保管されてる魔術は要らないだろ」

「盗られたから取り返す、それだけだ。やるか?」

「……お前のことは気にくわない。だけどあれは放っておいたら誰かが倒してくれるようなもんでもねえし、やべえんだろ」

「そうでもない。この星の表面にのさばる生命体が絶滅するだけだ」

 ヴェントは決めた。

 こいつはやるだけの力があるが、やらないのだと。

 だったら力はくれるらしい、自分がやらないで誰がやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ