城郭都市デ
「待てコラー!!」
泥まみれのヴェントが空に向かって叫ぶが、飛び去って行く姿はすでに点だ。声なんて届かない。
人を抱えたまま空中戦をするやつを初めて見た。空中投下目的で抱えて軽い回避機動とかは見たことがあるが……。普通武器とか鎧ならともかく、人を抱えて高機動戦闘なんて危険すぎてやらないのに、たった今それをやった野郎に撃墜された。
追尾式の魔術弾を撃っても地上に向かって飛んで、激突寸前で飛び上がって魔術弾を地面に叩き付けるなんていう危険な機動を取り、当たったかと思えば青い欠片が散って何事もなく飛び続ける。
魔術攻撃が通用しないからと、直接狙いに行けば速すぎて追いつけない。一瞬消えたかと思うほどの高速移動に見失い、またそれで発生する衝撃に吹き飛ばされた。
勝てない。
勝利への道筋を描き出せない。
仮に近づけたとしても透明な武器に襲われる、しかも野郎が手に取れば実体化する。見たことのない武器が多数あったが、各地特有の武器だろうか。
なんにせよ勝てない。
「チッ、あの野郎」
どうせ向かう先は城郭都市、そこに行けば手がかりくらい掴めるだろう。
お互い今ではお尋ね者なのだ、居場所などすぐに広まって殺害要請を受けた殺し屋が追いかけてくる。長居はしない、それでもどこに向かったか、どこに潜んでいるかは周りの動きを見て探ることが出来る。
追いかけたところで無駄だと考え、空に飛び上がって緩く加速してのんびりと飛ぶ。
眼下には死体や馬車の残骸、積荷が散乱している。商隊がいくつも襲われたようだが、それにしては群がる盗賊などが見えない。襲ったのがスコールがだと分かって手出しを怖がって居るのかも知れないし、もしかしたら襲う前に邪魔だと排除されたのかも知れない。
飛んでいる内に乾いた泥をはたき落として、服も叩いて砂埃を飛ばす。やはり直接的な攻撃ではないとは言え、土を巻き上げるのは危険だ。泥ならなのこと、乾いて擦れたら簡単に擦り傷ができてしまう。薬がなく治癒術士もいないときに感染症にでもなれば最悪だ。
「……意外にちけえ、もう見えやがった」
ほんの十数分で城郭都市が見える。愚直に正面から入ろうとすれば大捕物になるだろう。相手方の戦力が未知数の場合はそんなことしたくない。とくに今回、スコールが城郭都市に居るということは獲物を狙う高階梯の連中が潜んでいてもおかしくない。本番前の肩慣らし代わりに襲われたら洒落にならない。
高度を上げ、下から見えない程度まで上がると人気の無い場所を探して急降下する。屋根に着地してつるっと滑って狭い路地に落ちて。
「いってぇ」
何事もなかったかのように、砂埃を払い落としながら人混みの中に紛れ込む。
「さーてどこから探そ――」
と、人混みの中に目当てとは違うが居た。しかもこっちに来る。
「ハーイお兄さん、日頃の溜まりに溜まった性欲を発散してかなーい?」
「生きてたのかアーヴェ!」
「やーこの前ねー死にかけたけどねぇー」
ほっぺのざっくりやられたような傷痕が痛々しい。
「ほらーあのスコールって人ー、酷いんだよ首輪つけてしかもそれが爆弾でさー。空からぽいって、落としやがって爆破しやがってさあー。指向性爆発ってやつぅ? あれ結構痛かったけどねー」
「つーかアーヴェ」
「なにぃー?」
「娼婦落ちか」
「…………うぃ」
見ているこっちが恥ずかしくなるほどの薄着だ。しかしそこらの安いところで見かけるようなものとは比べものにならないほど良い。
「あ、あんまそういうのは、ね?」
なんとも言えない大胆な衣装……。首から下げる上質な布でギリギリ胸の桜色が見え、風でも吹けば完全に見えてしまう。お尻は後ろからではほぼ丸見えで、下着と呼べるものはなく薄布で覆う程度。前から見ても申し訳程度に隠されているだけだ。それでもデタッチドスリーブやネックレス、ガーターリングなどに宝石や金が使われていてかなり目を引く。
「寒くねえか」
「そっちかい! 普通心配するよね!? 元仲間なんだしさ!」
「水浴びの時に平気で男連中の中に混じってたから」
「ちょぉっと! これでもいたいけな女の子がこんなハレンチなカッコで公衆の面前に晒されるって言う状況だよ!?」
「…………で?」
「で? ってなに、元仲間とは言え女の子がこんな格好で誘ってるのに勃たないわけ」
「悪い、好みじゃない」
「がくし……あっれぇ初めて拒否られたよぉー? 大抵胸とか股間とかチラ見せしただけですぐに誘い込めたのになんでー」
「それよかシンティラは」
「知らねー」
「仲間だろ」
「正確には、仲間だった、だにぃー。スコールと戦って逃げたし、どっかで野垂れ死んでじゃなーい?」
「お前なあ!」
「ほーい怒鳴らなーい、あっち見てみ」
娼館の入口にいた警備兵が槍に手を掛けて、すぐに動けるように構えていた。
「あのくらい余裕だぞ」
「スコールが出てくるよ?」
「うっし、やるか」
「ちょっ! 待ちぃ、なんで――」
常識的に考えて、触ったら祟りが起こると言われて触りに行くだろうか。
ヴェントは行った。
道行く人が吹き飛び、露天の商品が空を舞う。一瞬で警備兵へと距離を詰め、空気の塊で地面に叩き付ける。
勢いそのままに娼館に飛び込んで広い受付で目についた警備兵を吹き飛ばす。強盗かと、客や従業員たちが物陰に隠れ瞬く間に警備兵たちに包囲される。
「何事!? 凄い音がしたけ……ど」
二階から女が叫ぶ。裏方の下働きだろうか、見える範囲の従業員よりも衣服の程度が低い。
「スコールを出せ! 嫌なら吹き飛ばす」
「何さアンタ! いきなりウチの店に入って暴力とは良い度胸じゃない」
階段を駆け下り……ずに、二階から飛び降りた女が警備兵を掻き分けて正面に立つ。
「なぁにこの前潰した商会の下っ端アンタ? 腹いせか、仇討ちか、あぁっ? アンタらみたいな」
「うるせえ」
風を操って女を引き寄せると、浮かばせてそのまま入口の方へと投げ飛ばし、ちょうど入ってきた人もろとも外に消えた。
「ここに居るんだろスコールが。さっさと出せよ」
一瞬武器を構えようとした警備兵たちだったが、場の気配が変わったことに気付いたのかジリジリと下がっていく。空気が重い、というか物理的に分かるほどにピリピリして来た。
「帰って見りゃあ……こりゃなんだ」
背後からの声に振り返ればスコールと、袋を抱えたユキがいる。投げ飛ばした女はスコールに支えられ、額に血が垂れていた。
「ようやくか」
「なんだ、そんなに死にたいか」
「俺の仲間を娼館なんざに入れやがって、殺す!」
「……エレン、悪い。たぶんこの辺大惨事になるわ」




