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城郭都市ヲ目指シテ

「すげえな、結構速いじゃないか」

 狼の群れの中、追撃を振り切って行く二人の姿があった。

「ヴェントさん、血が」

「こんなもんほっときゃ止まる」

 狼の背中に跨がって、まるで馬に乗るかのように……とまでは行かないがかなり速い。地面を蹴る度に下から突き上げる衝撃がかなり痛いが、それくらいは我慢するしかない。馬に乗る姿勢と違ってかなり前のめりで、その分服が擦れるからか生地が破けそうでもあるが。

「それにしても、俺がいない間にかなり良くなったじゃないか」

「風邪みたいなものだったんじゃないでしょうか」

「だといいけどな……」

 本当にタダの風邪とかそういう類いだったら、治癒魔術ですぐに良くなるはずだ。彼女の場合は治癒を掛けるほどに悪くなった、ともすれば別の何かだ。

 例えば、呪いとか。

 周期的に出てくるモノなのか、それとも何かの条件によって引き起こされるのか。

「取りあえずは城郭都市を目指すが、ユズリハ、仲間と合流しなくていいのか」

「……それは、たぶん大丈夫です」

 この狼たちが案内してくれるはずだ。

「だったらいいけど。それから後はどうする、殺害要請が出てる時点で俺たちは人の生活圏に長居できない」

「そうですよね……どうしましょうか」

 ふと考えてみれば流されるままにこんなところまで来て、未来の予想が出来ない。しかし帰りたいとも思わない、どうせ帰れない、引き返せない。

「人……? 落ちてくるぞ!」

「なにか、光って……」

 急に狼たちがばらけていく。不意に影が差して空を見上げれば人……だけではなく馬や馬車の残骸、積荷などが大量に――

「風よ――」

 呼びかけても風が応じない、それどころか拒否するように肌を切り裂くほどの風が吹き下ろし、大量の剣を浮かばせた男が飛んでくる。

「邪魔するな」

 返り血に染まった感情のない顔、スコールだ。

「風よ、舞え」

 空に引っ張り上げられるかと思うほどの風が、降ってくるすべてを空の彼方へと吹き飛ばし、少し遅れて雲までをも吹き散らす。

「スコールさん!」

「大丈夫そうだな、怪我はないか? だるかったり、変な感じがしたりは?」

 急に距離を詰めて来ながら次々と聞いてくる。しばらく前の突き放すような雰囲気とはまるで違う。

「い、いえ……とくにないですけど」

「風邪引いたような感じになったりとかも、なかったか?」

「それはありましたけど、もう大丈夫です。治りました」

「全然大丈夫じゃねえんだけどなそれは」

 くるっとヴェントに向き直ると表情を変える。

「取りあえず、守ってくれたことには感謝しよう」

「テメェが襲ってこなけりゃそもそも」

「なってねえ。だが、運がなかったとか、そういう考え方でしかない」

「アーヴェとシンティラを殺しておきながらよく言う!」

「事実だろうが。ただ運がなかったから巻き込まれた、それだけだ」

 気圧が変わった。

「二人ともやめてください!」

 ユキの叫びなど届かず、両者互いに圧縮した空気の塊を撃って地面を抉り、地平の彼方へと吹き飛ばす。

「戦術級の威力か、一人で戦線を崩せるぞ」

「化け物に言われても嬉しかないね」

「だろうな」

 直後、風が吹き荒れ土を巻き上げ視界が闇に覆われる。どこまで巻き上がったか、日の光を完全に遮るほどの大量の土煙の中からユキを抱えたスコールが飛び出す。

「スコールさんやりすぎです!」

 全身泥まみれで、ユキは顔についた泥を拭う。

「確かにな、地下水脈まで届くとは思ってなかった」

 日の光や空気の冷たさが痛いとさえ思える高度まで一気に上昇する。

 眺めは最悪だ、一面土煙の茶色に染まっている。離れたところから見ればキノコ雲のようにでも見えるかも知れない。

「でもまあこれいくらいやらないと……振り切れない」

 振り返れば土煙が妙な流れ方をしている、吹き飛ばしても流れ込むのは土煙。風を使うなら使えなくしてやるしかない。

「どうして、殺さなかったんですか」

「ククッ……平然と聞いてくるな。理由がアレだが、仲間を助けてくれたなら、一回くらい見逃してやってもいいかとな」

 戦いには向かない、自分の命を軽視する、それでいて助けられる命は助けようとしながらも立場が変わればすぐに考え方を変える。嫌いではなかった、スコールとて守るためなら死んだところで構わないという考えだ。自分がいなくなってもそれを引き継ぐ誰かがいれば、躊躇いなく危険なことをやる。

「どうだ、空は」

「……飛び降りたら、死ねそうですね」

「場所と、姿勢にもよるが」

 下を見れば黒い点のようなもの、狼たちが群を作りながら走っている。かなり数が減ってしまったが、ついてくるなら使うまでだ。アレだけのことをすれば見限られるかとも考えてはいたが、どうにも群のリーダー格に懐かれてしまっているようで、なかなか離れない。

「さて、帰ったらまずは風呂だな」

「そうですね……泥まみれなのは嫌ですし」

 自分でやっておきながら、やっぱりさっさと始末してしまった方が泥まみれにならなくて良かったんじゃないかと、ちょっとばかり後悔する。

「あれ……後ろ」

「あっ、来たか、速いな追い付かれるか?」

 見逃そうかという考えが、追いかけて来るならやっぱりやめようかという方向に傾く。

「空中戦はあんまりやりたかねえんだがなぁ……」


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