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斡旋所ノ日常

「酷えめに遭ったな」

「あの野郎ちったあ手加減すりゃいいのに」

「あいつぜってぇ仲間だろうが平気で殺すぞ、絶対いつかやるぞ」

 一階、受付奥の大広間は負傷者たちで溢れかえっていた。そのほとんどは神殿を巡る二国の戦争に参加していた者たちの内、セントラ側に参戦していた連中だ。あちらこちらから上がる怨嗟の声は主に、センタクス側に雇われていた一部のおかしいバカに向けられている。

「だそうだが、ヴェント」

 ペルソナは長椅子に寝そべって脚を組んで、すぐ隣に座っている頭巾野郎に言う。最初こそ勢いよく突破していたが、相手側にもそこそこのやり手がいて途中で面倒になって撤退したためあまり恨まれてはいない。

「殺していいなら今度から竜巻で空に打ち上げるか」

 さらっと言われた本気か冗談か分からない一言に、聞こえていたやつらは黙り込む。もっとも被害が大きかったのはヴェントと呼ばれた彼が巻き起こす風の魔術に起因する攻撃だ。地面もろともすべて根こそぎ吹き飛ばして、防衛陣地など意味をなさない攻撃を放った後には綺麗な侵攻路が出来てしまう。当然巻き込まれたら死ぬ可能性は高く、生き残っても生き埋めや瀕死などまず死に繋がる状態になる。

 今回はさすがに〝神殿〟に損害を与えるわけにはいかず控えめだったが、それでもかなりの被害だ。

「ちなみに本気ならどこまでやれる」

「怖いからやったことねえよ。つかおめーもその変な剣でよく戦えるな」

「そこらの武器じゃ耐えきれないから使ってるだけで、実際使いにくい」

 三尺刀を引き寄せ、起き上がると大広間から出て行く。

「あ、ペルちゃん待ってー」

 するとその背中を追いかけていく姿があった。桃色の魔法使いだ。ペルソナの一撃で弾き飛ばされた集団の中にいた支援要員で、腹部の打撲という軽傷で済んだ運のいい一人。ほかは骨折や内出血で生活に支障を来すほどの者がいる。

「シンティラ、暇だろ仕事受けろ」

「今日はペルちゃんのサラ艶髪の秘密を探るのー! ってもういない!」

 ペルソナを追いかけて外に飛び出して行った魔法使いを眺めながら、悪巧みをする男どもがいた。

「やられっぱなしは気にくわねえ。たまには痛い目見せてやろうぜ? お前ら」

「あんなひょろっちい野郎、路地裏に引きずりこんでしまやあ……なぁ」

「やれねえことはねえな。怖い思いさせてパシリにでも」

 悪巧みをしている彼らに向け、ヴェントはぼそりと。

「やめといた方がいいと思うなぁ……」

 ペルソナの性格を考えると……路地裏で人目に付かないところに引き摺り込みでもしたら殺されるだろうな、と。

 しかし仲間内での争いごとはよくあるし、死人がでることも多々。止めに入れば面倒なことになるから、放っておこうとヴェントは大広間から出て受付に向かった。

「セントラムの状況は」

「今は両軍とも退いて膠着状態だ。お前さんらがやりすぎなかったおかげで長引きそうだぞ」

「狙ってますから。戦争があれば儲かるところは、火種を作るか消えないように動くことも必要なんでね。そんで、また派遣要請は」

「いまのところはー……ない。近場のもんだと、盗賊団への対処か遺跡の調査隊の護衛あたりだが」

「他のやつらが受けてるものは? 第三階梯以上のやつで」

「さっきペルソナがゴブリンの殲滅を受けた。それ以外は……雑魚の討伐、採取だ輸送だと簡単なもんばっかりだ」

「あいつ第六階梯だったよな、それ新人研修か」

 階梯、強さを示すものだ。そこらの新米兵士で二から四程度で、五から上は基本的に魔術を使えないと認証試験を突破することが不可能に近くなる。しかし強さを示すと言ってもあくまで評価で有り、実際に戦わないことには分からない。認証試験を通って公式に与えられる階梯、そして行いに対してつけられることもある階梯。

「うちからは単独だ。余所の組合からは第二十階梯のスコールが参加しているらしい」

「単独ねえ。第二階梯が一対一で訓練するような雑魚を……ん? 殲滅って言ったよな」

「大規模な群れの殲滅。推奨は一人なら第十五階梯以上、組むなら第四階梯で最低二十人」

「それ不味いやつじゃ」

「止めはしたが、報酬が高いからと行ったよ。あのバカ」

「ちょいちょい……しゃあねえ、手伝いに行くから場所教えてくれ」

 受付の男が地図を広げる。凄まじい量の書き込みがされ、端はすり切れあちこち日に焼けた地図。貴重なものであり入手は困難であることから欠片でもかなりの価値がある。

「セントラム南部の廃炭鉱。この周辺と内部の一掃が任務だ、危なすぎて放置されていたから周辺の村に被害が」

 炭鉱、そう聞いてやけに推奨階梯が高い理由が分かる。中に入れば下手に魔術を使えない上に小柄で数が多いゴブリンに利がある。それに周辺地形は地図が正しいならば森、これもまたゴブリンに有利だ。

「そういうのはいい。俺も参加するから手続きは頼む。さすがに仲間がゴブリンに嬲られるを放っておくのは嫌だしな」

 さすがに単身敵陣に飛び込んで薙ぎ払うような戦いが出来るとは言え、相手は人間ではなく小柄な魔物だ。同じ感覚で小さいから薙ぎ払いやすいからと挑めば確実に数の力で押さえ込まれるだろう。ペルソナは報酬が高ければ危険な仕事だろうが飛びついていくやつだが、戦い方を見ていると危なっかしい。

「行くなら戦域確認してからにしろなー」

「カネにならん戦に飛び込まねえって」

 そんな返事をして外に出たら、そこが戦場だった。

 悪巧みをしていたのは大広間のバカだけじゃなかったらしい。そこそこやり手の中で、それもこの前のセントラムの戦争で仲間に結構な被害を出した中では一番階梯が低いペルソナ。仲間内の溜まりに溜まった鬱憤を晴らす為、その矛先が向けられていた。

 ちなみに仲間内の殺し合い、よほど被害を出さない限りカザークでは処罰の対象にならない。

「……ペルソナ、手伝おうか?」

 一言。第八階梯、ヴェントが参戦する意思を示すとペルソナを取り囲んでいた連中が敵意を向けてくる。ヴェントは基本的に風の魔術で広範囲を吹き飛ばす、だから街中なら得意の攻撃が出来ない、数で押せばやれるとか思っているのだろう。

「いくら欲しい?」

「カネは要らねえ。代わりにゴブリンの殲滅、俺も参加させろ」

 勝手にしろ、そういう意味か、頷いたペルソナは小太刀を抜いた。こんなところで三尺刀を振るうほどバカではないようだ。

 階梯としては六。しかし実力としては二桁並に。ヴェントもそれは同じだ。あくまで階梯は試験突破でその階梯であると言えるようになる。

「それじゃあ――風よ、我に集え!」


 ―――


 街が土煙に包まれていた。

 かれこれ三十分ほどだろうか、パラパラと降ってくる砂埃の雨はやんだが口元を布で隠さないと息をするのは厳しい。

「結構巻き上げたなぁ」

「カネを、な」

 食堂の隅で茶色に汚れた戦勝者が小さな祝杯を上げていた。

「いやいやこの惨状を見てそこは土を巻き上げたって意味で……おーい」

 襲ってきた仲間から奪えるもの全部かっぱらって換金、そして手元に入ったカネを袋に小分けにして大袋に押し込む。

「いつも思うけどよ、お前稼ぎの割に装備があんまいいもんじゃねえよな。何してんだ?」

「秘密」

「……まあ聞かないで置くけど、自己投資も必要だと思うんだがな」

「投資ねえ」

 注文した料理と酒が運ばれてくる。昼間から飲むのはヴェントだ、逆にペルソナは酒や煙草は苦手としている。

「おめーも飲めよ」

「必要ない」

 頼んだ料理も味付けが薄い物がほとんどだ。いつも見るのは質素と言う一言が似合う生活ばかり。衣服も飾り気のない物を、武装も使えなくなるまで修理していよいよ買った方が安いと言えるまで使い潰す。節制、というと度を超している。

「つれねえな」

「付き合う気はない」

 二人とも土まみれの頭巾を脱いで、外套も脱ぐ。どうせ食べ終わって外に出ればまた土で汚れるからと、そのままだ。

「しかしまあ、髪切れよ。爪も」

「邪魔になったらバッサリやるからいい」

「十分邪魔だろ、それ」

 前髪は目を完全に隠している。明らかに状況確認の邪魔になるだろう。

「鼻先まで降りてきたらー……切ろう」

「だからいつも暗いとか表情が分からないとか言われんだよ」

「別にいい」

 見ていてなんだが、ヴェントからしてみれば指とか腕も細くて本気で握ったら折れるんじゃないだろうかと思えるほどだ。よくそんな腕で長い剣を振るえるなとすら思える。

「なん」

「いや、細ぇなって」

「力はある。戦えるなら問題ない」

「少しは会話を繋げないか」

「必要ない」

「そんなんじゃ誰も寄ってこなくなるぞ」

「それが? 寄ってきたって邪魔なだけ」

「お前なあ」

 いつもこんな感じで、そこからは食べることに集中して何を言っても返事がなく、食べ終われば未だ土煙の舞う外に出て行く。

「なんだかなー……」

 数秒、入れ替わりで茶色い魔法使いが入ってくる。

「あ、いたいたヴェントーペルちゃん見なかったー?」

「いま出てったのがペルソナだ」

「いぃーまぁたあの砂埃の中ぁ……やだぁもう」

 砂を払い落としながらシンティラはカップに手を伸ばす。

「こら、お前にはまだはやい」

「べつにいーじゃん」

 ヴェントに手を払われるが、カップを取って口をつける。

 見た目としては子供と大人の間、年としては成人だがまだまだ子供だ。

「てかさーペルちゃんのサラ艶髪の秘密知らなーい? 指も細いし綺麗で爪も全然傷がないしー、羨まし-ってかあんなのどうやってお手入れすればいいのーって感じでぇ」

「俺が知るかよそんなの。水浴びの時にでも聞いてみりゃいいじゃねえか」

「それがさーペルちゃん脱いだら凄いんだよー……もう、あれ、近づいて話すのとか無理」

「すごい……とは?」

 思えば仕事帰りや戦場で何日も過ごすときにも脱いでいる姿を見ることがない。

「すらーっとしてて背も高いしぃ」

「遺跡とかで狭いとこ入れるのあいつくらいだしな」

「脚も長くてお尻もいい形してるし」

「走るの速いしあの蹴りは驚異だ」

「お腹も細いし手も細いしまさに理想!」

「痩せすぎなんじゃねえのそれ」

「もーそんなこと言うー」

 カップに酒を注ぎ足して口をつけようとする。

「あんま飲むなよ」

「美味しいのに」

「それ以上飲むなら、カネ」

 前払いで出しているのはヴェントだ。ペルソナには許したがこいつは勝手に飲んでいる訳で、カネを要求しないということはない。

「えー」

「えーじゃない。嫌ならちょっと付き合って貰うぞ」

「あ、ごめん、あんた好みじゃない」

「そっちじゃねえ! ゴブリンの討伐、人数は多い方がいい」

「やっだぁそんなの。ゴブリンってあれじゃーん、女の子襲ってー産めよ増やせよ的なあれだよねー」

「ペルソナが一人で行く気だぞ」

「えぇーペルちゃんが……うわー行きたいけどー行きたいけどぉ……やっぱゴブリンってさぁ、下手したとき怖いじゃん」

「じゃあカネ寄こせ」

「チィ、守銭奴め」


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