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結晶化ノ病

「……久々に仕事が来たかと思えば」

 露天商が並び賑わいのある通りが交差する広場、それを見下ろしながら幕壁の上を駆けていた。

 取りあえず会って話をしよう、そんなことを伝令から聞いたが指定場所はまず人が上がれる所じゃないぞと。一週間掛けて監視の〝穴〟を探して、隙を見て魔封じの施された壁をよじ登って監視の〝穴〟を必死で走る。少しでも時間がずれれば見つかって大量の矢と魔術が飛んでくるのは間違いが無い。

「そこか」

 見張りの交代の時間、誰も居ないはずの胸壁に白騎士が背中を預けて座り込んでいた。

「わざわざこんな所指定しやがって、何のつもりだ」

 全身を覆う白い装備は傷だらけだ。与えられた時からずっと使い続けてからこそ愛着がある、みすぼらしくてもまだまだ新しいものに変える気はない。

「見つかったら後がうるさい」

 そんなことを言う彼はそろそろ現役引退を考えている、しかしそうは言ってもまだ年は三十。まだまだ戦えるどころかこれからが大事なのだが、若頭を良く思わない老人どもや年上の下級騎士からの圧力が少なくない。

 スコールの無礼な口の利き方にも注意はしない。最初の出会いから最悪だった。戦場に降ってきた災厄、それが団長なりの評価だった。いきなり空中投下されて着地後精鋭部隊を一人で殺した実力を知っているから、仲間を殺された恨みよりも優秀な戦力として欲しいとさえ思う。

「騎士団長が何をまた。長距離転移してまで言う用事か?」

「そうだな……直接会って話したいことではある」

 空を見上げながら、何かを決めたように再び顔を合わせる。

「革命を……起こさないか。今の体制を壊そうと思っていてな」

「今更言うか」

「驚かないのか、お前なら反対するかと思っていたが」

「いや、むしろ壊してやろうともう準備はしてる」

「いったいどういう」

「こないだ下級騎士にうちのが襲われた。一人は助けたが、寝たきりの方は何かされた」

「……すまんな」

「謝るなよ、把握出来やしないほど規模が大きいんだ。そんでまあ、壊すってのは」

 軽く腕を振るう。真っ黒な結晶が生える。

「こいつですべてを結晶化して砕く」

「無差別にやるきか、せめてやる前に避難は」

「そんなことをして一部でも逃がせば何度でも繰り返す。腫瘍を排除するならある程度の犠牲は出る」

 スコールが使う術は他に使い手がほとんど居ないモノばかりだ。そのほとんどが禁忌とされていて、使えるようになる前に死ぬことすらある。

「現体制の破壊と立て直しだろう? 躊躇うなよ、思い切りぶち壊してやればいい」

「……怒って、いるのか」

「キレかけだな。手を出された以上、それが味方だろうが排除する……さきにやることはあるけどな」

「やること……あぁ、あいつを助けるのか」

 遠く、ここからでは見えないが〝神殿〟に囚われている彼女を。助けなくていいから逃げてと言われ、端からそんなことを聞く気のないスコールは何度か〝神殿〟に仕掛けている。

 突破して辿り着くまではいい、そこからが問題だ。苛烈な攻撃に晒されながら封印術式を破壊しなければならない。先に周りを片付ければ防御術式が動いて次々と敵の戦力が増える、かといって破壊に専念すれば無差別転移に狙われて遥か彼方に飛ばされる危険にさらされ、同時に殺しに掛かってくる連中の相手もしなければならない。

 純粋に人手不足、しかしついてこられるほど戦えるような人員は確保できない。他の戦線を支える柱を引き抜けば、絶妙な天秤の傾きが一気に変わる。そんなことはさすがに出来ない。

「手伝ってもいいぞ、どのみちお前が頼りだ」

「こっちを頼るな、レイズを頼れ。あいつなら……いや、ダメか」

「強すぎるのも問題だよ。アレの力に頼ってしまえば反感が大きくなる。お前とて動きづらくなるのなら」

「どうでもいいな。今は利害の一致で分かれているにすぎない、大人数をまとめ上げるだけの人望、それだけを言うとメティサーナでは話にならん。かといってレイズでは騎士団と新参の連中がついて行かん」

「騎士団のメティサーナ、盗賊のレイズ、そしてフリーランサーのお前。どこかを立てるなら」

「まだ細分化できる。騎士団のトップにあのクソニートを置く必要がない、団長……革命なんだろう? あんたが騎士団のトップに立てばいい近衛連中でも一人でやれる。今のうちだ、信用できるメンバーを集めて再編しろ、今ならまだ利害の一致だ。まとまっていないからこそ手回しも出来るさ」

「…………やってみよう」

 自信がなさげだ。最初こそ良かったが、数が増えるにつれよろしくない連中が内部でも発生し始め、今や初期の団員でさえも信用ならない。スコールに帰って来て欲しいと伝えてくれ、その命令がどこでねじ曲がったかかなり強引な手段を取った。

 実行した騎士は、スコールからの報告では〝消滅〟させたなんて恐ろしいことをさらっと一文で送られて来ているし、関わった騎士も処罰しようとしたら派閥争いに発展しそうになり遠回しに圧力を掛けることしか出来なかった。どこでどう繋がっているか分からず、どこの派閥が誰を推しているのかも分からない。

「一応聞くが、お前なら誰を信じられる」

「基本は誰も信用しないが……騎士団の中なら団長、あんただけだ」

「それだと意味が無い。他は」

「他ってそもそも知ってるやつが……あ、キサラ。あいつしか知らん」

「キサラ、どこの隊だ?」

「訓練兵だ、青っぽい目の色した女」

「いつ知り合った、アグレッサー隊に居なかったよな」

「いつだか……ほら、三部隊ほど潰してかなり文句言われたアレ覚えてるか」

「……覚えてるよ。真夜中に敵襲って聞いて出て見りゃうちのバカ騎士共が強姦未遂で、お前が容赦なく切り捨てたやつだろ」

「あれで犯されかけてたうちの一人。最近騎士団に志願して入ったらしい、女騎士は珍しいからって噂は聞いた」

 たんたんと言うスコールだが、団長の顔は俯いていくばかり。

「また不祥事が起こるのか……」

「中央と末端の連中が腐ってるからな、下手したらあんたの所まで上がらない報告の中に混じって消えるぞ。いつかみたいに無理矢理やったくせにあっちが誘ってきて罠にはめようとしたとか言って逆に罪を着せて口封じに処刑とかあるかもな」

「そんなの初めて聞いたが」

「そんだけ腐ってるってことだ」

 胸の前で拳を握ると、ガラスが砕ける音がして空中に透明な武器がいくつも顕現する。それらを手で追いやるようにして次々と顕現するものを送っていくと箱が出た。実体化させてフォルダに分けられた書類のまとまりを引っ張り出す。

「それは?」

「騎士団相手に戦った中で、独断と偏見でまとめた報告が上まで行ってない分だ」

「後でコピーして返す、全部くれ」

「これだけ持って時空移動は骨だぞ」

「大丈夫だ、お前が連れていた他の連中も何度か運んでいる。人を運ぶのに比べれば紙切れ程度は……」

 次々と透明な箱が空中に顕現し増えていく。

「これで半分だが、行けるか? コンテナ二つ分はあるぞ」

「……い、いける」

「情報密度で言えばあいつら運ぶよりきついぞ」

「名前だけ一覧でくれ、そいつら無条件にピックアップしない」

「いいだろう」

 用意していたのか、ファイルを取り出すと数十枚ほどビッシリと。団長はしばらく黙り込んだ後、溜め込んだ息を吐いた。

「騎士団だが、お前を団長としてもう一つ」

「面倒くさい」

「役目を考えると、今のままでは」

「不味いのは分かっているが、それがどうした。あいつの機嫌を損ねないようにする、そのためだけの組織だろ」

「機嫌を損ねたらどうなるか分かってるだろ」

「過去へ未来へ飛ばされる程度なら別にいいし、それくらい」

「レイズのこと考えろよ、太陽に転移させられて蒸発したぞ」

「それが? そんな危険な場合は無効化する」

 そっと胸壁から顔を覗かせて、交代の兵士が登ってきているのを確認する。まだまだ時間はあるが、余裕を持って撤退したいところ。

「他のやつらのことを考えろよ、お前だけだぞ無力化できるのは」

「出来るからって一人に頼りすぎると、そいつを失ったときにはどうなる?」

「分かってる、分かっているが今だけは」

「そう言って最初だけ、今だけって頼るうちに自分でやろうとしなくなる。それは困る」

 不意に立ち上がると胸壁の隙間に飛び上がる。

「おい」

「ナイトリーダー。あんたはあんたのやるべきことをやれ、こっちは一人でなんとかする」

「だからお前になんとかして……飛びやがったよ」

 はぁ、とため息を漏らしてどうしようかと考える。今のままではダメだと分かっているが、誰も変えようとしない。スコールが一番の頼りではあるが、あいつは自分の女だけが大事で他は例外有りでどうでもいいらしい。

 どうにかして頼れないか、見下ろせば着地した体勢のまま固まっている姿がある。

「バカか」

 魔封じもなにも効かないが、そこそこ運がないやつだ。風を支配下に置く前に煽られて壁に当たりでもしたのだろう。

 団長の知る限り、スコールは風使いであり同時に無数の武器類(だけに限らない)を別空間に捉えてその複製を取り出して戦うという、他では見ない戦い方をする野郎だ。魔術は使えないと言いつつもしっかりと使って殺しに行く。どういう意味で使えないのだろうかと疑問に思うところだ。

 しかもそれ以外にも隠し持った術札を使ってあらゆる魔術を放ち、自身の魔力を使って結晶化させ砕く攻撃は知っていなければ防げない。現状ではぜひとも手元に置きたい戦力だ。

「……あれは」


 ---


「こんなとこにいた……早く帰って、ミコトが大変なんだから!」

「何があった?」

 風を操って飛ぼうとしたら妙な力で掻き消されてそのまま落ちた。取りあえず素で飛び降りても五メートルが限度だが、さすがに数十メートルからだと着地と同時に転がっても動けないほど痛い。

「なんか手にガラスみたいなのが生えてそれで……えーっとなんていうか、あちこちにガラスみたいなのが出てとにかく大変なの!」

「結晶化か」

 一般には高濃度の魔力を浴びせて物質を崩壊させる術と言われているが……。

「飛ぶぞ」

「えっ」

 ホノカの手を握ると同時に強風が吹き、二人を大空へと攫う。

「わやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 高い怖い寒い降ろしてぇ!!」

「こーれがふつーだよ」

 アーヴェの時と全然違う、むしろ真反対の反応を見てうるさいなーとか思う。下手に暴れられて落としたら落としたで面倒だしと、しっかりと背中と腰に手を回して抱える。

「ちょ、ちょ、ちょと、そ、そそそれは」

 ホノカが俗に言うお姫様だっこをされて恥ずかしがっている傍ら、スコールの意識は〝神殿〟の方角に向いていた。

「なんだありゃ」

 黒い靄のようなものが立ち上っている。煙とは明らかに色が違う。すぐにでも偵察に向かいたいが、今はミコトを優先だ。

 娼館の場所を確認すると、そこの真上を目指して加速しながら落ちる。距離が縮まれば風を操って減速、緩やかに屋根に足をつけるとそのまま滑って中庭に飛び降りる。

 ほんの十数秒だが、ホノカは青ざめた顔で震えていた。

「も、もうやだ……あんなの、空……怖い」

「何回かやったら慣れるさ」

 このまま降ろしても歩けそうにないホノカを抱えたまま、部屋まで歩いて行く。途中エレンや遊女たちにからかわれたりしたが、一切を無視するスコールには効かなかった。ホノカはホノカで顔を青ざめた状態から一気に火照らせたが。

「嫌な感じだ……」

「なにが?」

「空気が淀む……というか、空間が不安定になってるような」

 部屋のドアを開けて見ればそこは別世界だった。

 宙に舞うは煌めく透明な欠片。部屋を満たす空気は黒く霞んで触れるだけで気怠くなる。

 ベッドには……。

「ミコト!」

「普通手遅れってレベルなんだがなぁ」

 顔の半分ほどを残して結晶化したミコトが眠っていた。ホノカを降ろすと腕まくりをして部屋に踏み込む。

「ねぇ助かるよね、あんたならなんとか出来るよね」

 半分泣きながら問いかけるが、

「さて、と。ちょうど溜まってるし、発散するか」

 どうでもいいように返しながらミコトに触れる。


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